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1.最凶裏ボスに転生しました

 頭が痛い。


 特に後頭部に鈍い痛みがじわじわと広がっていた。


 涙で滲む視界の先には、精緻な装飾の施された椅子や似たような雰囲気の家具が見える。どうやら椅子から落ちて頭を打ったようだ。


 それにしてもこんな豪奢で、まるで中世のような空気感の部屋に見覚えはない。


 ――――というかあれ? 俺、何してたんだっけ?


 酔っ払って何処かのホテルに泊まった? いや、覚えている限りでは、()()()はまだ昼だった筈。


「……ア……ラ」


 確か、俺は外回りの帰りに信号待ちをしていて、そこでマギブレのDLC情報をネットニュースで見ていた。新シナリオの実装とか、例のキャラのプレイアブル化が決まって結構テンション上がったなぁ。


「……ラ! アーミ……」


 あ、そうだ、その後に俺はテンション爆上げのまま死んだのだ。


 車道から車が歩道に乗り上げて、信号待ちをしていた人々の前に突っ込んできていた記憶がある。俺もそこにいて、諸に正面衝突した筈。咄嗟に隣にいた人は押し飛ばしたが、多分間に合ってないだろう。


 巻き込まれて死んでいたら、ちょっと申し訳ないが俺も精一杯やったので許して欲しい。


 それで、死んだのならここはあの世か? しかし、死んだ後まで痛覚があるのはちょっと変だな。もしかすると地獄に落ちて、何か罰を受けてるとかなのかもしれない。そこまで悪いことした覚えはないけど。


「アーミラ!」


 と言うか、さっきからうるさい。こっちは今考えごとをしてるんですけど――――


「……へ?」


 耳元で聞こえる声に視線を動かすと、そこには男の顔があった。明るい金髪に意志の強そうな碧眼の、同性から見ても凄まじく顔面偏差値の高い髭面の壮年男性が俺の横にいた。


 しかも尋常じゃない慌てぶりで、不安そうな目を俺に向けている。髭面で厳ついのに、まるで子犬のようだ。


「セーア、ナストリエール、カイ」


 いや、誰だこのイケメンのおっさん。というか今なんて言った? 何語? これ日本語どころか、英語ですらないですよね?


 もしかして俺は、世界中のイケメンおじさんが集まる天国に召されてしまったのか? 顔も能力も凡庸で二十六にもなって童貞だった俺も、死んだらイケおじと同じ場所に逝けるとはあの世って平等なんだなぁ。


 ただ、なんかこの顔……どこかで見覚えがあるような気もする。


 現実離れした美形の中年、服装はやっぱり中世風。今の雰囲気は子犬のようだが、体つきは服の上からでも分かる程に筋肉質。


 これをちょっと澄まし顔にして、俺が目を細めてシルエットをぼんやりさせてみると――――



「ん」



 あ、思い出した。


「あらん?」


「ッ……!?」


 この男はマギブレのEXボス、俺の推しであるアーミラ・アドルナードの父親、アラン・アドルナードだ。作中では肖像画と、廃墟となったアドルナード邸に現れる亡霊としてしか顔を見れないが――それでも間違いない。


 若干顔が若々しい気もするが、背丈は大体同じ。何より独特な眉の形で分かる、リアルでこんな変な形に整えてる奴いないからな。


「リリアナ!! アドルフィ、フィア、アーミラジェン!」


「セーステ!?」


 そしてアランの声を聞いてドタバタと部屋に入って来たのは、妻のリリアナ・アドルナード。


 銀髪に深い紅色の瞳の、まだ十代後半と言っても通用しそうな美人さんである。こっちもこっちで、俺が記憶にある姿より大分若い。


「りりあな……」


 こんなこと、夢でも見て――ないのは後頭部の痛みで分かるが、一体何故この二人が俺の目の前にいるんだ? しかも存命で、こんな若々しい姿で。


 それに二人がいるなら、娘である肝心のアーミラも何処かにいるはずだ。まだ小さい頃の彼女が見れるのはレアなので、是非拝みたいのだが……さっきのアランの台詞からちょっと嫌な予感がしている。


「ミハーティア、ロウ、フェイルシュ、ネウ……グラッディアフォン!」


 そう思って鏡を探そうと、辺りを見渡していた俺は立ち上がったアランに()()()()()()()()()()()()()


「――――アーミラ」


 同時に、俺は壁に嵌められていた立ち鏡を見つけ、そこに映っていたおっさんに抱きかかえられる一歳位の幼女の顔を見てしまった。


「……やっぱり」


 髪と目の色は()()()()()青みがかった銀髪と空色の碧眼だが、その顔は見間違いようもない。それに、アーミラという名前のキャラはマギブレにおいてたった一人。


 俺は確かに、この幼女の十数年後の姿を知っている。


 彼女こそ……否、今の俺の姿はマギブレの最凶EXボス、数多のプレイヤーを色んな意味で絶望のドン底に叩き落とした『絶望を謳う者』さんこと――アーミラ・アドルナードになっていた。





 どうやら俺は、アーミラとしてマギブレの世界に転生してしまったらしい。








 ――――回避の難しい範囲攻撃を連発し、且つ攻撃の後隙が殆どないという悪辣さ。物理と魔法それぞれのダメージの対策を迫られ、回復が遅れると定数ダメージで殺しに来る。


 初見殺しのオンパレードかと思いきや、二回目でも普通に死ぬ時は死ぬ。デレ行動一切無し、魔法モードの第一形態を倒すと剣モードの第二形態がやって来て絶望する。

 

