12.家庭教師がきた
家庭教師が決まった。
リリアナが出した募集に割と直ぐに反応したのは、ハンナヴェルト伯爵家の令嬢だった。
ハンナヴェルトと言えば、行政工務省――日本で言う総務省に位置する部署のトップ。他の家格の高い貴族家からは下町貴族などと揶揄されているが、国の屋台骨を担うとんでもなく大事な貴族家だ。
そこの娘が何故、と思ったが先に送られて来た略歴を見れば納得した。志望したモニカ・ハンナヴェルトはかの有名な魔導大国ファルメナの『リスタリア魔法魔術学院』の出身である。
このリスタリア学院はちゃんと原作にも登場した。一時的とは言え主人公達も生徒として授業を受けたり、フラグを回収すると突然の乙女ゲーが始まったり、かなりイベントの多い場所だった。
この世界では魔術を学ぶ者は大抵この学院に入学することを目標にし、超名門として大陸中から生徒が集っているらしい。リリアナもそんな名門の卒業生ならと納得した。
そうしてそれから数日後、玄関で対面したモニカの第一印象は『幸薄そうな女性』だった。
肩甲骨の辺りで軽くウェーブしたワインレッド色の髪、それに合うような薄紅色の瞳をしている。ちょっと隠しきれない陰の気を感じるが、まだ十代後半でも通用する美人という印象だ。
まあ、俺からすればこの世界の人は大抵美形に見えるんだけど。
「えっと、今日からあなたの家庭教師になったモニカです」
「アーミラです。これからお世話になります、モニカ先生」
俺は大人の話し合いを終えて部屋――自室は修繕中なので代わりの客室にやって来たモニカと、改めて自己紹介をしていた。
「それじゃあ早速だけど、あなたが何処まで出来るか教えて下さい。そもそも、魔法の勉強は今日が初めて? それとももう少しやりましたか?」
「はい、刻印魔法は七級術士に相当する術式構築まで。詠唱と無詠唱は理論の予習を終わらせて、二節から五節までで成る簡単な物ならば使えます。今詰まっている所は、詠唱にて正しくオドの属性化が出来ないところです。工数や使用する魔法言語は間違っていないと思うのですが……。私としては、恐らく言語での指示ではなく、思考においての属性に対する概念具現化のプロセスで何かしらの不具合が起きていると考えていまして、先生はどう思われますでしょうか?」
「ちょっと待って」
「はい」
手を伸ばして制止されたので、一旦喋るのを止める。沈黙が空間を支配し、彼女は眉間に皺を寄せて瞑目したまま一分が経った。
「その……うん。大体分かった、勉強の時間はあなたのことを子供と思わないことにするね」
「え?」
それからモニカは、妙に覚悟の決まった顔でそう言った。
「……そもそも、リリアナ様の娘って時点で察するべきだったのよ、あの方の子が普通なわけないじゃない」
「あの?」
何やらブツブツと独り言を呟いているけど、大丈夫かな……?
何せ自分以外の貴族と接するのが初めてなので、どういう態度でいたら良いかがまだ良くわかっていない。もしかすると、礼儀を欠いていたりしたのだろうか?
