13.5.アドルナード家のとある一幕
本日は20時にもう一本投稿予定です。
「…………………………つらい」
アランが仕事を終えて居間へとやって来ると、カーペットの上でアーミラが死んだ目をして横たわっていた。いつも涼しげな目元は腫れており、よく見ればカーペットの毛先も滲んでいる。
こういった行動は、幼いながらに成熟した大人のような立ち居振る舞いをする彼女らしくない。
「どうした……?」
何事かと困惑しつつも声を掛けると、その碧い瞳が涙を浮かべながら父の方へと向く。
「…………リーンに、嫌われたかもしれないんです」
「はぁ?」
悲壮感漂う声音で、この世の終わりのような顔の幼女は嘆いた。長女であるアーミラは既に二歳とは思えない程に利口で、それ故に自分より精神的に幼い妹を溺愛している。
「あいつはまだ一歳だぞ、そんな家族を好き嫌いするような段階じゃ――いや、お前も二歳か……。しかし、まだ物事の分別がつかない年で――うん、お前は付いてるけど……とにかく気の所為じゃないのか?」
「だって、もう二ヶ月、口も利いて貰えないんですよ。ちゃんと話をしようとしても、近づいたら逃げるし、お風呂も一緒に入ってくれないし、寝る時だって二日に一回は私のベッドに潜り込んできたのに最近は来ないし」
「……成程な」
その言葉に、アランは呆れたように嘆息を吐いた。
――――丁度二ヶ月前、リーンがアーミラの部屋を半壊させる事故を起こしている。隠れて魔法の勉強をしていたアーミラが、戯れでリーンに詠唱をさせたところ――何故かそれが結実して魔力暴走が起こった。
幸いにしてアーミラの機転により大きな怪我はなかったが、その出来事はリーンの心に深いトラウマを植え付けた。
姉ほどではないが、リーンも普通の子供より心の成長が早い。姉が額から血を流す姿を見て、幼心なりに自分が何をしたのかを理解していたのだ。他人を傷つける力を持っている事、それを自分がわけも分からず使ってしまったこと――
(ま、あれが普通の子供って奴だよな……)
リーンが特別なのではなく、魔法の才能を持つ子供は時にこういった事故を起こすことがある。激しい感情の発露に伴って魔法が発現することや、魔力の制御ができずに他者を傷つける等と言った件例はそう珍しくない。
かくいうアランも、初めて魔法を使ったのは五歳の時に起こった兄弟喧嘩の折だった。自分より大きな兄と殴り合う内に、無意識に体内のマナを活性化させていた。
その時は兄の歯が数本折れる程度で済んだが、時には人を殺めてしまう場合もある。
今回、リーンが発現させた魔法はその規模であり、幼い子供の心に傷を負わせるには十分だ。姉を避けるのも、怒られるか――怖がられると思っているのだろう。
「それでお前は、こんな所で不貞腐れてるわけねぇ」
「……悪いですか?」
「気持ちは分かるが、こういうのは時間が解決してくれる。あいつの心が成長するまで気長に待つしかないだろうな」
「その間、私の不足したリーンニウムは誰が補ってくれるんですか」
「また訳の分からないことを……」
アーミラは二歳ながら既に絶世の美貌の片鱗を見せているが、それを上回る程の変人だ。どこで学んで来たのか、精緻なビスクドールめいた顔に似合わない言葉が飛び出す事も多々ある。
ともあれ、これはリーンの心の問題であり、他者が無理にどうこうすることは難しい。
一応魔力暴走の対策として、リリアナはアーミラが妹を御せるよう魔法を覚えさせようとしている。それに加えて、リーン自身が己の魔力を制御出来るまで成長するのを待つしか無い。
「ま、どうしてもって言うんなら、俺が一つアドバイスをしてやろう」
「アドバイス?」
「獲物ってのは追いかけると逃げるもんだ。こういう時は、相手が近づいて来やすい環境を整えるといい」
「リーンを狩りの獲物と一緒にしないでください」
アランのアドバイスに、アーミラは半目でそう返す。
「真面目な話、お前はいつも通りいてやれ。年上の兄弟が変に畏まってると、下の子ってのは近づきたくなくなるからな」
「……父様がそう言うのなら、試してみます」
漸く不貞腐れていたアーミラは頷いて立ち上がった。それから服の汚れを払い、パタパタと小走りで部屋を出ていく。
アランはそれを生暖かい顔で見送り、ソファに腰掛けて侍女へと紅茶の用意をさせる。これで姉妹の問題も落ち着く筈、姉の気苦労も少しは減るだろうと。
だが、
「リーーーーーンッ! お姉ちゃんと遊びましょうッッ!!」
「…………あいつ」
直後、廊下から聞こえてくる声に頭を抱えることになった。いつも通りと言えばそうだが、お前の場合は少し節度を弁えろ――と。
【TIPS】
[魔法:魔力暴走]
精神的に未熟、或いは失調を来した際に起こる事故
主に幼い子供が初めて魔力を使った場合に多く
無意識にマナを活性化させて、
人に対して必要以上の力が加わり怪我を負わせてしまう
稀に術式を用いずに魔法を発現させる子供がおり
そちらはより明確かつ、大規模な事故に繋がる場合が高い
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