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20.調味料はチートに含まれますか

「――――アーミラ様、申し訳ないっすけどちょっとこっちに……」


 その後も続いたアイザックとの談笑は、鼻を衝くスパイシーな香りを漂わせながらサラがやってきた事で終わりを告げた。少し慌てた様子で、また何か気まずそうな顔をしている。


「なんですかサラ、子供同士の貴重な時間を邪魔してはいけませんよ」


「子供とかどの口が言うんすか……って、それよりも大変なんすよ! このお屋敷の料理長がアーミラ様を呼んでるんす!」


 サラの言葉に俺は盛大に訝しんだ。首を傾げて眉を顰め、初めて来た家の台所を預かる人間に呼び出される理由を考えた。考えたが、全く思い当たる節がない。


 何か粗相をやらかしたわけもなしに、そもそも俺は屋敷に入ってからアイザックの部屋にほぼ直行している。


 となるとつまり――


「……サラ、一体何をしたんですか? 白状しなさい」


「い、いいいいいや!? 別に何もしてないっすけど!?」


 この駄メイドが何かしでかしたに違いない。流石に他所の家に来てつまみ食いはしてないだろうけど――いや、コイツならやりかねないか……?


「ただ、ちょっと……昼間にアーミラ様が作ってたあのマスタードとかいうスパイスを味見したっすけど……」


「………………………は? 今なんて?」


 俺が昼間に丹精込めて仕込んだマスタードを勝手に食べた?


 あれは一日酒と塩で漬け込むと美味いから、俺もまだ混ぜた物は食べて無いというのに。事もあろうにそれを、サラが勝手に熟成させていたマスタードの瓶を開けて食べた?





「許さん」


「アーミラ……様……?」





 如何に温厚で海より広い心を持つ俺とて、食べ物に関しては絶対に譲らないと決めているのだ。


「あ、アーミラさん……? か、顔が凄い怖いけど、一体何が……」


「アイザック様、すみませんが調教用の鞭などはお持ちで無いでしょうか? 今すぐにこの駄犬を躾ける必要が出てしまいました」


「アーミラ様!? ちょっと、流石にそれは!! 違うんす! 美味しそうだったからつい!」


「美味しそうだったからと言って、他人の物を勝手に食べる大馬鹿のウスラトンカチは世界中探してもあなただけですよサラ。お尻を此方へ向けなさい、暫く椅子に座れないようにしてあげます」


 俺は掌に魔力を集中させて、サラの尻を叩く為に力を籠めた。この待ても出来ないクソ駄犬には、人の食べ物を盗ることの罪深さを一度身に滲みさせねばならないらしい。


「あ……で、でも、ちゃんと滅茶苦茶美味しかったっすよ! ここの料理人たちも皆褒めてたっす!! ほんとに! だからケツ叩きだけは勘弁を……!」


「何が()()ですか、それとこれとは話が違――いや、ここの料理人?」


 ……成程、俺を呼んでいるというのはそれが理由だったのか。しかも美味しいと褒めていたのなら、やはり地球の味はこの世界でも通用すると見て良さそうだな。


「サラ、厨房まで案内しなさい」


「は、はいっす!」


「お仕置きはその後やります」


「…………はい」


 後でサラの尻を腫れるほど叩くのは確定として、プロに味見して貰ったのなら意見を貰いに行くべきだろう。呼び出されたということは、あちらも色々言いたいこともある筈だし。







 サラの案内で厨房へとやってきた。


 並んだ竈には火が入っており、料理人たちが今夜の晩餐のために腕を振るっている。俺が厨房に足を踏み入れると、それに気付いた初老の男が包丁を置いた。


「あなたがアーミラ嬢ですね?」


「ええ、ここの料理長が私に用があると聞きましたが」


「私がその料理長で、ハイゼンと言います」


 ハイゼンは白いコック帽を取って頭を下げる。少し薄くなった頭頂部に哀愁を漂わせる、草臥れた渋いおじさんといった風貌だ。


 彼の手には俺が昼間作ったマスタードの瓶が握られており、中身は記憶より若干少なくなっていた。


「それで……此方のスパイスを作ったのはアーミラ嬢で間違い無いでしょうか?」


 俺が頷くと、ハイゼンの顔がみるみる真剣味を帯びた。子供を相手にするのから、同じ大人を見る目に変わったといえばいいか。しかし……三歳の女児に向ける表情ではない。俺が普通の子供だったら怖くて泣いてたかもしれないぞ。


