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それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
20/50

#20 コジョとの出会い


 俺はじりじりしながら一日一日をやり過ごしていたよ。


 だが、そんな俺を癒してくれたのが、コジョという名の黒人青年だ。


 俺の滞在が半年になろうかという頃、アフリカのコンゴからやってきた。

 27歳にもなるのに、まだデビューすらしてない練習生だったよ。


 コジョは片言ながら日本語が話せた。

 大の親日家で、大阪にホームステイした経験もあるほどだ。


 彼はアジア人を見かけたら、とりあえず近寄っていって「あなた日本人?」と声をかける。俺もそれで知り合い、話すようになった。


 コジョは日本人の勤勉さと清潔さが好きで、俺のこともまさにそうだと褒めそやした。

 勤勉なのはいいとして、特に清潔な訳ではない。そう俺が反論すると、コジョは言うのさ。


「チョージ、食べる前、手洗うね。トイレの後、手洗うね。とてもとても清潔ね」


 笑えるだろ?

 そう。たったそれくらいのことでも、コジョには清潔に映るのさ。


 コジョは陽気な性格で、いつもニコニコ笑っていた。だから、他の新人たちともすぐに打ち解けた。

 俺も彼と接していると、不思議と穏やかな気分になって、ケセラセラなんて思えてもくるんだよ。


 だが、どんどん仲間を増やして愉しくやってる黒人を疎ましく思う白人も少なからずいてだな……その中の一番デカい奴が、オーナー不在のタイミングを見計らってコジョにスパーリングを持ちかけてきたんだ。


 そいつは空手二段の腕前で、このジムで最も将来を期待されてるケントというカナダ人だった。


「OK♪」


 コジョが快く応じたので、その場で10分間のスパーリングが始まった。


 序盤は手四つからの力比べ、そして互いに腕関節を取り合うお約束のムーヴ。


 だが、グラウンドの攻防に入ったところで異変は起こった。


 上になったケントが、コジョの顔面を潰すかの如く全体重をかけたんだ。


 呼吸ができないコジョは堪らずタップする。


 仕方ねぇなぁ、といった感じで上体を起こし不承不承立ち上がるケント。


 だが、その際に奴はコジョの腹を2~3発殴りやがった。


 その上、侮辱めいた台詞まで吐いたのさ。「ニガー」って単語が含まれていたから間違いないと思う。


 しかし、その後が凄かった。


 よろよろと立ち上がったコジョが突如、奇声を発しながら一撃を繰り出し、瞬時にしてケントをマットに沈めたんだよ。


 コジョによれば、親指と小指を除く3本の指でケントの喉――正確には喉仏の下の窪み――を突き、それと同時にサイドキックを右の膝蓋骨(しつがいこつ)に打ち込んだ、とのことだが……あまりの素早さに、何をやったのか誰にも分からなかった。


「お、おい、コジョ。今の何なんだよッ!?」


 早々にリングを降り、ケロリとした顔でスクワットを始めるコジョに、俺は訊いたさ。


「あぁ、これ? ボンバイエよ」


「ボンバイエ?」


 それは、アフリカ中央部発祥の護身術“ボンバイエ”だった。


 だが、護身術とは名ばかりで、実際は近接戦闘術であり、元来は殺人術だった。


 そのことは、ボンバイエという呼び名がリンガラ語の「殺せ」「やっちまえ」を意味する“ボマ・イェ”を語源としてることからも窺い知れる。


 ボンバイエは、銃を手にした白人権力に素手で対抗しなくてはならなかった過酷な状況下で生まれたんだ。

 だから、どの技もえげつない。禁じ手オンリーだ。


 奇声と共に素早く相手の急所を――できれば2ヶ所同時に――突く、というのが極意なんだが、奇声は明らかに攪乱目的だ。


 地域によってはステップを踏んだり、舞のような動きも伴うらしい。

 ダンスのように見せかけて相手の油断を誘い、一気に仕留めるやり方は、ブラジルの“カポエイラ”に相通ずるものがあるよな。


 やがて、奴隷制は廃止され、時代の変遷と共に黒人の人権も改善方向へと進んだ。

 だが、それでも依然として人種差別はなくならない。


 ボンバイエを習得して白人の蹂躙に備えることは、買った車に保険をかけるのと同じく、彼らにとって至極当然なことなのさ。


「俺にも教えてくれないか?」


「いいよ♪」


 コジョが二つ返事で快諾してくれたんで、俺はさっそく翌日から教わることにした。


 老いぼれオーナーの(もと)、フェイクの攻防を磨くのも結構だが、未知なる武術ボンバイエの使い手がすぐ目の前にいるんだ。こちらを優先させて何が悪い……まぁ、そんな思いからだったな。


 コジョは毎日、オーナーの目を盗みながら一つ、また一つと基本動作を教えてくれた。

 それらをしっかり頭と体に叩き込んだ俺は、夜中の公園で何時間も復習した。


 ジムが休みの日には二人で相対稽古もしたよ。日が暮れるまで、汗にまみれて土にまみれてな。


「チョージ、上達早いね。センスあるよ」


 そう言って俺の頭を撫でまわすコジョは、まるで頼もしい兄貴って感じだったな。


 俺は礼として、町の中心部にある日本料理店へコジョを招待した。

 彼の大好きな握り寿司を腹いっぱい食わせてやったんだよ。


 俺の一週間分の食費が飛ぶほどの勘定になったけどな、全然構わなかった。いや、むしろ足りないくらいだと思ったよ。


 コジョは英語が堪能だったから、俺が遠出する際なんかは必ず同行してくれて、優秀な通訳として助けになってくれていた。

 それに、くだらないジョークでいつも笑わせてくれてたし、日本のことも俺のことも褒めてくれる。好いてくれる。


 そういった恩を思えば、寿司奢ったくらいじゃあ全然足りないだろう。


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