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英雄・趙雲主役の映画『三国志』への考察

 その内容は知らずとも、「三国志」という言葉を聞いた事の無い者は稀有だろう。

 ここに取り上げる映画『三国志』は、そんな知る人ぞ知る中華三国時代の中でも根強い人気を誇る英傑・趙雲を主人公へ据え、ただひたすらに国の為に生き国の為に死んだ彼の生き様を、雄々しくも、それが故に切ないタッチで描き出していると言えよう。以下に簡単なあらすじを挙げておく。



 漢王朝が廃れ激動の乱世が到来した中国において、常山の青年・趙雲(趙子龍)は民を想う聖君・劉備の軍へ入隊、そこで出逢った同郷の羅平安を兄と慕い、彼等と共に中華統一を目指す野心家(という役回りの)曹操の軍と戦っていく。

 西暦208年、曹操軍に敗北した劉備軍は鳳鳴山へと逃走するが、羅平安は護衛していた劉備の幼い嫡子を見失うという失態を犯す。彼が粛正され掛けた時、趙雲は身を挺して彼を庇い、劉備の義兄弟で当代の豪傑・関羽と張飛を同時に相手取る凄まじい戦い振りを見せ付ける。

 劉備に武勇を買われた趙雲は、羅平安の助命を条件に、単騎で敵地へ取り残された嫡子の救出に向かう。彼は曹操軍の圧倒的兵力を相手に満身創痍と為りながら、それでも獅子奮迅の働きでこれを突破し、見事任務をやり遂げ英雄と為る。趙雲はその後も武勲を積み重ね、劉備が蜀を建国すると、関羽や張飛と並び“五虎将軍”の一人に列せられる。

 しかし戦に次ぐ戦により、かつて彼が救出した嫡子が帝位へ就く頃には蜀は弱体化の一途を辿り、五虎将軍も老いた彼一人を残すのみと為っていた。趙雲はこれを嘆き、亡き劉備への忠義を果たそうと、かの曹操が興した永年の宿敵・魏への最後の遠征へ出陣する。

 だが曹操の孫娘で趙雲捕縛を念願とする戦の天才・曹嬰の謀略や、永く彼の影へ隠れ日の目を見られずにいた羅平安の裏切りも有り、趙雲軍は絶望的な状況下へと追い詰められる。趙雲は、自身の雄飛が始まった場所でもある鳳鳴山へ立て籠もり抗戦するが、やがて味方は羅平安を残し全滅する。趙雲は彼を許し、彼に見送られながら、只の一騎で数万の敵軍の渦中へと突撃していく。



 さて、先述した雄々しく且つ切ないタッチが色濃く浮き出る各シーンにおいて、論者は一貫された「輪」というテーマ、即ち一つの遠大な円周上を一回りする遠志の行路というイデオロギーを見出した。先ずは各「輪」の使われ方を列挙し、次いでそれを趙雲や彼を取り巻く主要人物と絡めて考察、その上でストーリーそのものとの密接な関係性を確認したい。



「輪」の存在が推測出来るのは大小合わせて7ヶ所であろう。

 1つ目は羅平安が趙雲へ示した地図。

 序盤、羅平安は「劉備軍がこの一帯をぐるっと平定すれば太平の世がくる」として地図を趙雲へ譲渡する。文字通り「輪」を喚起させるこの指針がストーリーの軸と為る訳だが、終盤、この地図は再登場し羅平安へ返却される。地図を譲られた時、趙雲は入隊間も無い駆け出しであり、それを「太平の世はきたか」と返した後、彼はその戦人人生へ幕を下ろす。

 2つ目は趙雲の為に囮役を担う関羽の台詞。

 決死の嫡子救出へ向かう趙雲を、関羽は「互いに使命を果たした時また会おうぞ」と送り出すが、このシーンは関羽の死後数十年、趙雲が玉砕へ駆けるラストシーンにて回想される。これにより、彼が言った使命とは単にその時の任務ではなく、劉備や蜀へ忠義を尽くし命果てるまで戦い抜く事そのものを指し、死して後に天上にて再会せんとする真意が読み取れる。

 3つ目は趙雲の恋人が彼へ贈った走馬燈。

 英雄と為り故郷へ凱旋した趙雲だが、これより先はその名を奮う更なる躍進が期待される。彼女はそんな彼へ、「どんなに遠くへ行っても回る灯籠のように私の所へ戻って」と訴える。

 4つ目は蜀の建国から衰退へ至る天下の情勢。

「国分かれて久しければ必ず合す」のナレーションで最盛期の出陣式シーンへ入り、五虎将軍が勢揃いする。それから20年、「時勢は蜀に味方せず」と落日の出陣式が始まるが、そこには老いた趙雲が残るのみである。

 5つ目は老将と為った趙雲の出陣表明。

 蜀の軍師・孔明は、高齢を推して出征を望む趙雲を「思い出が生きるよすがだ」と引き止める。これを受け、趙雲は若き日の恋人の姿を想いつつ、「長き戦いで思い出も遠くに消えた 薄れた記憶を呼び覚ましたい 思い出を失った戦場に再び立つことで」と孔明を説得する。

