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14.王立魔法研究所にて

 アドルナード領へとモニカ・ハンナヴェルトが旅立ってからおよそ一年。


 王立魔導研究所副所長、ローラントはこの日一年で一番大きな溜息を吐いた。普段研究所を留守にしている所長に代わって全てを回している身として気苦労も多いが、今日のそれは一段と質が違った。


「……所長、帰ってくるなりどういうことですか」


 研究所の所長室、その机を挟んで二人の男が見合っている。


 扉のそば――つまり部屋へと招かれた側であるローラントは、乾いた唇を舐めて掠れた声を絞り出した。草臥れた顔は連日の徹夜のせいか更に痩せこけ、眦には深い隈が刻まれている。


「どういうことって、僕がここを辞めるから、今日からキミが所長って話だよ。あ、もう一回言おうか?」


「……結構です」


 ローラントが対面していたのは、背の高い男だ。頭に布を巻き、老化由来ではない白髪を一つに纏め、左目だけを覆い隠している。端正な顔立ちは中性的ながら、その体格は素人でも武術を嗜むものだと一目で分かる。


 リガティアでは珍しい、東方由来の服装に身を包むその男の名はリフカ・ラスリエスト。王立魔導研究所の現所長であり、神魔級魔術師の更に上と言われる――世界に十人しかいない『星天十賢者』の称号を持つ一人だ。


 年若く見えるがその実、ローラントが学院を卒業して研究所へと勤めるようになった時、既にリフカはここの所長だった。そしてあれから三十年近く経っても、この男は一切歳を取ることがなかった。


 出身地、年齢、経歴などは殆ど不明であり、誰も彼の素性を知らない。分かるのは、極点まで到達した魔法の使い手であること、その力を一応は平和の為に使おうとすることのみ。


 今日に至るまで、人類が魔族に辛うじて侵攻を許さずにいたのは彼の活躍の占めるところも多い。


「……ということはもう、王室からの勅命とやらはいいんですか?」


「まあね、この大陸で見つけられる古代魔法は全て僕が確保した。後はこれを魔族に渡さないようにするだけで……それって軍の仕事だろ? 僕はこの為に研究所に縛られてたようなものだしね」


 普段研究所を出払っているのも、世界中で上古――それこそ神代の砌に失われた魔法を見つけ出して復元させる為である。


 古代魔法(ロストマジック)と呼ばれるそれらは、現代に広く知られる魔法とは性質もその威力も段違いであり、魔族に奪われれば人類は驚異に晒され――逆に先に見つけてしまえば武器になり得る。


「問題は古代の魔法は術式が特殊で、僕以外の現代魔術師には扱えない物ばっかってことかな」


「はい、私も正直あれはどうすればいいのか分かりませんでした。術式を読んでも、一体どう扱えば魔法が発現するのかどころか、殆どは言葉の意味もさっぱり……」


「ま、ここには適性のある人間がいないから仕方ないさ。国中探しても多分いないけど」


「と言いますと?」


「キミは今、僕との間にあるこの物理的な距離が何なのかを考えた事があるかい? 時間とは何なのか、世界がどういう形状になっているのか構造を理解しようとしたことは?」


「それは……いえ、考えたことなど無いです……」


「つまりそういうことさ」


 リフカは訝しげなローラントを見て嘆息を吐くと、ソファから立ち上がって部屋を歩き回る。


「古代魔法はキミらの未知の概念の魔法ってことだよ。よしんば理解出来る頭があっても、使えるわけでもないけどね」


 そうして扉の前まで行き、振り返って笑みを浮かべた。


「ところで、モニカの奴はどうしてる? 室長の席を用意してあげたけど、ちゃんと頑張ってるかな?」


「あ、それが実は……」


 歯切れの悪いローラントの態度に、リフカは眉を顰める。学院を卒業したモニカを採用し、研究所で働かせるように手を回したのは、何を隠そう幼い頃から彼女を連れ回していたリフカ自身だ。


