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吾輩はピゲである  作者: モノリノヒト
1/4

違和感

 吾輩はピゲである。


 どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。

何でも、竹林にて食べ物を貪っていた事だけは記憶している。


 吾輩はここで初めて人間というものを見た。

 しかもあとで聞くと、この人間というのは時々我々を捕えて、煮て食うという話である。


 しかしその当時は何という考えもなかったから別段、恐ろしいとも思わなかった。

 ただ、人間の(てのひら)に載せられてスーと持ち上げられた時、何だかフワフワした感じがあったばかりである。


 掌から布団に降ろされた時、少し落ち付いてその者の顔を見たのが、いわゆる人間というものの見始(みはじめ)であろう。


 この時、怖いと思った感じが今でも残っている。


 ──。


『おはようございます』


 突然、低く落ち着いた声が聞こえて、ボクは目が覚めた。

 初めてこの家に連れて来られた時の事を、妙に仰々しい文体で夢に見ていたように思える。


 ボクはピゲ。

人間の尺度で考えて3歳。この家に来て、もうすぐ4年になるだろうか。


 昨日までは大変苦痛な日々を送っていたような気がするが、なぜだか今日はすこぶる気分が良い。

 鉛のように重かった体は、良い睡眠がとれたのか極めて快調だ。


 ボクの体内時計によると、今の時間は朝6時。

飼い主と呼ばれる人間が、そろそろ起きてくるはずだ。


「ごはんごはんー!」


 人間には伝わっていないらしいが、ボクはしっかりと言葉を出して、人間を呼ぶ。


 メガネをかけた人間は、毎朝必ずボクにご飯をくれる人間ではあるが……。

こうして呼ばないと動かないから、思ったよりも人間という生き物は猫よりも怠惰なのかもしれない。


「ごはんってばー、ねーねー」


 しかし今日に限ってはいつまでも部屋に閉じこもって出てこない。


 どうしたんだろう。

まあ、出てこないものは仕方がない。ありあわせのご飯で我慢するか。


 ボクは軽快に動く足で、廊下を通り台所へと向かった。


 人間は料理をしたり、ボクのご飯を用意する時、この台所という場所を使う。

台所では、ボクが欲する全てのものが揃っていると言っても過言じゃない。


「ごはんー、ごはんー」


 まずはごはん。

ふたつのお皿にそれぞれ入れられたご飯がある。


 ボクは片方しか食べちゃいけないものだと思ってたけど、この家のボス猫だったメル姉さんは、どちらでも気の向いた方を食べていた。


(そういえば、最近メル姉さんの匂いが薄い気がする)


 でも、いつ現れてボクを叱りにくるかわからない猫だ。

やっぱりいつも通り、片方だけを食べるようにしよう。


「おいしい!」


 少し湿気てはいるが、濃厚でありながら上品な味と香りが鼻を突き抜ける。

これはボクの大好きなマンプチのごはんだ。


「うまい! うまい!」


 食が進む。

いつもはこんなに食べる事はないのだが、今日に限っては無尽蔵に食べられそうだ。


 そんなボクの心に応えるように、ご飯も一向になくなる様子を見せない。


「うまい!」


 でも、さすがに食べすぎか。

あまりごはんでお腹を満たしすぎると、後でもらえるおやつが入らなくなる……。

そう、ボクを誘惑してやまない最高のおやつ。


 金スプ!!

