19.黄金世代との邂逅
「ところで、アイザック様はどうしてこんなガラクタを頂いたのですか?」
おじさんが生暖かい目をしていたのに、飽きたリーンがお菓子を食べにソファへと戻ってしまった。なので話題作りに、そんな質問をアイザックに投げかけた。
この時は精々『かっこいいと思ったから』的な答えが返って来る程度だと思っていた。年頃の少年なら、こういうロマンあるものに憧れるだろうし。
「えっと、馬鹿にしないって約束してくれるなら言ってもいいよ……?」
「しませんけど、言いたく無いなら無理に言う必要もありません」
ただ、そんな考えとは相反して、アイザックは返答を渋った。
俺がきっぱりとそう言い切っても、彼は少し迷う素振りを見せる。いきなり口にし辛い理由があるのかもしれないので、これ以上俺の方から何か言うのは逆効果か。
「――――僕がまだ生まれて間もない頃、母さんが魔物に襲われて死んだんだ」
そう思った矢先のこと。アイザックは徐にポツポツと、マギアテックの残骸を譲ってもらった理由を話し始めた。
「それは、残念でしたね」
「ううん、その時の事は僕も覚えて無いから」
「……そうですか。しかし、お母様が亡くなられたのとこれとどういう関係が?」
そしてそれは単なる経緯の話では無く、彼の心の深い部分に関わるものであることに俺は途中で気付くことになる。アイザックという少年が、如何に未来を見据えているかを。
「アーミラさんは、この国の平民以下の階級の人の識字率を知ってる?」
「確か……凡そ四割です。二十年前と比較して一割増なので、平民に初等教育を行うという旨の国策は成功したと言えるでしょうね」
「凄いや……なんでも知ってるんだね……」
「本で読んだだけですよ、アイザック様こそよくお知りで」
現実の中世と比較しても、この国の識字率は非常に高い。魔法を使った植物紙の生成方法確立により紙が安価で手に入る為、低所得層にもかなり本が流通しているからだろう。
それを知っているということは、彼も相当な読書家のようだ。この歳でこれだけ理路整然と話せるのだし、かなり頭がいい。
「けど、それだけ読み書きが出来ても、その中で更に魔法言語を読める人の割合は二割程度なんだ。僕の母さんは大きな商家の人だったけど、残りの八割の方だった。僕らが思うより魔法の勉強って、凄いお金が掛かるものらしいよ」
彼の言う通り、魔導書は普通の本と比べるとかなり高価で、平民に手が出せる域を超えている物が多い。
その専門性故に、書ける人間が限られているのもある。しかし何より、術師が独自に産み出した術式は全てが無形の財産であり、殆どの術師は他者へとその技術を教えたがらない。知的財産権なんてこの世界には無いからな。
世間に出回っている魔導書はそんな術師が食い扶持に困って売り出した物か、最初から教導する目的で既に出回っている技術が綴られた物の二種類ある。
前者は非常に値が張るが、その分同業者から好事家まで欲しがる者は多い。俺の最初の先生である魔導書は後者なので、まだ良心的な値段だった筈だ。それでも十分高いのが魔導書というものだが。
「……母さんは、馬車で移動する時に魔物に襲われた。当然護衛はいたけど、数が多くて全部を相手にするのは無理だったらしいんだ。それで、全部が終わった後に、間に合わなかったことに気付いたって。他所の貴族家から奉公に来た女中は魔法を使って助かったのに――」
「あなたのお母様には自衛の手段がなかった、ということですか」
俺の相槌に、アイザックは静かに頷く。
「この世界は危険に満ちている。それなのに、力を持たない人間にはどうすることも出来ない。僕は……それをどうにかしたいんだ」
「具体的には?」
「誰でも簡単に扱えて、魔物にも有効的な武器を作るんだよ。僕はマギアテックを作る技師になって、母さんのように力の無い人たちを助けたいんだ!」
……
…………
………………これ、本当に子供の発想なの?
正直最初に予想していた答えの五万倍はハードル超えてきたな。良い意味でとても俺と同年代の少年の口から出る言葉とは思えない。
俺なんて彼くらいの頃はもっと馬鹿だった記憶があるし、既に見ている景色が違う。リーンと言い、人としての格の差を見せつけられているようでちょっと自分に自信がなくなるなぁ……。
「あ……その、やっぱりこんな話馬鹿らしいよね……マギアテックなんてまだ実用化もされてないのに、調子に乗って喋りすぎちゃった……」
「いえ、馬鹿らしくなどありません。とても――とても素晴らしい目標だと思います」
思わず呆気に取られた俺は、慌てて首を振る。彼の目標自体はなんら恥ずべきことのない凄いものだ。堂々と胸を張って掲げていい。
「そうかな……そっか、ありがとう。そんな事言ってくれたの、きみが初めてだよ。兄さんはこんなガラクタを弄っている暇があったら、剣の一本でも振れるようになれって……」
「兄? このお屋敷では見かけませんでしたが……」
「今は王都にある騎士の学校に通ってて、あっちに住んでるからここにはいないよ。丁度昨日、帰省から戻ったばかりで……さっきのは帰り際に言われた言葉さ……」
成程、その後入れ替わる形で俺たちが来たと。
「そんな押し付け、耳を貸す必要はありません。例え兄であろうと、あなたの素晴らしい志を貶めることは許されないのですから」
「……うん」
「次に同じことを言われたら、手紙でも何でもいいから私に教えなさい。飛んできて馬鹿にした奴を引っ叩いてやります」
「た、叩くのはやりすぎ……かな? でもありがとう、お陰で自信が付いた気がするよ……うん」
「それから、私も微力ながらあなたの夢の手助けをしても良いでしょうか? マギアテックの実用化は、此方としても早急に叶えたいものですし」
「それは勿論……! 僕一人じゃどうしようも無いと思ってたところなんだ、きみが手伝ってくれるなら大助かりだよ!」
アイザックの知識がまだ未熟というのもあるが、マギアテックは現代魔術とは違う構文で術式が組まれている部分が多い。読み解くには専門の古代文字の翻訳辞書や、遺跡に存在する壁画などからその知識の欠片を集めて来なければならない。
ゲームでもクエストとして石碑を収集したり色々やらされたものを、この世界でも同じように繰り返すのだ。幸い遺跡の場所などは頭に入っている為、時間を見つけて探索に行けばいいだろう。
タイムリミットまでどこまで行けるか分からないが、もしアイザックがマギアテックの技術を復活させれば大きな力となる。少年の偉大な夢を俺の目的の為に利用するのは心苦しいが、こっちも人の生死がかかっているので許して欲しい。
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