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吾輩はピゲである  作者: モノリノヒト
4/4

後日談

 4月5日、早朝。


 私は「ニャーーー」という可愛らしい声で目を覚ます。


「んん……メル……?」


 布団の中をまさぐってみるも、猫の感触はない。

 当然である。


 ほぼ大往生で旅立ったメルに、夭折(ようせつ)したピゲ。

 この家に、今、猫はいないのだから。


「……」


 まだ、まどろみの中を漂うぼんやりとした頭で、よくよく鳴き声を思い出してみるが、あれはメルのものではない。


 となると……。


「……ピゲ?」


 どうしてピゲの鳴き声が私に聞こえたのか。


 まるで耳元で鳴かれているような、いや、布団の中から聞こえたような、あるいは脳内に直接流れ込んできたような。


 そんな鮮明な声であった。


 私は、ぱっと覚醒し、何を思ったかスマートフォンを探す。


 ロックを解除し、すぐさまカレンダーアプリを起動。

 間違いがないように"あの日"からしっかりと数えていく。


「……やっぱり……」


 この答えに辿り着くまでに要した時間はほぼ皆無。

半ば確信に近い思いがあった。

カレンダーを見るのは、あくまで答え合わせである。


 そう"あの日"とは、2月14日。


 そして4月4日は、49日目に当たるのだ。


 猫に人間の決めた尺度である49日など関係がないはず、そう思っていた私は、驚いて何度も日付を確かめた。

……間違いなく49日だ。


 あの鳴き声はピゲで間違いない

 どうして私にだけ声が聞こえたのか。


 そうしなければならないという一種の使命感を持って、仏間へと向かい、線香を手に取る。


 我が家では動物霊を敬う場合、線香を真ん中からふたつに折る。

 二本の線香から放たれる煙は"この世”と"あの世"の道しるべになると考えられているからだ。


 線香の煙に沿って、迷いなくあの世へ旅立てるように。

 線香の煙に乗って、しっかりと思いが届くように。


「49日だったんだね、ピゲ。

 あれは、お別れの挨拶だったのかな。

 それとも、49日だから何かしろっていう怒りの声だったのかな。

 もしくは…」


 線香の香りが仏間に漂う。

 全ての問いは無意味である。

 確信めいた答えが、既に心の底にあったのだ。


 私は祈りながら、また涙する。


「ゆるして……くれたんだね……」


 ずっと、ピゲと仲が微妙に良くないと思っていた。

 私はピゲが大好きだけど、ピゲは小さい頃のトラウマからか、なかなか私に心を開いてくれなかった。


 ピゲもなんとか私と仲良くしようとはしてくれていたけれど、やはりトラウマが勝るようで、長時間一緒にいると逃げたがった。


 そんな心の傷を負わせてしまった事を、私はずっと後悔していた。


 怖い思いをさせてごめんね、ピゲ。


 ピゲが生きている間は、最後の2日しかまともに可愛がってあげられなかった。

 でも、ようやく仲良くなれた気がして、やっとこれからピゲが私にも甘えてくれる日々がくるのだと……。


 大金をはたいて病院に通い、10年を買った気でいた。

 先生ももう大丈夫だって言ってた。

 だから安心していたのに。


 実際に大金で買えたのは、わずか1週間程度だった。


 そのうち半数以上は入院。


 退院して我が家に帰ってきて、わずか3日で……。


 先生が信用できない人物だった、という事は考えたくない。

恐らく腎臓へのダメージが、他の臓器へも影響を与えてしまっていたのだろう。

 医学的見地から考えれば、そうなるのが妥当だ。


 ああ、もっと身を切ってでも色んな検査や治療をさせてあげるべきだった。

 幼いころ、外で苦労した分、ピゲはもっと幸せになるべきだったんだ。


 後悔が渦巻き、過去にすがり、嗚咽する。


 しかし、この小説の冒頭を、はたを見返すと、あの時の鳴き声の意味が後悔を吹き飛ばす。


「ニャーーー」


 長い、長い鳴き声だった。

 確かにニャーとだけ聞こえたのだが、不思議と鳴き声に込められた意味は理解できていた。



 今日が49日である事、私を許している事、今から旅立つこと、お別れの挨拶をしにきたこと。



 それらが、全て伝わってきたのだ。


 なんだこれは。私の思い込みか? 願望なのか?


「うっ……ピゲ……ピゲぇ……」


 残念ながら私に霊感はない。

夢枕、守護天使、そういった経験こそあるが、他に霊的な経験は全くない。


 あるとすれば、家の廊下にふと猫の気配を感じる事がある程度だ。


 そういえば、こんな事があった。

 まだピゲがいない頃、メルも非常に若かりし頃である。


 ある友人が家に遊びに来た時「この家、いるね」と言い出すのだ。


「な、何が」


 恐る恐る聞いてみると、友人は霊感が強いのだと言う。


「はっきり見えるわけじゃないけど、小さい霊がいる。私が来たら警戒して隅に隠れちゃった。

 安心して。悪い霊じゃない」


 我が家では捨てられた猫を含め、何十匹という猫を飼ってきた。

 そしてその数だけ死を看取って来たのだ。


 きっと、そうした仔たちの霊が住み着いているのだろう。

 友人が霊を感じたのが私の部屋というのも、より「猫の霊なんだろうな」と思わせる要因であった。


 しかし、今回のような出来事は初めての経験である。


 49日に夢に現れ、私に想いを告げて旅立っていく猫。

 最初の猫であるミー、私を恨んでいるであろうイチ、ナギ、ヒメ。人生最愛の猫であるメルですらそんな事はなかった。


 ピゲにとっても、私との仲直りはやり残した事だったのだろうか。

 それとも、後悔を続ける私を見かねて、仕方なくだろうか。

 あるいは、私自身がピゲに許しを乞う願いが、そういう夢を見せたのだろうか。


 ……線香が燃え尽きる。


 懺悔(ざんげ)の時間が終わりを告げる。


 ピゲはまた、新しい命になって、我が家にやってくるだろう。

 わざわざお別れを言いに夢に現れたのだ。

 それぐらいの希望は持たせてもらいたい。


 猫の姿をしていないかもしれないが、せめて我が家で可愛がる事ができる存在となって転生して欲しい。


「ありがとう、ピゲ」


 消えゆく線香の煙が、ふわりと揺れた。

細くなっていく煙が、天へと消えていく。



 またね、ピゲ。


 

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