 6つ目は再登場する鳳鳴山。

 ここはかつて趙雲が劉備に見出され、空前絶後の大活躍で雄豪としての地位を確立した雄飛の開始地点である。その鳳鳴山が、今度は趙雲の虎将神話を締め括る役割を担って現れ、趙雲は「帰ってきた」と呟いている。

 7つ目は死の突撃へ臨む趙雲の台詞。

「私の人生は大きな輪を描いただけだ だが美しい輪だった」である。論者は、これこそこの映画のテーマを集約する言葉であり、クライマックスであろうと考える。



 以上に挙げた箇所からは、趙雲が自身の戦人人生という円周上を、最下の一兵卒から始めて出世街道を駆け上り、五虎将軍として最上へ輝き、次第に老いて最期を迎え最下へ戻るという、正に「輪」を一回りする運動が伺えよう。

 さて、ここで他の登場人物だが、彼等には等しく主人公の回転運動を支援するという役目が与えられていたのではなかろうか。主君・劉備は彼を登用する事でその上昇運動を開始させしめ、関羽や張飛は先輩として同じ道を行く事で、又先に散る事で彼が進み達すべき道筋を示し、趙雲を抑止する孔明や敵役を引き受けた曹操は、趙雲がそれを跳ね除けて邁進するという点で運動そのものに華を添え、それがテーマとして在るが為の価値を高めていると考えられる。だが最も注目すべきは、わざわざ架空の人物として創造された義兄・羅平安、最後の強敵・曹嬰の2名だろう。



 始めに羅平安だが、彼は趙雲の上へ立つはずの存在であったが、光り輝く弟とは対照的に、脚光を浴びるどころか満足に日の目すら見られず生き永らえるだけの所謂負け組と為ってしまう。しかし趙雲は彼を一途に兄と慕う。

 こう為れば嫉妬と友情の狭間での苦悩は避けられず、それが趙雲への裏切りや最後の最後でのその自白へと、ある種の必然性をもって繋がっていく。即ち羅平安は、趙雲へ具体的な指針を示しその「輪」の開始地点へと立たせる一方、結果的に彼を死なせその終結地点へ誘うという、首尾一貫した彼の先達的役回りを担っていたと考えられる。

 加えて趙雲との対極的な雌伏の立ち位置により彼の雄飛を際立たせ、更に彼へと最も信じていた者に裏切られるという至上の苦痛を付与する事、彼へそれをも包含して尚兄と言わせ続ける事でその悲劇性及び英雄性を決定付け、観る者の心へ趙雲への絶対的な感情移入を成立させているとも言えよう。

 二度の出陣式のシーン双方において、趙雲は「常山の超子龍 参る」と高らかに言い放つ。羅平安はそのどちらにおいても、その直後のショットで「常山の羅平安も」と呟いている。切っても切り離せないこの兄弟の密な関係性が明示されている箇所であろう。



 そして曹嬰だが、彼女は幼少時に見た阿修羅の如き趙雲の雄姿に鮮烈なる衝撃を受け、彼を屈服せしめる事を悲願として自らを鍛え上げ、最後にそれを成就させる事で趙雲の回転運動を集結させる張本人である。

 ところで、同じ古代中華の戦乱の世を描いた原泰久の漫画作品『キングダム』に次の様な一節が有る。「いつの時代も最強と称された武将たちはさらなる強者の出現で敗れます」これは正に趙雲と曹嬰にも該当する。即ち、趙雲を追う事で始まった曹嬰の戦人人生は、当然ながら趙雲が下降運動へ移行した後に最高地点へ達するもので、そのまま追い落とすのは必然的な流れと言えるだろう。

 だとすれば、曹嬰の存在はこの映画のテーマであろう「輪」の表象を、主人公・趙雲の激動の生涯という単一的なものに止まらず、先人のそれを追う様にして無限に繰り返される人間それ自体の在り様へまで拡張しているのではなかろうか。

 エンターテインメント作品としては、趙雲がこの人の世の摂理へ死に物狂いで抗い曹嬰を討つ、という方がむしろ視聴者の興奮を誘いそうなものであろうが、この作品では敢えてその方向性を採用せず、現実的な無常観を前面へ押し出す事で、前述した雄々しくも切ないタッチを見事に成功させていると言えるだろう。



 この様に、本作ではあらゆる面であらゆる人がこの「輪」という造形へ貢献し、それを悲劇の英雄・趙雲の一代記へと集約させる事で、哀切に満ちる人の世の儚さ、そしてそれが故に人を魅了する人間ロマンを顕現させていると言えまいか。九割方が持論と為ったが、それでも論者はこの見解を抱かせてくれた『三国志』へと、改めて感服と感謝の意を表さずにはいられない。



参考

映画「三国志」オフィシャルサイト - ソニー・ピクチャーズbd-dvd.sonypictures.jp/threekingdom 

アンディーラウ主演!映画「三国志」の特集トページ/三国志ショップ赤兎馬 www.plastic-rouge.com/souten/saito/.../three_kingdoms.html 

映画評論 三国志 www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub5-2-b-09-22sangokusi.htm

これぞ名作。趙雲が主役の映画『三国志』 - livedoor Blog

blog.livedoor.jp/tetsubo8/archives/65508582.html

三国志(2008) | Movie Walker movie.walkerplus.com 

(いずれも2016年1月26日)

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