「……これは組んできたカリキュラムを訂正する必要がありそうね。少なくとも学院の小等部一年――いや、二年生相当の単元からかしら」
……単に独り言が多いだけっぽい気もするけど。
◇
モニカが来てから二ヶ月。
家庭教師による教育の効果はてきめんで、刻印魔法に関しては既に六級術士相当の勉強をしている。
モニカはいい先生だ。教え方も丁寧で、俺が理解出来るように説明するのも上手い。
教えられる側の視点を持っている――と言うのか、初めて魔法と接する子供が詰まりがちな箇所も把握していてしっかりフォローしてくれる。
魔法以外の知識も豊富で、術式が生まれた歴史的背景などを合わせて解説してくれるので授業が楽しい。彼女が家庭教師に来てくれて、本当に良かったと思う。
今は武器に刻印を刻む『エンチャント』を覚えている最中で、これを習得すれば剣の切れ味を良くしたり属性を付与したりすることが出来るようになるらしい。それとエンチャントが使える――つまり六級の術師として認められれば、試験を通して魔術協会認定魔術師になれる。
認定魔術師のメリットは、大抵の魔法魔術に関連する施設で優待されることが一番だろう。特に協会本部のあるファルメナでは、段位がイコールで地位に繋がるらしい。
それから件の、詠唱魔法による属性化については――――
「あなたには属性魔法の才能がないですね」
「属性魔法の才能がない」
もうなんかそれ以前の問題だった。
「火や水に何かしらのトラウマは?」
「無いです」
「火がどういうものか分からない?」
「分かります」
「……なら、お手上げね」
「どういうことですか?」
「今の質問に該当しないとなると、もう生まれつきの適性の問題なんです。簡潔に言うと壊滅的に絵心が無い人間と同じで、あなたは属性魔法が死ぬほど下手くそなんですよ。だから正しい式を書いて、詠唱しても途中で歪んで絶対に成功しない」
――――幼い頃に酷い火傷をした子供は、何時になっても火属性の魔法を使えない。目が見えず、水がどういうものかを知らない人は水属性の魔法を使えない、生まれつき属性変換が出来ない子供は、一生属性魔法が使えない。
「……私では期待に添えず申し訳ありません」
モニカはそう続けて言い、小さく溜息を吐いた。
俺が魔法を詠唱する所も見てもらい、術式に間違いがないことは証明された。魔力の流し方も適切で、二歳にしてはコントロールが上手すぎると褒められた程だ。
それでも俺には、属性魔法の才能が一欠片も無いらしい。
「元々属性魔法は生まれつき各属性に対して得意不得意に個人差が出やすいけど、全て出来ない人は初めて見ましたよ。逆にレアです」
「はあ」
ここで訝しむべきは『俺=アーミラ』であるなら、何故魔法の才能が無いのか――という部分だろう。ゲームだと五属性全部使ってた筈なんだけどなぁ……。
俺という異分子が紛れ込んだことで、資質や成長に変化が起きてしまったのだろうか。だとしたらそれは事実として受け入れるが、肝心なのはそこではない。
「やっぱり、その……厳しいです? 属性魔法が使えないと」
「世間的に、というのならばそうですね。魔法は基本的に属性が付与されることで、効果を増すと考えられていますから。世間一般では、無属性魔法は属性魔法の下位互換と言われています」
モニカの言葉通り、属性魔法の威力が高いのは確かだ。マギブレでも基本的に強いアビリティには大抵属性が付いていたし、強力な武器にも属性が付与されていた。
俺に才能が無いばかりに、アーミラという存在のポテンシャルを引き出せないのは悔しい。それにゲームで見たような派手で美しい魔法を、俺も使ってみたかった。
「……無属性魔法だけでは、魔術師としては三流ですか」
「ああいや、今言ったのはあくまで一般論ですよ。無属性魔法を主体にする高位の魔術師は存在します、私の師……のような者がその一例ですかね」
「……! その話、詳しく聞かせてください!」
ゲームだと無属性魔法は主にバリアやシステム面に用いられる非戦闘系の魔法が多く、終盤の戦闘で使えるようなものは本当に一握りだった。
この世界ではそもそも理論から構築されている為、その限りではないだろうが――それでも本当に高位魔術師が無属性魔法を主としているのは信じがたい。
「そうですね、私も詳細なことは良くは知りませんが、それでよければ」
「是非!」
それから都合約二時間、モニカから彼女の師――正確に言うと違うらしい魔術師の話を聞くことになった。そしてそれが、きっと俺のこの世界でのターニングポイントの一つだったのだろう。
【TIPS】
[人物:モニカ]
ファルメナ魔法魔術学院卒業
主に火の魔法を得意とする魔術師
とある魔術師に荷物持ちの才能を買われ
幼少期から世界を見て回った
実践、及び実戦における能力は低いが
術式に対する造詣の深さは称号持ちに匹敵する
他者へと自分の考えを伝える能力も高い
戦う者ではなく、教育者としての気質が強く
内気な性格でなければ
学院において教鞭を振るっていた未来もあり得た
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