10.リーンの才能
実は拙作を書く際に一番最初に思いついたのがリーンというキャラでした
子供用の机に向かい、本とにらめっこをする幼女が一人。初夏に差し掛かり少し汗ばむ季節、開け放たれた窓から通る心地よい涼風が髪を揺らす。
後ろでは妹のリーンがサラと積み木を積み上げては崩して遊んでいる。この頃つかまり立ちを卒業してよちよち歩きが出来るようになり、行動範囲が広がったやんちゃ盛りの一歳児になった。
目を離せば勝手に棚の引き出しを端から開けて回ったり、大事な書類を皺くちゃにしたりと色々やらかしている。つい先日も壁に黒いインクをぶち撒けて、リリアナが般若になっていた。
食べ物の好き嫌いも凄くて――特に人参は親の仇の如く食べるのを拒むので料理長が困っていた。
ただ、両親も含めて屋敷の人々は『これだよこれ』と言わんばかり。何故か俺の時よりも活き活きとリーンの世話を焼いている。
そう、あれから一ヶ月が経ち、俺も誕生日を迎えて二歳になりました。
因みにアランからは最近王都で流行ってるらしい小説を、リリアナからは新しい服をプレゼントされた。どちらもあって困る物ではないし、素直に感謝して受け取った。
背丈の方も一年前とは比べ物にならないほど大きくなった。二歳の女の子の身長としては、平均よりも高いのではないだろうか。
体の成長に合わせて最近は運動を始めて、毎日朝と夜に柔軟体操をしている。男性の骨格と違い、女性はかなり体の可動域が広い。その辺りの強みを生かして、しなやかに動ける体を今から作っておこうと思うのだ。
――――しかしながら魔法の方は、かなり拙い状況にあった。
「『燃える』『炎』」
両手で見えないボールを包むようにし、その中心に意識を集中する。
今唱えたのは炎の魔法の詠唱だ。魔法言語で火炎を現す言葉を使い、事象化させる。
刻印魔法と違い、詠唱魔法は範囲や効果時間の調整を術者の演算能力によって制御することが出来る。魔法使いが感覚――つまりセンスをある程度求められるのは、詠唱を短縮するために主語と目的語以外の式を脳内で書くからに他ならない。
そしてこれは基本的な属性の付いた魔法の中では初歩の初歩。たった二節の言葉と、単純な形状を維持するだけのもので、以前使った無属性魔法を覚えていれば、難度としては同じこれも使える筈だった。
「う……」
だというのに、俺の両手には魔力が多少集まるのみ。一向に火種は生まれないし、オドが火の属性に変換される様子もない。
どこか術式が間違っているのかと再三確認してみたが、完璧に見本通りにできている。籠める魔力の量も適切だし、何故失敗しているのかが分からない。
俺が本当にあのアーミラであるなら全ての属性の魔法を扱える筈なのに、これは明らかに変だ。
詠唱魔法にのみあるプロセスの何かを見落としているのかもしれない。もしかすると、元はこの世界の住人ではない俺だからこそ無駄な先入観や、現地の人間が自然と持っている感覚を持ち得ていない可能性はある。
「ゔ~ん……」
ただ、『それが何か』という事自体が分からないのでどうにもならないのだが……。
「おねたん、なにしてるの?」
俺が唸っていると、リーンが机を覗き込むようにしてやって来た。幼く舌っ足らずな声とコテンと首を傾げる仕草は、どうしようも無いほどに可愛い。金髪幼女が上目遣いで自分の事をおねたんと呼んでくれる世界最高だな。
……いや、マジで可愛いな。天使か? 世界最可愛妹決定戦があれば問答無用で優勝やぞこんなん。
「おねたんはねぇ、今大事なお勉強の最中なんですよぉ。ごめんねぇ?」
「え~!? リーンとあそぼっ! おままごと!」
「後で遊んであげますから、いい子で待っててくださいねぇ」
こんな可愛い妹のお願いを断るなんて心苦しいが、今は目下の問題をどうにかして解決しなければならない。正直、勉強を放り出してリーンと遊びたいけど。
だって可愛いんだもん、妹。前世だと俺が末っ子だったから、それもあって猫可愛がりしている。もし領地を守れなかったら、この子だけは連れて逃げようと決めた。
「やだやだ! おねたんとあそぶの!」
「ほらほらリーン様、あんまりアーミラ様を困らせちゃ駄目っすよ」
「むぅ……」
「サラと遊ぶのつまらないから、しょうがないですもんねぇ」
「あい……」
「二人共何であてぃしに辛辣なんすか!?」
そりゃあ、サラなんてまともに扱っても仕方ないし。雑に扱われたくなければ、普段の行いを改めるべきだろう。
「あ、そうだ。リーンも一緒に魔法のお勉強しましょうか」
「まほー?」
「そう、魔法です。ほら、リーンの好きな『流星の魔女』という絵本があるでしょう? あれに出てくる奴ですよ」
「しゅき! りゅうせーのまじょ!」
流星の魔女というのは原初の魔法使い『メリッサハート一族』についての伝記を、児童向けの絵本に落とし込んだものだ。
