表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吾輩はピゲである  作者: モノリノヒト
3/4

幸御霊

 そんな悪戯(イタズラ)をしても、誰も何の反応も返さない。


 部屋には声の大きい人間とニーサン、メル姉さんとボクがいるのに。


「どうして……」

「だから、言ったでしょ。アタシ達は気付かれていないって」


 ようやく意味が理解できた。

 気付かれていない、ということは、ボク達は人間達とは住む世界が変わった、という事に。


「それじゃあ、もう、毛繕いしてもらえないの?」

「ムリよ」


「おやつは? 金スプ食べたい」

「ないわ」


「おもちゃは? 遊んでもらえないの?」

「……見たでしょ。あんたの体に、おもちゃは持っていかれたわ」


「そんな……」

「そんな顔しないでよ。アタシだって……」


 メル姉さんが珍しく涙目になる。


 あの図太いメル姉さんが、泣きそうになるだなんて。

「死ぬ」って、おおごとなんだって、思った。



「ピゲぇぇぇ!! なんで、あああ!!!」



 いきなり耳元で声の大きい人間が叫ぶ。


 そのあまりの大声にびくりと体が反応し、思わず逃げそうになる。


「別にアタシ達に気付いているわけじゃないわ。


 ただ、呼んでるの。


 もうアタシ達が近くにいてあげられないのを知ってて。

 それでも、ご主人はアタシ達の名前を呼び続けてる。


 あんたはよくボクは嫌われてるって言ってたけど、本当は知ってたんでしょ、そんな事ないって」


 実を言えば、その通りだ。

声の大きい人間は妙な威圧感があって怖いけど、嫌いかと言えば、そんなことはない。

 でも、何となく小さい頃の怖さを思い出して、ボクから歩み寄る事が難しかった……。



 ……本当に、そうだっけ?