──おいしい笑顔を引き出すおやつ しっとりシーフード&チキン──


 長すぎてボクもよく覚えていないが、あれを食べずに一日を過ごすなんて考えられないぐらい、ボクの大好物だ。

おやつを美味しく食べるために、ボクはほどほどにお腹を満たす。


 続いて向かった場所はトイレ。


「よしっ、今日もキレイにしてあるぞ」


 こう見えてボクはキレイ好きだ。

トイレはいつもキレイで清潔でなければ気が済まない。

その点、人間はなかなかの働き者だ。褒めてもいい。


「……?」


 おしっこをしようとした時、妙な痛みが下腹部を襲った……ような気がした。

慌ててトイレから飛び出る。


「……なんだったんだろ」


 痛みを感じたような下腹部を見るも、特に問題はないが、一応毛繕いをしておく。

 尿意は引っ込んでしまったので、あとはいつも通りテリトリーの散歩をするとしよう。


 ぽてぽてと歩いて家の中を探索する。

 ボクのテリトリーはメル姉さんのせいで、あんまり広くない。

変な場所を歩けば「どこ歩いてんのよ、あんたァ!」というメル姉さんの声が聞こえてきそうでビクビクしてしまう。


 さほど広くもない家の中で、さらに狭いボクのテリトリー。

どれだけゆっくり歩いても、あっという間に見回りは終わってしまう。


 台所から出てすぐにある開かずの扉。

ここには、老いた人間──長老──が閉じこもっている。

ボクも滅多に入った事がなく、メル姉さんの話では「あそこはヤバイ」らしい。


 この開かずの扉を前にして、右手に行けば人間のトイレと、新しい人間が入ってくる扉。

 左手に進めばボクのテリトリー。


「よし、左に行こう」


 そしてここでさらに二か所に分岐している。

真っすぐ進めば、ボクのテリトリー。

左の部屋はメル姉さんのテリトリーとなっている。


 でも、ボクはボク自身のテリトリーを広げるため、メル姉さんのテリトリーにも果敢に攻めていく姿勢を崩さないつもりだ。


 果敢に、果敢に、廊下から部屋を覗く……。


「──。──。アハハ!」


 部屋に住む人間はどうやら電話をしているらしい。

あの人間はとにかく声が大きくて苦手だ。ボクがこの家に連れてこられたのは、あの人間が原因だし、ボクが初めて見た人間もあいつだった気がする。


 勇気を出して部屋に一歩踏み入る。

 この1年程で、あの暖かい風を出す物──ヒーターというらしい──の近くまで、ボクのテリトリーは広がった。

 メル姉さんに見つからないように、気を付けながら覗く。


 大きい声の人間はボクに気付いていないようだ。


「さむっ!」


 肌を刺すような寒さ、言い知れぬ悪寒。

暖かい風を出す物からは、風は一切出ておらず、部屋は冷え切っていた。

 もちろん、普段はもっと暖かい部屋だ。


「なんで今日はこんなに寒いんだ……」


 そこまで来て、ボクはゆっくりとバックする。

 寒いのはもちろん、この先に踏み入るのはとにかく危険だからだ。


 メル姉さんのテリトリーである事はもちろん、大きい声の人間もボクを威嚇(いかく)するような大きい声で、ボクを追ってくる。

テリトリーを拡張しつつあるとはいえ、まだ第一級のレッドゾーンなのは間違いない。


 一通り家の探索を追えたボクは自分のテリトリーである部屋へと入る。

カーテンを抜ければ、そこはボクの楽園(パライソ)だ。


 そこには二人の人間がいる。

ボクのごはんや毛繕いの手伝いなど、全般的なお世話をしてくれる"メガネの人間”。

ボクが一番気楽に接する事ができる"小さな人間"。


 たまにメル姉さんもずかずかと入ってくるけど、ここでは争いはご法度。

 メガネの怒りが炸裂するからだ。

怒らせると怖いメガネは、ボクがお腹を見せて「ごめんなさい」と言えば「──。可愛い。ピゲ。ちゃぁ~ん」と許してくれる。ちょろいね。


 逆に小さな人間は物静かで、怖くもなく、必要以上にボクに構う事もない。

この家では一番好きな人間だ。


 そんなメガネと小さな人間のいるボクのテリトリーへとカーテンを開けて入る。


 ボクはあまり構われるのは好きじゃない。

人間が構って欲しそうにしている時、仕方なく相手にしてやる程度だ。


 だから今日もボクは構われないように、静かに部屋に入るが……。


 ──泣いている。


 メガネが涙を流し、声を押し殺して泣いている。

小さな人間も心なしか、いつもよりぼーっとしていた。


「なんかヘンだな……」


 そう思いつつも、ボクは寒さをしのぐため、小さな人間の側に寄る。

ふー、あったかい。おやすみー。


 * * *


 家に動きがあったのはひと眠りした後だった。

あれから人間の尺度で考えて、5時間程が経っただろうか。


 ──新しい匂いだ。


 厳密には嗅いだ事のある匂いだけど、新しい人間が家に入ってきたらしい。

 くっ、ボクのテリトリーが。


 メル姉さんみたいに人間を全面的に信用できるなら気にしないんだろうけど、ボクはボクだから、仕方がない。


 カーテンの隙間から廊下を覗いてみれば、やはり新しい人間だった。

声の大きい人が言うには「シンユー」という名前らしい。


 シンユーは声の大きい人と何かを話している。

人間の言葉はよく理解できないが、どうやらボクの事を話しているようだ。


「ピゲは人見知りだったから、私に触られるの嫌かもって思って」


 その言葉の意味の全てを理解することはボクにはできなかったけど、重要なワードは理解できた。


 ボクを触ろうとしている?

冗談じゃない、触られてたまるか。


 そう思ったボクは、すぐさま押し入れの奥へと逃げ込む。


 ここは狭いし暗いし、荷物で入り組んでいるから、人間がそうそう手を出せる場所じゃない。ボクの知っている中で、かなりの安全地帯だ。


 しばらくそうやってやり過ごしていると、シンユーは家から出て行った。


 ふぅ、ボクを触れなくて残念だったね。


 一安心したらお腹が空いてきた。

 途中、廊下に出ると、大きい声の人間が大声で泣いている姿が見えた。


 相変わらずうるさい人間だ。耳が痛くなる。


 そして台所に向かうと……。


「あんた、何やってんの!」

「うわぁ! メル姉さん!!」


 とんでもない猫と鉢合わせしてしまった。


 

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