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11.家庭教師を雇おう

 

「家庭教師を雇いましょう」


 今日も一段と美しい我が母君は、優雅に紅茶の湯気の香りを堪能しながらそう言った。居間にて、柔らかい椅子の背もたれに体を預けて完全にリラックスモードだ。


「えっと、話が見えないのですが……?」


 対面で額に包帯を巻いた俺は、すっかり泣き疲れてソファで眠ってしまったリーンを起こさないよう、小声で聞き返す。俺の記憶が確かならば、先程まで自室にて起きた魔法の暴発について話をしていた筈だ。


 それが何故突然家庭教師を雇う、なんて話になるのか……わからない。


「あなたに、魔法の家庭教師を付けるのよ」


「私に?」


「あら、意外そうね」


 そりゃ意外だろう、あんな危ない事故があった後で、過保護気味なリリアナが――普通の親であっても魔法の勉強をさせるとは思えない。


「てっきり、魔導書を取り上げるかと」


「……あなた、私の事なんだと思ってるの?」


「いつも素敵で美しい自慢の母です」


「あらまあ、そんな言葉どこで覚えてきたのかしら」


 リリアナはどこか戯けた様子でそう言うと、焼き立てのクッキーを一口齧って満足気に溜息を吐く。おかしい、やけに穏やかであまりにも平常運転すぎるぞ……。


 あ、分かったぞ。


「さては上げておいて後から絶望させる悪魔的所業を――」


「それ以上言ったら明日から一週間おやつ抜きにするわよ」


「なんでもありません」


「よろしい」


 ……いや、やっぱりちょっと怒ってるなこれ。外面上は穏やかだが、魔力の流れが若干荒ぶっている。


「アーミラは、魔法が好きなのよね?」


「ええ、まあ……」


 好きか嫌いかで言えば、そんなの好きに決まっている。分からない事が分かるようになって、新しく出来る事が増えただけで嬉しくて小躍りする程度には沼に嵌っているのだ。


「私だって、娘から好きなものを取り上げるほど鬼じゃないわ。それにね、この前読んだ本に載ってたの」


「な、何が……でしょうか?」


「親が子供のやりたいことを禁止すると、逆効果になるのよ」


 ……確かに、前世でもそういう話は聞いたことがあるな。親にゲームもマンガもアニメも禁止された子供は、将来反動で凄まじいオタクになるとか。


 人というのは、やってはいけないと言われたことほどやりたくなる生物だ。


「あなたは普通の子より賢いから、今の歳から色々出来てしまうでしょう? 変に何にでも興味を持って、危ないことに巻き込まれないか心配だったからお外にも余り行かせなかったし、魔法だって教えを請われなきゃ教えるつもりもなかったわ」


「成程……」


 リリアナはリリアナなりに、俺の子供らしくない頭の良さと行動力を心配していたらしい。まあ、普通の子供なら首を突っ込まないような事も、俺なら関わりかねないのはありそうでなんとも……。


「けど、今回のことで身に沁みて分かったわ。例えここであなたに魔法の勉強を禁止を言い渡しても、上手く私達に隠れてやるでしょう?だったら、いっそちゃんとした先生を雇って、正しい知識を学ばせた方がいいと思ったのよ」


 その言葉の後に「独学の半端者が一番良くない」と、リリアナは付け加えた。


 俺もそれに関しては大いに同意したい。本での勉強だけでは学べない事が多すぎるし、誤った使い方をして今回のような事故が起きかねない。


「実は私もね、昔魔法に憧れて、こっそりお父様の書斎に忍び込んで魔導書を盗んだことがあったわ」


「母様が、ですか。想像できませんね」


 リリアナは本来婿入りする筈のアランの元へ嫁いで来たのが不思議な程の、それはもう格式の高い貴族――クラルヴァイン侯爵家の令嬢である。


 幼い頃は才女と呼ばれ、方方から将来を期待されていた彼女も俺と似たような事をしていたとは思わなんだ。


「それもあなたみたいに隠せず、直ぐに見つかったのだけどね。結局お父様にとても叱られて、その時"魔法は怖いものだ"と言っていたのをよく覚えているわ。あなたも、もう分かるわよね?」


「はい、使い方によっては人を殺せる力です。魔法を学ぶという事は日常の中に、殺すという選択肢を増やすも同義でしょう」


「そ、そこまで言わなくていいわ。全く、私の娘ながら恐ろしいわね……」


 しかし、事実としてそうなのだと俺もよく分かった。魔法は生活を便利にすると同時に、誰かの命を奪うためのものでもある。常日頃、抜身のナイフを全方位に向けていると言っても過言ではない。


 子供が遊びで学ぶのには、あまりにも危険だ。リーンを危険に晒したのは俺が軽はずみに言った言葉のせいで、正直かなり反省している。


 その勉強料が額の傷で済んだのだから、安すぎるだろう。


「つまりね、私が言いたいのはやるならとことん――ということよ。魔法を学ぶからには、一流を目指しなさい。またリーンが間違って魔法を暴発させても、あなたが守ってあげられるくらいね」


「はい、元よりそのつもりです」


「ならよろしい、明日にでも家庭教師の募集を出しておくから。先生が来るまで、魔法の勉強は私の見える所でやりなさい」


「ところで、母様が直接教えるという選択肢は無かったのですか?」


「私はその……教えるのが下手なのよ」


「これだから感覚派は……」


 こうして俺は期せずして、リリアナから魔法を学ぶことを公認されたのだった。寧ろ、はじめからちゃんと話し合っていれば、こんなややこしいことにならずに済んだのではないだろうか?





