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吾輩はピゲである  作者: モノリノヒト
2/4

先住猫

 吾輩はピゲである。名前はいっぱいあってな……。


 ピゲ、クロ、ピゲキ、ピゲたろう、ピゲちゃろう……。

全て吾輩を表す名前であった。


 その中でも特によく呼ばれる名前が……。


「ピゲぇぇぇ!!」

「ひええ、メル姉さん!!」


 人間の尺度にしてここ数か月出会っていなかった猫と再会してしまった。

 この家のボス猫……メル姉さんだ!


「あんた、何やってんの!」

「あああ、いや、た、ただごはんを食べようと、あわわ」


 メル姉さんは、人間の尺度で考えると、ボクより10年以上長くいる先住猫だ。

 一時期は情欲の湧く対象として見る事もあったけど、今はもうメル姉さんというより、メル婆さん……いや、おば、いえ、何でもないです……メル姉さん……。


 ボクの心の中を見透かしたような鋭い目線で射抜かれる。

 でもわかってる、本当に怒ってなんかいないって事を。


「メル姉さん、先に食べて、どうぞ……」

「いらないわよ。というか、あんたがいる事が意外だわ」


 呆れ気味に話すメル姉さん。


「それはボクも同じだよ、ここのところ匂いもなかったし、心配してたんだよ」

「あんたがアタシを心配ねえ、まあ、その気持ちはありがたく受け取っておくけど」


 こう見えてメル姉さんは凄い。

この家のボスだからというだけでなく、人間の言葉をほぼ完璧に理解していて、ボクの知らない世界を色々知っているからだ。


 外に出たいと漏らした時は「外より家の中が平和だよ。ケンカも起こらないしね」と諭してもらったし、なんでそんなに人間の言葉を理解できるのか聞いた時には「そりゃ、あんたが来るまでアタシ、自分を人間だと思ってたもの」とスケールの大きな勘違いも話してもらった。


 そんな賢者でありボスでもある姉さんとの久しぶりの再会。


「なんだか懐かしいよ」

「……まあ、あんたとも、それなりに長い付き合いだしね」


 その時、新しい人間が入ってくる扉から、音がした。


「!」


 再会を祝う間もなく新しい人間が入ってくるようだ。

これも、二、三度嗅いだ事のある匂いがする。


「ニーサンね」


 ニーサンとは、声の大きい人間がそう呼んでいるから定着した名前だ。

不思議な存在感の大きさがあって、いるだけで家の空気が変わる人間。


 この家に来る人間が、悪い人じゃない事はわかっているけど、ボクは小さな人間とメガネ以外は苦手だ。


「ニーサンかあ」

「ニーサンよ」


 わいわいと騒がしいニーサンと声の大きい人間。

よく見る光景だけど、ボクにはあまり関係ない。


「そんな事より、あんたもこっちに来ちゃったのね」

「うん、ごはんが食べたくて……」


 なんだか怒られているような感じがして、一歩後ずさってしまう。


「そうじゃないわよ、別にご飯ぐらい食べたらいいじゃない。

 それより、今の状況を説明したいから、こっちに来てちょうだい」


 どこか、ただならぬ様子のメル姉さんが、しっかりとした足取りで廊下へ向かう。


(あれ……。メル姉さんって、こんなに元気だったっけ)


 それに最後に見た時より、ずっとキレイで、ちゃんとメル"姉さん"と呼べる美しさを取り戻している。

 前に会った時は、もう少し老いていて、ヘンな臭いもさせていたと思うんだけど。


 ごはんを食べようとするのをやめて、メル姉さんの後を追う。

メル姉さんは、声の大きい人間の部屋に入って行った。


(おおぅ、ここに入るのかぁ)


 部屋に入ったメル姉さんは、トンッと軽い足取りで机に飛び乗る。


「え、机に乗ったら怒られるよ!」


 ボクだって知っているこの家のルールだ。

しかし、メル姉さんは驚く事に自ずからルールを破っていく。


「別に怒られないから、早く上がってきなさい」


 ボクがまごまごしていると、メル姉さんがそう言った。

ボス猫がそう言うのなら、大丈夫なんだろう……と戦々恐々としつつ、ボクも机に飛び乗る。


「これを見なさい」


 メル姉さんが指した箱には、見知らぬ猫が納まっていた。

よくは知らないが、人間がハチワレと呼んでいる種類の猫だ。


 丸くなって眠っているようだが、よほど苦痛か悪夢でも見ているのか、苦しそうに牙をむき出しにしている。

 

 これは?と聞こうとした時、メガネがご飯とおもちゃを持ってやってきた。

それをあろうことか、箱に納まった見知らぬ猫にあげようとしている。


「それボクの好きなやつ! ちょっと、メガネ!

