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それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
14/50

#14 好事魔多し


「ど、どうすれば……許してくれるの?」


 すると、双子のメガネがキラーンと光った。


「そうでしゅね。とりあえず、入信なさい」


 さらっと言う輝。


「にゅ、入信?」


 犬山は耳を疑ったが、間を置かずして亜美が、


「コケカキッキー教に入信するのでしゅ!」


 喪黒福造ばりに「ドーン!!!!」と激しく指差した。


 コケカキッキー教……それは、近年急速に信者数を増やしている新興宗教で、自らを魔人・コケカキッキーと名乗るインド人男性によって、今から30年ほど前に創始された。

 その宗教理念や活動内容は未だ謎のベールに包まれている。


「こ、こけ……何?」


「コケカキッキー教でしゅら」


「犬山くんが入ってくれれば、あちきらのステージも上がるでしゅ」


「うんうん。そしたら、教祖様のお風呂の残り湯を購入できる権利が手に入るんでしゅよ」


「うんうん。そのお湯さえあれば、あちきらは、この世のすべての苦しみから解放されるんでしゅ。心の平安を得ることができるんでしゅら」


「うんうん。そしたらもう、おパンツのことなんか忘れてあげるでしゅ。いえ、それどころか、今度はおパンツの中を拝ませてやるでしゅら……」


 この人形のように可愛らしい双子の少女に、未だ浮いた噂の一つもないのは、この宗教狂いが原因だった。


「ご、ごめん……もう行かなくちゃ」


 犬山忍は教室を飛び出した。


「あ、コラッ。話はまだ終わってないでしゅ」


「何だったら、お試し入信というのもあるでしゅから……」


 いつまでも、こんなカルトに構ってられるか。

 犬山は先を急いだ。


 明星守の指定した南棟の屋上へ行くには、中央もしくは東にもある渡り廊下で南棟へ移り、建物東端の階段を使えばいい。塔屋へと至れる。


 だが、痴女に見つかっては困るので、犬山は、三組教室より手前に位置する中央階段で3階――4階に渡り廊下はないので――まで上がり、そこから渡り廊下で南棟に移るルートをとることにした。


 廊下を疾走し、中央階段を駆け上り、3階渡り廊下をダッシュ……そして、南棟の東側に差し掛かった辺りで歩を緩め、何となしに後ろを振り返ってみる。


 双子の姿は見当たらなかった。


 だが、代わりに斗呂偉がいた。


「ち、近森くぅんッ……な、何でついて来てるのッ!?」


「先約が誰なのか、気になるのら」


「い、言ったところで分からないよ。君の知らない人だから……」


「おいらとのランチを蹴ってまで会うんだから、きっと重要人物に違いないのら。()リー・()ムポータント・()ーソンなのら」


 どう言い聞かせたって、ついて来るつもりのようだ。

 仕方がない。非常に不本意ではあるが、連れて行くことにしよう。


 だが、その前に一つだけ釘を刺しておかねばならない。


 犬山は、


「あ、あの、近森くん。これから会う人なんだけど……その人ね、何ていうか……見た目がちょっと変わってるというか、何というか……」


「ほお? 見た目がヘンテコリンなのか?」


「いや……んん~、まぁ……そうだね。だからさ、そのことには絶対触れないように……」


「皆まで言うな」


「えっ?」


「ちゃんと分かっているのら。そういうデリケートな問題には、安易に干渉したりしないのら。おいらは、そんなデリカシーのない男じゃないのら」


「え、ホントに?」


「あたり前田のクラッカーなのら」



 時計の針は、ちょうど13時を指していた。


 紺青の空には、綿菓子をちぎって浮かべたような雲が散見される。


 春風は爽やかで緩やか、代わりに日差しが強かった。

 黒ずんだコンクリートの地面には、早くも陽炎がゆらゆと立ち昇っている。


 ここ数年は転落事故や飛び降り自殺がなかったため、学校側も屋上への出入りには寛大だった。


 塔屋のドアは終日開放されているので、昼休みに限らず気軽に立ち寄れ、この天空と眺望を満喫できる。


 ただ、それは南棟に限っての話。

 柵やフェンス未設置の北棟は、常時立入禁止だ。


「みょ、みょ、明星くん……待った?」


 長方形の屋上スペースの中央で、胡坐をかいて空を仰ぎ見ている明星守に、犬山忍は声をかけた。


「ううん、全然。今来たとこだよ」


 切れ長の目をさらに細めて、明星は答えた。


「やぁやぁ、こんちくわ♪ おいら斗呂偉……近森斗呂偉なのら」


 と、さっそく近森斗呂偉が割り込んできたが、明星の姿を見るや、

「な、な、なんとッ! 君どうしたのら、その手ッ……大勢に引っ張られたんか? 綱引きみたく」


「ちょ、ちょ、ちょっとぉ! 近森くぅんッ」


 いきなり地雷を踏ん付ける斗呂偉に、犬山は心底失望した。


 この少年にはデリカシーの欠片もありゃしない。

 信じた自分がバカだった。


 やはり、椅子に縛り付けてでも、ついて来させるんじゃなかった。


「あははっ! 君、うまいこと言うねぇ。実はそうなんだよ。赤組と白組に“オーエス! オーエス!”なんて引っ張られてさー、こんなに伸びちゃったんだ」


『みょ、明星くぅん……』


 心無いジョークにもジョークで返すその器のデカさに、思わず惚れ直してしまう犬山。


「でも、カッチョイイのら。アメコミヒーローみたいなのら。ねぇ、ワンちゃん?」


「え? ……あ、うん。そ、そうだね。まさにヒーローだよ。超強くて超カッコイイ」


 確かに、アメコミものにそんなのがいたな。

 ゴムのように伸縮自在な肢体を持ち、風船のように膨らむこともできる軟体ヒーローが。


 しかし、斗呂偉の奴、案外うまいこと言うじゃないか。

 

 褒め一辺倒よりも一旦落としてから持ち上げた方が効果的なのは、心理学の分野でも証明されていることだし。


「えー、ホントにぃ?」


 照れながらも、満更でもないといった感の明星。


「いや、そんなことより、食事なのら。さぁ、みんな、弁当を広げるのら」


 そんなことより、って何だよッ。

 お前が振ったんだろ。

 っていうか、何でお前が仕切ってんだよッ。


 ふと辺りに目をやれば、既に5~6組のグループが散らばって輪になって昼食を摂っていた。

 男子のみや女子のみ、男女混合もあって、皆それぞれ和やかで愉しそうだ。


「さて、記念すべき新学期一発目のメニューは……」


 と、どうでもいい前置きをしてから、斗呂偉が弁当の蓋を開けてみせた。


「ややッ、これは……」


 アルミ製の四角い弁当箱の中には、計36個ものたこ焼きがビッシリ詰め込まれていた。


 そのうちの半数は仕切り板で仕切られており、青のりの他は何の調味料もかかっていなかった。

 別添のスープジャーにカツオ風味のだし汁が入っており、これに浸して頂くのだという。


 一見すると、手抜きなのか、手が込んでるのか、よく分からないが、いずれにせよパンチの効いた弁当であることだけは確かだ。


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