 それを乗り越えても、剣と魔法の波状攻撃を仕掛けてくる第三形態が待っており、更にその先にはきっちり最終形態を持つ最強最悪の裏ボス。


 アニメ版では彼女の壮絶な過去話が深堀りされ、より一層人気を伸ばした。


 その証拠に『ファンタジー・マギアシリーズ』全てのタイトルを含めた人気投票で初代主人公に次ぐ二位を獲得し、ボス部門では見事一位を獲得。マギブレ単体では当然、ぶっちぎりの一位である。


 アーミラ・アドルナードは、マギブレ史上最も人気で最も凶悪なボスだ。


 はじめに遭遇した時点では、理由も分からず主人公と敵対することになる。倒した後もストーリーの補足は無く、謎を多く残したことで考察を主とするプレイヤーたちに注目された。


 戦闘面で言えば、余裕で本編のラスボスよりも強い。ラスボスも十分どころか滅茶苦茶強いのに、復活しようとするそのラスボスを彼女が片手で屠るイベントによってよりその印象は際立った。


 更にメディアミックスとして制作された[追憶のリガティア]というアニメシリーズでは、今まで謎だったアーミラがメインヒロインを務めている。


 彼女が如何にしてボスになったかを綴った一期と、主人公と関わり――ゲームと同じように最期を迎える二期が合計四クールに渡って放送された。


 大まかにあらすじを言うと、彼女は生まれ育った故郷をラスボスの陰謀によって滅ぼされ、奴隷に堕ち、人に売られ、裏切られ、そして救ってくれようとした恩人を殺され……。この世の全てに絶望し、ラスボスを殺して希望に縋る世界ごと滅ぼそうとする。


 彼女が敵対する理由を知れば、やるせない気持ちでいっぱいになること間違いなし。


 ただ、それでも主人公は裏ボスたるアーミラと戦うことを強いられる。


 なんとか倒した後に、思わせぶりな台詞を言ってその場から姿を消し、その後リガティアに行くと、とある貴族の墓に寄り添うようにして息を引き取っているアーミラがいる。


 そして追憶のリガティアを見ると全ての謎が解け、何もかもを理解して涙するのだ。


 因みにアニメを先に視聴した勢は『アーミラちゃん救済ルートはどこに売ってますか』『こんなの辛すぎて倒せない』『俺がアーミラを救うんだ』等々……ゲームで彼女を倒すのに苦しむことになる。






「アイ、フー……」


「あむっ……むぐむぐ……」


 そんな最凶は今、リリアナに離乳食を食べさせて貰いながら、何故アーミラとして転生したかを考えていた。


 因みに転生云々に関しては、ほぼ確定だという前提で話をする。よくよく思い出して見れば、なんとなーくこっちで生まれた直後の記憶があるからな。


 今は俺が記憶を取り戻してから三日。まだ周囲の状況は分からないが、俺は赤ちゃんなので行動範囲も限られて情報収集は全然出来ていない。


 と……話を戻すが、俺が転生した理由は恐らく、死ぬ直前にマギブレのニュースサイトを見ていたことが殆どの原因だろう。


 そう、『アーミラのプレイアブル化』と『IF世界にて展開される新ストーリー』いうビッグニュースで、俺のテンションは爆上がりしていた。


 マギブレは主人公たるプレイヤーに加え、パーティに三人のNPCキャラを加える事が出来る。主人公が軸となり、各々に指示を出しながら戦うのだ。


 仲間になるキャラは無数に存在し、時にはアーミラのように敵だった者も条件を満たせば加入してくれる。それは二週目プレイであったり、DLCによる追加シナリオのクリアであったり様々。


 今回の追加DLCはそれに該当し、あの最凶裏ボスを仲間に出来るようになるはずだった。マギブレ廃人の俺が死に際にすらマギブレをやりたいと思うのは、仕方のないことだろう。


 そしてあの時聞こえた声の主である神的な人か、もしくは神的にいい人が俺の願いを聞き届け、こうしてアーミラ・アドルナードに転生させた……と。


 ちゃんと仲間キャラとして、プレイヤー(俺)が操作出来る状態で―――


「……ふが」


「ファウ、アーミラ。ズードレスト」


 そう考えるとまあ……辻褄は合うな、ちょっとズレてるけど。


 俺が願ったのは主人公としてアーミラを仲間にすることであって、俺自身がアーミラになることではない。俺がNPCになったとして誰が俺を仲間にするんだ、主人公か? この世界にも主人公おるんか? おおん?


「……んむぅ」 


「フェア、スミーティア?」


 あ、駄目だ。頭を使いすぎて眠くなってきた。


 この体はまだ一歳と二ヶ月、発育の途上なのであんまり難しいことを考えると直ぐに眠くなるのだ。それを我慢していると、段々頭が痛くなってから発熱する。


 これが本当の知恵熱ってな、ガハハ。


 真面目な話をすれば、幼児の体に大人の魂が入っている不自然さ故なのだろう。恐らく本来自我が芽生え始める頃になれば、きっとこの症状も収まるはずだ。


 なので今回はこの辺で、続きはまた明日考えることにしよう。








【TIPS】


[血統:アドルナード]


嘗て王国を救った英雄の血統

剣に秀で、邪悪を屠る為の特別な力を持つ


そのルーツは遠く南方の大陸にあり

神鉄(かがね)と呼ばれる流派の技術を継承した

剣神の弟子たちの末裔である

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