表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
21/50

#21 説得と納得


 ある日のことだった。


 バイトの休憩時間にふらりと立ち寄った雑貨店で、俺は強盗に遭遇した。


 目出し帽を被った男が店主に銃を突きつけ、レジを開けさせているところだった。

 カウンターの横では、客らしき数人の男女がホールドアップ状態で立ち尽くしている。


 強盗は俺に気づくと、銃口を向けてきた。


 だが、その時俺はチャンスだと思った。

 ボンバイエを実戦で試す絶好の機会だと思ってしまったんだよ。


 後になって考えればゾッとする話だが、その時は恐怖心よりも好奇心の方が(まさ)っていたんだな。


 俺は諸手を上げると見せかけて、俺の図体からは想像もつかないだろう甲高い奇声を上げてやった。


 当然の如く唖然とする強盗。


 その一瞬の隙に俺は、左手で銃身をつかんで銃口を天井に向け、右手の三指で強盗の目玉を突き、右足で金的を蹴り上げる……という3つの動作をほぼ同時にやってのけたんだ。


 強盗は泡を吹きながら悶絶。

 銃も発砲されずに済んだ。


 店主は俺の手を握り、しつこいくらいに感謝の言葉を繰り返した。

 人質だった客たちも俺んとこに駆け寄ってきて、口々に褒め称えた。


 その中に日本人女性が二人いてな。


 名前は、朱美(あけみ)梨佐(りさ)

 共に都内在住のOLで、年も同じハタチ。

 観光旅行中にたまたまこの店に立ち寄っての災難だった。


 興奮冷めやらぬ二人は、何か礼をさせてほしい、と俺に訴えた。


 俺が「気持ちだけで充分だ」と断っても、それでは気が済まない、と引き下がらない。


 そこで俺は、


「なら、日本に帰ったら一度、試合を観に来てくれよ。実は俺、プロレスラーなんだ」


 そう言って団体名と連絡先を二人に教え、その場を立ち去ったのさ。



 俺の毎日は変わった。


 あんなにくすんでいた景色が今や鮮明に見える。

 道端の雑草にすら愛着を感じるんだ。


 飯は相変わらず不味いが、そう悪くない所だと心から思える。


 これも全部コジョのお陰だ。彼と出会えたからこそ、なんだ。


『まだ、一週間しか経ってないのかよ……』


 と、うなだれていたあの頃がウソのようだ。


 今や、


『もう、一週間しか残ってないのかよ……』


 で、うなだれるざまだ。



「コジョ。俺たち、また会えるかなぁ」


「会えるよ。リングの上でね」


「よし。じゃあ、お互いビッグになってタイトルマッチで再会だ」


「OK♪ 約束ね」


 そんなベタなやり取りを最後に、俺は帰国の途に就いた。



 イギリスから無事帰還した俺は、東京中野区の自宅マンションへ向かったが、辿り着く寸前で「しまった」と天を仰いだ。


 イギリス遠征に出発する前日に、部屋を引き払っていたことをすっかり忘れていたんだ。


 仕方なくその日はビジネスホテルに泊まって、時差ボケ解消に努めた。

 そして、翌日午後に会社に顔を出した。


「おぉ、お帰り。何だ、また随分とスリムになったな……」


 ぽっちゃりメガネの磯俣修(いそまたしゅう)がニコニコしながら出迎えた。


 見るからに冴えない中年だが、この男なかなかのやり手だ。


 発想豊かで助言も的確、人望も厚い。

 だから、入社3年目にしてチーフマネージャーに抜擢された。


 実質、この会社を動かしているのは奴、と言っても過言ではないだろう。


「実は相談したいことがありまして……」


 やけに神妙な顔つきで俺が言うので、磯俣は気を利かして無人の別室に場所を変えてくれた。


 俺は単刀直入に、


「総合の道に進もうかと思ってるんです」


 総合とは、総合格闘技の略。目潰し・金的・噛みつきなど、禁じ手以外なら何でもOKの試合形式で最強を競う格闘技だ。


「えぇ~ッ!? 何でよぉ。向こうで何かあったの?」


 アフリカの古武術ボンバイエに出会ったこと、その技術を習得したこと、それを使って強盗を撃退したこと、そしてリアルファイトの魅力に目覚めてしまったこと……俺は包み隠さず、すべて語った。


「まぁ、君はまだ若いし、気持ちは分からないではない。けどねぇ、総合ってのはかなりリスキーだよ」


 磯俣は険しい顔でタバコに火をつけると、次のような内容の話を俺に聞かせた。


 まず、総合の選手生命は極端に短い。

 大半が四十路を迎えるまでに衰え、引退を余儀なくされる。


 で、その間稼げたのかといえば、トップクラスでもない限り無理。


 中堅クラスで勝ったり負けたりな状態だったとしたら、たいしたギャラは貰えない。

 引退したら、職安で仕事探しする羽目になるだろう。


 それに、総合は怪我が多い。

 完治するならまだいいが、後遺症となって死ぬまでつきまとわれるケースも少なくない。


 ガチで関節を極め合うのだから当然だ。

 レフェリーの制止が数秒遅れただけで、骨や靱帯に大ダメージを負うことになる。


 打撃の方もしかり。

 網膜剥離による失明や、脳震盪による認知障害、手足の痺れおよび麻痺など……と、さんざん気が滅入るような話をした末に、


「それに比べりゃ、プロレスの方が遥かに……」


 まぁ、確かにそうだ。

 

 プロレスは選手生命が長い。


 柔軟や受け身など基礎トレを怠らず、体調管理を心がけていれば、還暦までやれる。

 それなら、たとえ中堅クラスでギャラが安くても何とか食ってはいける。


 それに、総合のような深刻な怪我も――不慮の事故でも起きない限り――ない。

 ヤオで関節を極め合うのだから当然だ。


 打撃の方もしかり。

 適度に力を抜いて殴る蹴るしてる。


 まぁ、胸板チョップはかなりマジだけどな。

 あのミミズ腫れはフェイクじゃない。


「僕も無理に止めるつもりはないけどね……今すぐに、というのは困る。だって、1年間の武者修行を終えて凱旋帰国した有望株だよ、君は。それがいきなり総合へ移られちゃ、うちの面目丸潰れじゃないか」


 悔しいが、もっともな言い分だ。


 鼻の下に大粒の汗を溜めて磯俣が言葉を継ぐ。


「とりあえずだな、ここから1年はプロレスに専念して何かしらの結果を出すこと。それからだよ、総合転向うんぬんの話は……」


 俺はもうそれ以上、主張も反論もできなかったよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