表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
22/50

#22 ベタなギミック


 それから数日後、俺は北区にある道場に呼び出された。


 何でも磯俣が、俺のためにフィニッシュホールドを考案したというんだ。


 道場には、練習生からトップクラスまで全選手が揃っていた。


 磯俣の指導の元、さっそく稽古が開始される。


 で、気になるその新技だが……サイドスープレックスの要領で持ち上げた相手を脳天から垂直に落とす、というものだった。


 プロレスに不案内な奴でも、パイルドライバーやパワーボムくらいの技は知ってるだろ?

 まぁ、その変形版だと思ってくれりゃいい。


 柔道の投げ込み練習なんかに使われる柔らかなマットの上で、俺は後輩相手に何度も新技を繰り返した。


 コツがつかめたところで、今度は練習生を除く新人からトップまでが順番に、俺に技をかけられていく。


 皆、真剣だ。


 新技お披露目の際はいつもこうさ。

 しっかりと観察し、最善の受け身を体に覚え込ませる。


 今回のような、頭からマットに落とす系は特にだ。

 ここで手を抜いたりしたら、いざ本番で食らった時、大怪我するかもしれないからな。


 俺の新技は“アローボム”と命名された。


 アローは矢。

 ロビンフッドで有名なノッティンガムのジムで武者修行したことから、磯俣が思いついたネーミングだ。


 コスチュームも新調された。


 それまで黒のショートタイツ一丁だったのが、緑のロングタイツに……しかも、尻の部分にはユニオンジャックがでかでかとプリントされてる。


 入場時には、これまた緑色のフード付きマントを羽織るとのこと。


 これで弓矢でも持たされたら、まんまロビンフッドじゃねぇかと思っていたら、本当に弓と矢も用意されていて、さすがにそれは勘弁してくれ、と断ったよ(苦笑)。


 俺の凱旋試合は2002年の7月頭だったと記憶している。


 場所は大田区体育館で、相手は片桐耕司(かたぎりこうじ)


 片桐先輩は、大相撲で十両五枚目までいった人だ。


 昔、俺の実家の近所に角界入りした奴がいるんだが、そいつは喧嘩無敗で町内一の力自慢と言われてたけど、それでも序二段までしかいけなかった。


 だから、片桐先輩は本当に凄いと思うよ。

 尊敬もしてる。


 だが、彼がプロレス転向を表明した時は、たいして話題にならなかった。


 やっぱ、横綱……最低でも三役くらいまではいかないと、マスコミも大きく取り上げてくれないし、世間も注目してくれないんだよな。


 片桐先輩のデビュー戦は正直、パッとしなかった。


 決してしょっぱい試合をした訳じゃあないが、どこか野暮ったいというか、何というか……。


 いや、そもそも先輩はビジュアル的に不利だった。

 全身シミだらけのビヤ樽体型で、顔つきも気弱なジャイアンみたいだったし。


 今思えばデビュー戦がピークだったな。

 そこからずるずると人気も地位も低迷、気づけば中堅どころですっかり落ち着いていた。


 そればかりか、ジャブボーイ(負け役、引き立て役のこと。ジョバーともいう)専門みたいに扱われていたんだよ。

 まぁ、体が頑丈で、受け身も巧かったからだろうけど。


 で、凱旋試合の方だが、俺は申し訳ない気持ちで一方的に攻めまくって、最後はアローボムでピンフォール勝ちさせてもらったよ。


 客の反応は、ややウケってとこかな。


 磯俣は上出来だと言ってくれたが、お膳立てしてもらってこれじゃあダメだろう、とため息が出たね。


 あぁ、俺も片桐先輩みたくなっちゃうのかなぁ、なんて思ったりして。


 あと、ロビンフッドのギミックも、どうも好きになれなかったし……。


 それから何戦かこなして試合勘も取り戻せてきた頃、いつものように試合を終えて会場を出たら、二人組の女性に声をかけられた。


 OLコンビの朱美と梨佐だった。


 その夜の興行を観に来てくれていたとかで、俺はありがたさと懐かしさで舞い上がっちまって、そのまま二人を飲みに連れて行った。


 朱美は見た目も言動も派手で、キャバクラ嬢みたいな子だった。


 対する梨佐はまったく逆で、教師か図書館司書って感じ。


 朱美が歯に衣着せぬ物言いで話題を振りまいて、梨佐が冷静かつ的確にツッコミを入れる。

 そんな二人のやり取りが可笑しくってな、俺は久しぶりに声を上げて笑ったよ。


 で、その日をきっかけに、俺たち3人はちょくちょく飲み会をする仲になった。

 地方巡業で都内にいない時以外は、週に2回は会ってたな。


 けど、そのうち朱美に彼氏ができて、付き合いが悪くなってきた。

 二人ぼっちの飲み会が増えた訳だが、朱美をやっかんで陰口なんか叩き合って、それはそれで愉快なもんだった。


 ある夜、いつものように梨佐と飲んでいると、客の一人が俺に気づいてサインを求めてきた。


 俺が応じてやると嬉しそうに礼を言ったが、ついでにこんなことを口にしたんだ。


「綺麗な方ですね。彼女さんですか?」


 俺はかなり酔っていたこともあって、


「はい、そうです!」と断言してから「なーんちゃって♪」


 と、おどけてみせた。


 そしたら、梨佐がポツリと言うんだ。


「なーんちゃって、は余計でしょ」


「えっ? 今何て……」


 こうして俺たちは恋人として付き合うことになったんだが、それから二週間も経たないうちに、俺はプロポーズをした……というか、したことにされた。


 カラオケ屋でたまたま歌った岡崎豊(おかざきゆたか)の曲のサビが“I wanna marry you”だったらしいんだよ。


 で、俺が歌い終わったら、梨佐が目に涙を浮かべて「me too !!」と叫んだもんだから、訳分かんなくてよぉ(苦笑)。


 結局、その年のクリスマスイブに入籍して、翌年のバレンタインデーに式を挙げたのさ。


 そこから3ヶ月ちょっと経った5月27日に、妊娠が発覚。

 その日は奇しくも梨佐の22歳の誕生日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