 私の名前はモニカ・ハンナヴェルト、二十四歳独身現在無職実家暮らし。


 ハンナヴェルト伯爵家の次女として生まれ、五歳の時に火の魔法の才能を見出されて魔法技術省王立魔法研究所の預かりになる。正確に言うと高名な魔法使いの付き人として十二歳まで世界中を巡り、その後魔導王国の学院へと進学した。


 学院での専攻は『属性魔法による現実への干渉』について。魔法による発火や降水などの現象と、自然発生した物との差異を調べる研究をしていた。


 この研究は後輩に引き継がれて、私は二十二の時に国へと戻った。研究所にポストがあったから、極自然な形でそこに収まった。



 ここだけ見ると、割と良いキャリアをしているように見えるけど――実際は違う。


 付き人と言っても、私を連れ回した魔法使いは魔法を教えてくれなかった。本当に単なる荷物持ち程度にしか思っていなかったんだろう。だから私はその人の魔法を見て覚えるか、本を読んで学ぶしかなかった。


 それに、学院での私の成績はお世辞にも良いとは言えない。


 結局研究も認められず、魔術協会から魔術師に与えられる段位も火精二級――火の魔術師の中で下の上止まり。普通学院を卒業した魔術師は最低でも初段だったのに。


 因みに同学年で主席卒業した俊英は、最高位から四つ下の炎仙師だった。


 これがどれだけ凄いことかと言うと、十段から上の段位には属性を表す称号の後に『魔公』『仙師』『霊将』『竜帝』『神魔』が順に付くんだけど、最低位の魔公クラスでも怪物揃いのうちの魔法省の重鎮に数人しかいないと言えば分かると思う。


 ましてや仙師ともなれば、十年に一人産まれるかどうかの逸材。天才の更に上の麒麟児よ。私なんかが、どれだけ努力しても追い付けない天上人だった。


 同級生にそんな奴がいた上に、研究所の奴らだってみんな段位は私より上だったから――仕事に付いていけなくて辞めてしまった。情けないけど、私が居ても雑用くらいにしかならなかったしね。


 それからは魔法の道は諦めて結婚でもするかと実家に戻れば、そこでも悲惨な現実を突きつけられることになった。




 ――――あなた、この歳になってまだ相手が見つかる筈がないでしょう




 母に言われた一言で、頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。そう、私はとっくに貴族の結婚適齢期を過ぎていたのだ。


 てっきり仕事一筋で行くのかと、察して煩く言わなかった母はすっかり呆れていたのを覚えている。


 ハンナヴェルト家の歴史はそれなりに古いけど、代々上下水道など街のインフラを整備する部署を担っているので下町貴族と呼ばれる程に平民じみている。昔は父も良く現場に出て、煤や泥だらけになって帰ってきていた。


 そんな家柄なので『やりたいことがあれば、人様の迷惑にならないならやってよし』が家訓ゆえに、両親が結婚に関して煩くなかったのが災いしてしまったのだ。

 

 見合いも試そうかと思ったけど、歳の行った老齢貴族の妾くらいしか話がなかった。


 というわけで、私は齢弱冠二十五にして実家暮らしの穀潰しと化していた。アドルナード伯爵家が娘の家庭教師――それも魔法の、を探しているという話を聞くまではだけど。


 私は直ぐにその話に飛びついた。何せ仕事を選んでいる場合ではない。家庭教師でもなんでもやってやろうじゃないかという思いで荷物を纏め、北東にあるアドルナード領へと向かった。


 思えばこの時私は、盛大な思い違いをしていたのかも知れない。精々が子供に簡単な魔法を教えるだけで満足するだろうと、甘く見ていたのだ。






「――――はい?」



 アドルナード伯爵家の屋敷の玄関で、私を出迎えたのは如何にも武闘派といった風体の領主とその妻――かつて王都を騒がせ銀麗姫と呼ばれたリリアナ・クラルヴェイン。そして、彼女によく似た二歳くらいの子供だった。


 アドルナード家は皆ニコニコ笑顔で歓迎ムードだが、私の脳内には大量のハテナマークが浮かんでいた。


「えっと、私が教える子というのは……」


「この子です、つい先月二歳なったばかりで」


 ……いや、二歳!? 二歳て!


 よちよち歩きからやっと走れるようになってきた位でしょうが!? そんな小さな子に魔法て! あたしゃベビーシッターじゃないんですけど!?


「アーミラ・アドルナードと申します。この度は高名なハンナヴェルト家のモニカ様に、遥々このような辺境に来ていただいて恐縮の限りです」


「え、あ、はい。全然、長旅は慣れてますんで」


 …………なんじゃこの子、受け答えめっちゃしっかりしとるがな! ほんとに二歳児か!? 私が二歳の時なんてまだ鼻水垂らしてアホ顔で走り回ってたぞ!?


 い、一度の受け答えで、第一印象が真逆に変わったのなんて人生で初めてだよ……。幾ら天才の子とは言え、こんなしっかりしてることある? 二歳ってもっと落ち着きが無いガキンチョだよね?


「では、此方へ。先に給金などのお話をしておきましょう。アーミラ、後でモニカ嬢を連れて行くから、部屋に戻っていなさい」


「分かりました」




 ……私、もしかして結構とんでもない案件に飛びついた感じ?








【TIPS】


[称号・段位・階級]


主に魔術協会が定めたものを指す


魔公を含む称号を持つ者は

例外はあるが、基本的にそれ以下との隔絶した力を持ち

戦力として訓練された軍の一個中隊に相当する

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