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それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
17/50

#17 真昼の屋上決戦


 攻めの明星、守りの神原。


 一見すると、攻めが有利に思われるが、実際、焦燥しているのは明星の方だった。


 一般に、空手家にはスロースターターが少なくない。


 序盤は防御に回って、じっくり相手の攻撃を観察する。

 そして、攻撃パターンを見極めたら、狙いすましたカウンターで仕留める。

 これぞ一撃必殺の空手道だ。


 確かに、明星の繰り出す打撃技はパワー、スピード共に人間離れしていたけれど、そのパターンに関しては単調と言わざるを得なかった。

 所詮は、格闘技好きの素人である。


 だが、以上のことを明星自身がちゃんと承知しているのは強みであった。


 突如、攻撃の手をピタリと止めた明星は、神原の鼻先でパシンと手のひらを叩き合わせたのだ。


 いわゆる“猫騙し”という奴で、相撲の奇襲戦法の一つだが、それは功を奏した。


 神原天法が呆気に取られているわずか1~2秒の隙を見逃さず、明星は攻撃を仕掛けた。

 神原の両足首をつかみ、天高く持ち上げたかと思うと、そこから一気に地面へ叩きつけたのだ。


 その様は、まるでハイアングル・パワーボムといったところで、神原は後頭部から背中にかけてをコンクリートの地面にしたたか打ちつけた。


『やった! 決まった』


 観ている誰もがヒヤッとさせられるような危険な角度だったので、明星は勝利を確信すると同時に「やりすぎた」と後悔さえした。


 だが、やおら起き上がる神原天法。


「ウ……ウソだろッ!?」


 驚倒する明星の視線の先には、早くも半身の構えをとっている神原の姿があった。

 彼はまるで何事もなかったかのように、また、じわじわと迫り来る。


 完全に気圧された明星は、やむなく後ずさった。


 迫られ退()いて、迫られ退いて、を繰り返すうち、気づけばもう後がなくなっていた。

 長方形の屋上スペースの端まで追いやられてしまったのだ。


 それでも神原を見据えたまま後ずさり続けたため、明星の腰が転落防止柵のてっぺんに接触した。


 その瞬間、


「う、うわぁ~ッ!」


 バランスを崩した明星守は、腰を支点に後方回転、そのまま落下してしまったのだ。


「ッ!? みょ、明星くぅーんッ!!」


 金切り声で叫ぶ犬山忍。


「な、何ぃ~ッ!?」


 これには豪放の神原天法も面食らった。

 小走りに落下地点へ駆けつけて、こわごわ下を覗き込む。


 だが、そんな彼のケツアゴに、下から突き上げる右のアッパーカットがクリーンヒットした。


 それは、屋上の縁に指を引っ掛け待ち受けていた明星守による、文字通り“捨て身”の攻撃だった。


 まんまと不意を突かれた神原は、弧を描いて後方へぶっ飛んだ。


 すぐさま屋上へ復帰した明星は、仰向けにダウンしている神原の元へ猛ダッシュ。

 その太い首に前腕を押し付けた。


 ギロチン式のフロントスリーパー(前方裸絞め)である。

 頸動脈を圧迫して脳への血流を止めることで意識を奪う、という技だ。


 神原の顔が、見る見る色を失っていく。


「みょ、明星くぅーんッ!!」


 またも犬山が金切り声を上げる。

 だが、今度のそれは歓喜と希望に満ちていた。


「せ、先輩ッ!」


「主将ぉ~ッ!」


 空手部員たちも色めき立つ。


「神原さん、もうやめましょうよ……ね?」


 後輩らの見守る前で失神させるのは忍びない。

 明星は説得を試みた。


 だが、その情けが神原の逆鱗に触れてしまったようで、


「たわけぇ~ッ!」


 怒鳴った拍子に口から血が飛び散り、それが不運にも明星の目に入ってしまった。

 先ほどの右アッパーで、神原は唇を深く切っていたのだ。


「あぁッ……」


 思わず目元に手をやり、顔をしかめる明星。首への圧迫も緩まった。


 この好機を、百戦錬磨の神原天法が見逃すはずはなく、彼はその岩石のような左の拳を、明星の右脇腹へめり込ませた。


 会心のレバーブロー。

 肋骨が折れたかもしれない。


 明星は悲鳴を上げる余裕すらなく、その場にのたうった。

 あまりの苦しみに、昼飯までリバースしてしまうありさまだった。


『死ぬッ、死ぬぅ~ッ!』


 本当にそう思った。

 何せ、数十秒間まったく息ができなかったのだから。


 神原はゆっくりと上体を起こすと、七転八倒の明星を見て、にんまり笑った。

 垣間見える乱杭歯が血に染まっていて、何とも気色悪い。


 実際のところ、このレバーブロー一発で勝敗は決していた。


 だが、神原の気は収まらなかった。

 自慢のケツアゴに強烈な一発を叩き込んでくれた明星が……というより彼の右腕が、許せなかったのである。


 神原は、登り棒でもするかのように、明星の長い右腕に自らの手足を絡ませ密着した。


 そして、明星の肘関節が当たるちょうどヘソの辺りを支点として、一気に体を反り返らせたのだ。


「ギャアァ~ッ!!」


 今度はしっかり悲鳴を上げる明星。


「グァッハッハッハァーッ!!」


 対する神原は高笑いである。


 柔道の心得もある彼による“腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがた)め”が見事に決まっての勝利だから無理もない。


「みょ、明星くぅーんッ!!」


 この世の終わりとばかり、涙ながらに絶叫する犬山忍。


「心配するな。加減はしとる」


 神原はそう言ったが、まぁ、そうなのかもしれない。


 彼ほどの剛力が手加減なしに極めようもんなら、即、靱帯断裂あるいは骨折だろうから。


「さすが先輩」


「お見事、主将」


 と、拍手喝采の空手部員たち。


「さぁて、残るは……」


 神原は、絶望の淵でへたり込んでいる犬山の元へズンズン歩を進めて、

「え~と……確か、犬……犬……」


「犬山です」


 部員の一人が補足した。


「そうそう、犬山じゃ。ええか、ズバリ言う。ここが貴様の墓場じゃい」


 神原は、半身の構えで犬山に迫った。


「あわわわわわッ……」


 犬山の震えはもう、痙攣みたいだった。


 神原は、左の手刀を高く振り上げた。


「覚悟せいッ」


 だが、そこで動きを止め、

「んむ? 貴様、もしかして……女か?」


 その問いに答えることもできず、ただただ恐怖におののくのみの犬山。


「天下の神原天法が、女を殺ったとあっては名折れじゃ」


 そう言って手刀を収めると、

「行ってよし」


『……えっ、ホントにッ!?』


 犬山の震えがピタリと止まった。


「ただし、四つん這いになってな。わしの股ぐらをくぐって行くんじゃい」


 そう言われて、犬山が戸惑っていると、


「だって、貴様、犬なんじゃろ?」


 すると、背後の部員たちが笑いさざめいた。


「ワンちゃん、こっちおいでぇ~」


「お手しろよ、お手」


「俺の裏筋舐めとくれ♪」


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