この世界で始めて魔法を使い、人々に使い方を広めたと言われる『薬師エルヴィラ』。彼女は『啓蒙の魔女』という二つ名も持ち、ミツバチの紋章を一族の証として世界の調停を司っていた。
『創造神アースラ』の啓示を受けた初代聖女と共に勇者に仕え、原初の悪徳『邪竜ラース』を倒す――という話が有名だ。
その後、エルヴィラの娘である『流星の魔女』が竜の剣士と天下統一を目指して戦った際の手記を綴ったのが先程の絵本に描かれている。
そして重要なのはこの話が『ファンタジー・マギア』シリーズの第八作『ファンタジー・マギア・クロニクル』、略してマギクロでの話という部分だ。
主人公は戦乱の世の最中、大陸を平定する為に軍師として五つの国のどれかに仕え――そこで戦果を上げ、自国を大陸統一へと導く。ジャンルは戦略シュミレーションゲームで、奥深いキャラ育成要素や恋愛なんかも楽しめる名作だった。
この『ファンタジー・マギア・ブレイブ』はマギクロにおいてのラスボス、邪竜ラースに主人公たちが勝利した世界――その百年後の話となっている。因みにそうじゃなかった場合の分岐のゲームとして『ファンタジー・マギア・ホープ』もある。
と、まあ長々と語ったが、つまりは昔の出来事を絵本にしたものがあって、リーンはその登場人物――星に由来する魔法を使う魔女が大好きなのだ。
「さっきおねたんがいってたのも、まほー?」
「そうですよ。火は星の魔法に近いですから、基礎のお勉強をしたらそのうちリーンも……」
「ほし!? じゃあリーンもやるっ!」
上機嫌のリーンはそう言って、俺の見様見真似で手を持ち上げる。とは言っても、魔法は詠唱に本人の理解と認識が存在しなければ発動しない。銃のセーフティのような、使うという明確で強い意志が必要になるのだ。
「えと……あるでぁーと、ふらむ!」
サラと俺が生暖かい目で見守る中、やはりリーンの詠唱によって魔法は発動――――
「ッ……!?」
しない筈だった。
その筈だというのに、俺の右目が彼女の体から迸る凄まじい量のオドを観測した。それが徐々に両手に集まっていき、空間に揺らぎが生じる。
直後、突然巨大な火球が部屋に出現した。サイズは少々――いや、かなり違うが、紛うこと無く俺の発動させようとしていた火の魔法だった。
「ちょっとアーミラ様、これどうなってるんすかーーッ!?」
「……拙い! サラ、リーンを火球から引き剥がしてっ!」
なれど、制御が効いていない。まだ幼い妹の精神では、発動させた魔法をコントロールする能力がなかった。それが意味することは、魔力の暴走。
――――この火球は、数秒後に爆発する。
とかなんとか考えている間に一秒が経った。俺は机の上の術式を刻んだ本を引っ手繰ると、そこへ魔力を流し込んでオドで結界を作る魔術式を展開させる。
「『三つ』『複製』」
それを更に複製して多重に張り巡らせ、俺とサラに抱き寄せられて庇われたリーンたちを包み込む。強度は並程度だが、三つ重ねればなんとやらだ。
「ぐっ――――」
障壁を展開したと同時に制御を失った火球が爆発。バリアが硬質な音を立てて割れていき、魔力の鍔迫り合いが起きて体へと目に見えない圧が掛かる。だが、三枚目が辛うじて最後の爆風まで防ぎきった。
一応なんとかなった、部屋の方は大惨事だけど……。
自らの爆風で火も消し飛んだのか延焼は無い。黒煙に包まれる中、部屋の天井の一角が崩れ落ち――
「いでっ……!」
瓦礫が俺の額にクリーンヒットした。
「アーミラ様、無事っすか!? ……って、おでこから血ぃ出てるっすよ!」
「……不覚」
二人に怪我はなかったようで、サラは慌てた様子で俺の額をハンカチで抑え、リーンの方は若干放心状態に陥っている……かと思えば、じわりと眦へ涙が浮かび大声で泣き始めた。
「アーミラ! 凄い音がしたが、一体何が…………あった……んだ……」
そのタイミングで部屋に駆けつけたアランは、見事に穴の空いた壁と天井を見て唖然。使用人たちも部屋の前に集まってきている。そりゃあんだけ大きな爆発があれば、屋敷中に聞こえただろうな。
もしかしなくても、これはやらかしてしまったようだ。
「言い訳を考える時間は……無さそうですね」
そして――少し遅れてやって来たリリアナが、顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。これをどう説明したらいいのか、考えただけで憂鬱になって俺はサラのエプロンに顔を埋めた。
もうどうにでもなーれ。
【TIPS】
[魔術:『炎』]
最も一般的で最も初歩的な属性魔法の術式
特に単体で用いられることは無く
基本的に枕詞として『燃える』であったり
『灯す』などが共に用いられる
上位の術者であればこれらの式を省略し、
『火勢』『灯火』という一単語のみで魔法を発現させることも可能
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