 ボクのごはんとおもちゃ、返してよ!」

「……」


 ボクを見て呆れたような、悲しいような顔をするメル姉さん。


 やがて、声の大きい人間とニーサンが、すすり泣きながら箱ごと猫を運び出す。


「あー、ボクのごはんとおもちゃがー……」

「あんた、ご飯はともかく、あのおもちゃ好きだったの?」


 メル姉さんが、いつもより柔らかい声色で質問してくる。


「うん、野生の本能を刺激されるっていうかね、すごく集中できるおもちゃだったんだ。遊び過ぎて壊しちゃったけど」

「あんたって……まだ、若いわねぇ」


 ボクが興奮して答えると、メル姉さんはフンスとため息をひとつ。


「さっき寝てた猫いるでしょ、箱の中で」

「うん」


「あれはね……」


 言いたいけど、言いたくないように言葉をぐっと溜めて、メル姉さんが言う。



「あんたなの」



 ……? ちょっと意味がわからない。


 ボクが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、メル姉さんは続ける。


「ピゲ、あんたは死んだの。

 先に死んだアタシと会っているのが証拠よ」

「え……ごめん、意味がわからない。

 メル姉さんは帰ってきただけだよね?」


「違う、アタシは死んでからもずっとここにいたわ。

 アタシのご主人が元気になるのを見届けないと、安心して逝けやしない」


 メル姉さんの言うご主人とは、声の大きい人間の事だ。

 ボクとは違って、メル姉さんは声の大きい人間が大好きで、四六時中一緒にいた。


 声の大きい人間がいない時は、イライラしてて、ボクとケンカすることもあったぐらいだ。


 でも、おかしいぞ。

ボクだって、ずっと家にいたんだ。

メル姉さんの匂いは薄くなるばかりで、どこにも気配なんて……。


 匂い?


 そういえば、目の前のメル姉さんから、匂いを感じない。

鼻でも詰まっちゃったかな。


「メル姉さん、ちょっと」


 そう一言、言うと、ボクはメル姉さんのお尻に顔を近づけた。

 これは猫同士の挨拶だって、メル姉さんに教わったものだ。

当時は、お尻の匂いをかがれる事が凄く嫌で、逃げ回ったものだけど。


「あんたからお尻をかがれるなんて、珍しいわねぇ」


 少しくすぐったそうに、くしゃりと笑ったメル姉さん。

 ……やはり匂いはしない。


「……どうなってるの?」


 現状がまるで理解できなかった。

あの見知らぬ猫がボクなら、今いるボクは何なの?


「死んだって事が理解できないのかしら?

 目下、一番の問題は可愛がってもらえない事かしら」

「ボクはメル姉さんと違って、触られない方がいいけど」


「毛繕いもしてもらえないのよ?

 櫛は気持ち良かったでしょ」

「確かに、くしは気持ちよかった!」


 よくわからないメロディーを口ずさまれながら、くしで毛繕いをされると、最高に気持ちがいい。

 思わずメガネをお母さんと呼んで甘えたくなったものだ。


「まあ、死ぬっていうのは、そう言う事。

 触ってももらえない、毛繕いもしてもらえない、それと、気付いてももらえない」

「え、そんなのヤダよ」


 メル姉さんの話が大きすぎて、いまいちピンと来てなかったけど、少しだけわかってきた……ような気がする。


「ホントはもうアタシも逝かなきゃいけないんだけど……ご主人が心配でね。アタシがいないとホントダメなご主人だから」

「メル姉さんは、本当に声の大きい人間が好きなんだね……」


「声が大きいから好きなわけじゃないわよ?

 ご主人だから好きなの」

「わかってるよ、でもボクにとってはご主人じゃないから」


「ああ、そういうことね。

 でもアタシ、やっと自分の役割を理解できたわ」


 メル姉さんがそう言って自分の毛繕いを始めると、どこかで聞いた低く落ち着いた声が聞こえてきた。


『メル、よく我慢してくれました』


「猫神様」


 猫神さま……?


『ピゲ、よく苦しみに耐え抜きました』


 苦しみ……?


『メル、後は任せますよ』

「はい、猫神様」


 メル姉さんが遠くを見るように、そう言った。


「な、何、今の声?」

「今のは猫神様。すべての猫を見守ってくれてる、えらい神様よ」


 神さま……という概念はボクには理解できなかったけど、何か大切な事を伝えられた気がする。


 ガタンと扉が閉まる音がして、人間達が部屋に戻ってくる。


「わわ、怒られる」

「いつまで言ってるの、怒られないわよ。

 ……気付かれていないんだから」


 メル姉さんが寂しそうに語り。

ほら、とキーボードの上に寝そべった。


「そ、そんな事したら」


 声の大きい人間が凄い剣幕で怒鳴ってくる……!


 ……はずだった。


 

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