「そっか、ボク……」


 思い出して来た。


 1週間程前、急におしっこが出なくなったボクは、病院というところに連れて行かれ、寂しい思いをしていた。

 見知らぬ猫、見知らぬ人間の匂いが充満する個室で、自由を奪われ、日々を過ごしていた事にスネていた。


 ようやく解放されて、テリトリーに帰ってきた時、酷く安心して……。

その時、今まで怖かったはずの、声の大きい人間に抱かれて眠りについた。


 苦手だったはずの人間の、かぎ慣れた匂いに凄く安心して、朝まで眠ってしまった。

 気付かないうちにおしっこを漏らしてしまっていたんだけど、その事にも一切怒られることなく、不思議に思ったものだ。


「ボクは……嫌いじゃないし、嫌われてもいなかったんだ」

「当然よ、でも"アタシの"ご主人だからね」


 アタシの、という部分を強調して言うメル姉さんは、少し自慢げだ。


 一度思い出してしまえば、(せき)を切ったように次々に思い出す闘病の日々。


「昨日は、そうだ……。

 ボク……もうダメかもって思って、その時、メガネがずっとボクを抱いててくれて……暖かかった」

「……そう」


 ボクは元気になったんじゃ、なかったんだ。

 ただ、解放されただけ。


「メル姉さん、……ボク、ここに居て良かったのかな」

「そんなの、見たらわかるでしょ」


 大声で泣き崩れる声の大きい人間。祈るニーサン。


 ボクのテリトリーへと向かってみれば、メガネも声を押し殺して泣き、ボクの大好きな、小さな人間も膝を抱えてうずくまっていた。


「ピゲ、何か言っておくことはないの?」


 後からのっそりと追いかけてきたメル姉さんが言う。


「言っておくことって……」


 ごはん、以外に言う事なんてない。

でも、それすら言っても届かない。


 じわりと自分の置かれた状況が頭を支配し、心に暗い感情が沸きあがってくる。


 声も届かない、ボクはここにいるけど、もういない。


 そんなの。


「ヤダ。ヤダよ、もっと可愛がってよ」


 メガネの前で、ごろんと転がってみる。

こうすれば「可愛い。ピゲ。ちゃぁん」と触り始めるはずだ。


 だけど、メガネはすすり泣くばかり。


 メル姉さんは、こんな孤独の中に居続けたのか。

ボクも、そうなるのか。


 小さな人間の膝に両足を立てて登る。


「ボクはここにいるんだよ。触っていいから、なでてよ」


 小さな人間からの反応はない。


「わかった? これが、死ぬってことなの」


「ボク、どうしたらいいの?」


「……ご主人たちにお別れの挨拶をしなさいよ」


 お別れ……。


 ボクの大好きな、小さな人間に声をかける。


「いつも可愛がってくれて、ありがとう。

 ボクはキミが大好きだった。キミは暖かくて、優しくて、静かで、キミの隣の居心地は最高だった」


 急なお別れの言葉なんて、そうそう出てくるわけないと思っていたのに、口を開けば、すらすらと出てくる。


 そうか、ボクは……。


 横で涙をぬぐっているメガネに話しかける。


「いつもお世話をしてくれてありがとう。

"クスリ"とかいうの、苦くて嫌いだったから、意地を張っちゃったけど、いつも美味しいごはんとかおやつとか、おもちゃとかを用意してくれて……。

 あと……トイレをキレイにしてくれたのも嬉しかった。

……ありがとう、"お母さん"」


 ボクは嫌なんだ、この家から離れるのが。

 認めたくないんだ、自分が"死んだ"って事を。

 でも……。


 未だ大声で泣き叫ぶ人間に対して言う。


「怖かったけど、別に嫌いじゃなかったよ。

 この家に、連れてきてくれて……ありがとう。

 ボクは……ボクは……」


 でも、心では認めてしまっているんだ。

 ボクはもう、ここには居られない、と。



「メル姉さん!

 ボク、もっとここにいたいよ!!」



 偽りのない本音。

気が付けばボクの目からは涙が溢れ、流れた雫が顔の毛に吸い込まれた。


「クロ」


 廊下の向こう側から、ボクを呼ぶ声がする。

この呼び方をするのは、時々姿を見せる長老だ。


 メル姉さんと一緒に開かずの扉へと近づいてみれば、長老は、呟くように「クロ、クロ」と繰り返していた。


「ボクはここにいる! いるよ!」


 必死に扉にすがりつき、爪を立てる。


「うわぁぁぁん……!!」


 ボクは泣いた。


 悲しくて、寂しくて、やるせなくて、どうすればいいかわからなくて、とにかく泣いた。


 家中が悲しみに包まれて、ひとしきり泣いた後……。

メル姉さんがゆっくりと話し出した。


「……ピゲ、あんたは早すぎたから。

 猫神様には、こうなる事がわかってたのね。

 だからアタシを残した」


 独りで納得するメル姉さん。


「あんな状態のご主人を残していくのは気が引けるけど、アタシの役目はあんたを連れていく事なんだわ」

「どういうこと……?」


「アタシと一緒に行くのよ。新たな命に生まれ変わるの。

 生まれ変わって、またご主人達と出会えばいいじゃない。

 あんたが本気でそう思ってるなら、きっとまた、会えるわ」


「嫌だ、今がいい、今このままもっと一緒にいたいよ!」


「そんなの! アタシだって同じよ!

 もっとご主人の側に居たかった、もっと可愛がってもらいたかった!」


 泣き叫ぶメル姉さん。


「アタシだって離れたくない!

 でも、また会いたいなら……このままじゃダメ」


 ……。


「一緒に行きましょう、ピゲ。

 もしかしたらアタシとあんたも離れ離れになるかもしれないけど、きっとまた、ご主人の元で会えるように」


「……うん」


 納得なんてしていない。

でも、それしかないのなら、いつまでも悲しませているのはかわいそうだから、ボクに出来る事がそれしかないのなら。


「短い間だったけど、幸せだった?」

「うん」

「そう、アタシもよ」


 ボクは旅立とう。

 また今度、大好きな"家族"に会う為に。



「ありがとう。

 そして、さよなら」


 




 令和3年12月20日 3:08 メル 享年14歳

 令和4年2月14日 2:08 ピゲ 享年3歳


 ──愛すべき二匹の猫に捧ぐ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