 古代魔法の適性はなくとも、十分な火属性魔法の素養と勤勉さを見込んでのことだったが――





「――――辞めた? 本当に?」


「はい、丁度()()()に」


「なんで? もしかして病気!?」


「いえ、その……なんというか、我々としても理由はよく分かっていなくてですね……。病気では無いと思いますが……あっ、周りの空気に溶け込めていない感じは少しありました……」


 珍しく驚いた顔をした所長に、ローラントは慌てて言葉を並べ立てる。


 ローラントにとって同じ学院出身の先輩としても、術式の構築能力が高い職員としても、モニカを失った事はそれなりのショックだった。特に賢者が推薦した学生が辞めたなど、本人にどう伝えればいいか分かるはずがない。


 何時にもまして多い溜息の理由の一つが話題に上がり、ローラントは胃の辺りがチクチクと痛むのを感じた。


「…………そっか、それで今はどこにいるのかは知ってる?」


「確か、聞いた話によるとアドルナード伯爵家にて魔法の家庭教師をしているとか……」


「グランの? あそこは剣士の家系だろう、それに息子は全員魔術の才能無しって本人が――」


「……孫娘ですよ。もうグラン様はとっくに隠居なされて、今は息子のアラン氏が家督を継いでいます」


「あ、そうなの。悪いねぇ、僕ってば時間の感覚が普通の人とちょっと違うから! つい少し前の話をしちゃうんだよ」


「……三十年前は少しではないと思いますが」


「なにか言った?」


「いえ。話を戻しますが、グラン様の孫娘にはどうやら魔術の才能があるようで。私も以前、その旨で手紙を送ったのですが未だ返信は来ておりません」


 グラン・アドルナードが全盛の時代は今から凡そ五十年以上も前だ。加えて国を救った英雄であり、王の親しい隣人である『剣聖グラン』を呼び捨てにするのはリフカもまた同じ時代からの英傑ゆえである。


「そっかぁ、アドルナードが代替わりするとは、もうそんな時が経ったんだねぇ」


「……行くのですか」


「うーん、モニカの顔も見たいし、グランの倅に久しぶりに挨拶もしたいしねぇ。ついでに手紙の件もそこで聞いておいてあげるよ」


「それは有り難いのですが……本当にここを辞めるおつもりで?」


 ローラントの言葉に、リフカは笑顔で以て答えを返す。


 年中不在とは言え、所長として半世紀も居座った男が急に辞めるとなると問題は多い。業務自体は変わらないが、高名な賢者のいなくなった研究所に割かれる経費は確実に減る。リフカ目当てでやって来た魔術師もいなくなるだろう。


 「お飾りでもいいから居てくれ」というのがローラントの本音であり、リフカもそれを理解した上でこの話をしている。


「僕は国王との個人的な約束でここにいただけだ。それが無くなった今、所長でいる理由が無い。本来賢者は他所の国に寄与こそすれど、属することは無い存在だしね」


「そこをなんとか……!」


「嫌だ、僕は自由でいたいんだ。そういう肩書はもう必要ない」


 そんな必死の懇願を蹴って、リフカは部屋を出て行った。


「じゃ、後は頼んだよ。新所長くん」


 後に残されたのは、机の上に積み上げられた書類だけ。中にはリフカにしか分からない処理に困る物もあり、ローラントは一際大きな溜息の後に深く息を吸った。


「せめて……せめて業務引き継ぎくらいしてけぇーーーッ!!」


 その悲痛な叫び声を廊下で聞いていた職員たちは、皆が一様に苦笑を浮かべていたという。








【TIPS】


[星天十賢者]


天の星程に高く届きえぬ存在

魔導の極地に達した十名に対して使われる称号


賢者は各々扱う魔法から違い

人類に寄与する存在もあれば、俗世とは関わりを遮断する者もいる

なれど、比類なき知恵と力を持つ事のみは共通し

一部代替わりを経た今であろうと、その名が僅かたりとも落ちることはない

面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします

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