「うちの使用人によると大変好評だったようで、私としても嬉しく思います」


「まあ……その、実際驚きましたよ。ラザフンの種子を調味料にする文化は、この地域には無いですから」


「……あ、ええ。そのようですね、両親に聞いた時も知らない様子でした」


 どうやらあのからし菜によく似た植物の正式名称はラザフンというらしい。そして、この言い方だとマスタードと同じスパイスは既にこの世界にあったみたいだ。


 地球でも紀元前から食されて、古代ギリシャでは既にマスタードを加工する技術があったからな。この世界に無い方がどちらかと言えば変ではある。


「このスパイス――ルッソコルテは、南方にあるキリシア大陸を起源とするものです」


「ほう、美食の……」


 南方キリシア大陸は、俺の住むアキリス大陸と最も近い大陸だ。竜の因子を持つ亜人――竜人族の国があったり、神の国と呼ばれる死ぬほどでかい宗教国家があったりと規模が凄まじい。


 当然文化もここより進んでいて、特に食文化に関しては相当な美食家だった竜人の王がいるらしく、その人物の尽力によって他の地方からは『食の黄金郷』と呼ばれている。

 

「私は昔貿易商の元で働いていた時期があるので、あちらの文化にも多少明るいのですが、まさかこの国で同じ物を口にするとは思いませんでした」


「マスタード……いえ、ルッソコルテはあちらではポピュラーなのでしょうか?」


「狩人が肉を獲って食べる時には火より先にルッソコルテを用意する――と言われる程には有名です。残念ながら此方では殆ど見かけませんけど。貿易も今では魔族の影響で滞っていますし」


「成程、遠い異国の味……というわけですね」


「アーミラ嬢が作りになられたのは、少々違う趣がありましたがね。似て非なる、と言えば良いでしょうか、食感や風味など……私は正直本場の物よりも此方のほうが好みですよ」


 そうは言うが此方にもその……ラザフンがあるのなら、ルッソコルテを作って流行らせることは可能だろうに。何故誰もそれをしないのか、俺にはそっちのほうが疑問だ。


「因みに、ラザフンはどこに生えてたか覚えてますかね……?」


「うちの領内にある平原の川沿いです」


「なんと! 龍脈のせいでラザフンは育ち辛い筈でしたが、そんな良い土壌があったとは……」


「龍脈……えっと、オドの噴出する地脈の一つですよね? それとラザフンの植生に関係があるのですか?」


 大気に満ちるオドは、何も無から発生している訳ではない。地下に走る龍脈という道を通り、地上に噴出しているのだ。この国には丁度その龍脈があり、周辺の土地の生物や鉱石などは龍脈の濃いオドの影響で変異する。


 そこで採れる素材はとても貴重で、国を潤す資源となっている。小国ながら我が国が他所と渡り合えるのも、ひとえに龍脈のお陰と言っても過言ではないだろう。逆に言うと、龍脈を手に入れようと躍起になる国や組織もいるということだが。


「龍脈の濃いオドは原生している植物以外には悪影響でして、よそから飛んできた種子が育たないなんて事もザラにあります。私もこの土地でラザフンの栽培に挑戦致しましたが、全て失敗に終わりました」


「そうでしたか……なら、あそこはかなり貴重な場所だったのですね」


 そう言えば大根とか色々生えてたし、あそこは龍脈の影響を受けにくい土地なのかもしれない。帰りにまた寄って、領地の土壌で育てられないか実験してみるのも良さそうだ。


「それで、ここからが本題なのですが……このルッソコルテ……いや、あなたの作ったマスタードを売る気はありませんか? 是非とも我々の作る料理に使わさせて頂きたいのです!」


「えっ……?」


 売る?


 いや、売ると言ってもこんな素人が作った物、値段を付けられるような価値があるとは思えないが。そもそも彼は本場の味を知っているのだし、自分で作れば良くない?


「それは、ちょっと早計と言うか……私の一存で決められるものでは……それに実験の一環として作ったものですし……」


「では、今夜食事の席にて旦那様とアドルナード伯に相談をしましょう! このマスタードはリガティアの食文化のレベルを一段階引き上げてくれる筈です! こんな所で埋もれさせるのは勿体無い!」


 ……思ったより強引だなこの人。熱量が強いと言うか、


 まあ、確かに特筆するような見どころも無い領地であれば、こういう物珍しい特産品の一つや二つ、あったほうがいいのかな。共同開発ということにすれば、どちらにも益があるわけだし。


 表立ってこういうお金の絡む話が浮上しても俺に何の権限も無いので、家長に飯の前に報告だけしておくか……。まーた変な顔されると思うけど。


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[気になる点] >ここからが本題なのですが……このルッソコルテ……いや、あなたの作ったマスタードを売る気はありませんか? この料理長は一体どこからマスタードの名前を知ったんだ?会話だとマス……までし…
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