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21.商談成立

 以前よりも少し髭の濃くなった顎を擦りながら、我が父――アランは訝しげに目を細めた。隣では何かを悟った顔のリリアナが座り、静かにお茶を啜っている。


「……お前、ちょっと目を離すとすぐなんかやらかすよな」


 ――――アルベルト子爵一家と夕飯をした際、俺が提供したマスタードを使った肉料理が出た。それを子爵が大絶賛した上ハイゼンの提案に二つ返事で頷き、此方さえ良ければ今後もマスタードの取引をするという話になってしまったのだ。


「不可抗力です、今回は全面的にサラが悪いんです」


「おう……」


 お仕置きを終えて涙目で転がるサラを横目に、俺も茶を一口嚥下する。


「まあ、悪いと言っちゃ悪いが、あれ自体は美味かったし、サラが盗み食いしてよかったとも言えるか。えっと、なんて名前だっけか……」


「ラザフンという可食出来る植物の種子の調味料です。他所の大陸では普通に流通してる物を、私が真似て作ったんですよ……それと盗み食いを正当化しないでください、すぐにつけ上がるんですから」


 それとこれとは話は別。もし明日漬け込んだマスタードが美味かったら、何処かの商会に売り込みに行ってた可能性だってあった。サラの盗み食いは普通に悪いことだし、主としてちゃんと叱るべきだ。


「それで、アレを売るとしてまた同じ物を幾つも作れるのか?」


「現状出来ないでしょうね。今回のものだって即席で作ったものですし、そもそもラザフンが自生している分だけでもどれだけあるか分かっていません」


 まずラザフンの植生を把握しなければならないし、その上で栽培する環境を整えねば量産は出来ない。あそこに生えていたもので全部の可能性もある、安易に「出来ます」とは言えないだろう。


 それに俺が今回作った粒マスタードは、リリアナの火属性魔法の力を借りて種子を乾燥させ、ワインの酒気を飛ばした物と塩と合わせただけのもの。本来は複数のマスタードシードを使い、数日間漬け込んで辛味を強める必要がある。


「前向きに検討、という答えが妥当でしょう。帰ったらラザフンの生えている地域を確認して、人の手で栽培を試して、取引の是非はそれからです」


「そうだな」


「後は……有識者にも連絡するべきかと、確か王都には農業省があった筈ですよね? そこの職員に手紙を送ってみましょう」


「……分かった」


「上手く行けば領の特産として、地域アイデンティティの活性化にも繋がります。此方としても悪い話ではないと思うので、父様が許可するのなら大店の商会とも契約するのも手ですね。スパイスなら貴族へ向けた嗜好品としては十分でしょう」


「なあ、今俺が考えるべき事を全て言われた気がするんだが」


「はいはい、アーミラのこれは今に始まったことじゃないでしょう」


「……すみません、出過ぎた真似を」


 二人の呆れ顔を見ながら、俺はちょっと喋りすぎたことを内心で反省する。


 知り合いの頼みで町興しの広報を担当してた時期があって、色々仕込まれたんだよなぁ。その時の癖が出てしまったというか、なんというか……。


 いい機会だから語るが、その知り合いは小学校からの幼馴染で、所謂天才に属する人間だった。才色兼備、運動も完璧でテストではいつも学年一位。


 代わりに『超が三つ付くほどの変人』という消去不可能なデバフを備えており、いつもいつも突然思い立った事を行動に移して俺を巻き込んでくれるクソ馬鹿間抜けボケナスうんこ野郎でもある。


 植物に詳しいのも、高校の夏休みの自由研究を共同でやった際に覚えたものだ。


 『(きた)る食糧難に備えて、自給自足が出来るようになろう』とか突然言い出して、道に生えている草を食べさせられたのをよく覚えている。しかも俺にだけ毒味をさせて、あいつはその中から比較的味のいいものを選んで食ってたっけ、今思い出しても普通に許せねぇよ。


 他にも『自分達以外の人類が滅びて文明が崩壊した場合に備えて、馬に乗れるようになっておいた方がいいかもしれない』なんて理由で乗馬のライセンスを取らされたこともあった。


 お陰でB級ライセンスを持ってるし、馬が主な移動手段なこの世界で困る事はないだろうよ畜生。お前の杞憂は意外な所で役に立ってるぞクソが。絶対に感謝だけはしねえぞ。


「――――まあ、概ね俺もお前の意見に賛成だ。うちの領地で目立つ特産品を作れるならそれに越したことは無い。あんまり適当に領地の運営やってると、中央の貴族からの印象も良くないだろう」


「そうですね、父様は基本やる気無いですし」


「それは一言余計だ、馬鹿」


 話を戻して――アランもこの件に関しては意欲的なので、本格的にマスタードがアドルナード領の特産になりそうな雰囲気だ。


 その場合正式名称がルッソ……何だっけ、えっとルッソコルテの、商品名がマスタードとかになるのか。今川焼きを御座候という商品名で売っている店があるように、この地域ではマスタードとして扱う――みたいな。


「せっかくの旅行でこれ以上仕事の話は増やしたくないし、考えるのは帰ってからにしよう」


 そう言えば、今回の旅行のメインは王都で俺の誕生日パーティを開くことだったか。挨拶も兼ねて立ち寄った領地で思わぬ出来事があったせいですっかり霞んでしまっていた。


 しかしこれで俺が計画している領地の防衛力強化に一歩近づいた筈だ。金策に勉強に魔法の修練と、色々やることはあるが全部やっていかないとな。

 

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