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それでも続くよ人生は  作者: ぬ~ぶ
10/50

#10 生まれながらの・・・


 ――ふと気づくと、見たこともない男の顔が眼前にあった。


 男は警察の制服を着ていた。斗呂偉は長椅子に横たわっている。


 そう、ここは交番であった。


「君ぃ、大丈夫かね? 起き上がれるかね?」


「ウ、ウマヅラーズ……」


「うま……づら?」


「ウマヅラーズはどこなのら……」


「何を言ってるんだ、君は。とにかくね、ご家族に連絡取るから電話番号を教えなさい」


 それから、30分ほどして斗呂偉の母親がタクシーで駆けつけて来た。


 黒のパンツスーツにパールネックレス、胸元にはピンクのコサージュといった装いだ。


 入学式にも、その後のホームルームにも、いっこうに姿を見せない我が子に、怒り心頭に発していたところへ警察から連絡が入り、慌てて飛んできたという次第だ。


 斗呂偉は母親の乗ってきたタクシーに同乗し、帰宅の途に就いたのだが……


 その道中で、例の小屋の場所を通りかかったけれど、小屋などどこにも見当たらなかった。


 それどころか、小屋のあった付近一帯が、空き地だったのである。



 と、まぁ、以上が近森斗呂偉が体験した奇怪な出来事であり、入学式を欠席せざるを得なかった真相である。


「ん~、にわかには信じがたい話でしゅねぇ~」


 いつからそこにいたのか、女子の中でも一際短躯のメガネっ娘・景山輝(かげやまてる)が胡乱な目つきで水を差した。


「ウソじゃないのらッ。これは事実に基づいたノンフィクションなのらッ」


 思わずむきになる斗呂偉。


 だが、それを余裕の目顔で制すると、


「んなことより、斗呂偉くん。さっきのようなスタンドプレーは、もう二度とごめんでしゅよ」


 そして、人差し指で斗呂偉の胸をズンズン突きながら、

「君のせいで我が五組に、アホのレッテルが貼られでもしたら困るんでしゅよ、非ッ常ッにッ」


 しかし、どうもピンとこない斗呂偉は、


「何でアホなのら? 何がアホなのら? みんな楽しそうに笑ってたのら。お前が言ってることは、訳ワカメなのら」


 すると、今度は景山輝の方がむきになって、


「授業中でしゅよッ、授ッ業ッ中ッ。楽しく笑うのは、休み時間と放課後だけにしてもらいたいでしゅ」


 そして、ずり落ちたメガネを指先でチョンと上げると、

「っていうか、君はね……はっきし言って、下品なんでしゅ! 昔っからそうなんでしゅよッ」


 実はこの二人、中学校も小学校も幼稚園も……さらに言えば、公園デビューも砂場デビューまですべて一緒だった。


 家が近所で、親同士も仲が良かったからなのだが……まさか、高校まで同じ所を受験し、合格し、クラスまで一緒になるなんて、もうこれは腐れ縁以外の何物でもなかった。


「おっと、それは聞き捨てならんのらッ。やい、輝ッ。おいらの一体どこが下品なのらッ」


「全部でしゅ。口を開けば下品、やる事なす事下品、頭のてっぺんから足のつま先まで全部、下品なんでしゅよ」


「そんなのダメなのらッ。もっと具体的に言うのらッ」


「例えば、そうでしゅねぇ……牛乳を鼻から飲んで耳から出したり、おしっこで地面に“うんこ”と書いたり、虫眼鏡でアブラゼミを焼いて食べたり……」


「そ、それくらい、男子なら誰だってやるのらッ」


「さっきも、お爺ちゃん先生の黄ばんだ入れ歯つかんでパカパカしてたし、それに君ぃ。確か、消しゴム食べてたでしゅよねぇ? あちき、見てたんでしゅから」


「そ、それくらい、男子なら誰だってやるのらッ。そんなの、下品なうちに入らないのらッ。なぁ、みんな?」


 だが、味方のはずの男子たちも、犬山忍でさえも同調してはくれず、ただただ苦笑い。


「ほら、ご覧なさい。みんな、斗呂偉のことを下品な人間と思っているのでしゅ。君は、生まれながらの下品……ナチュラルボーン・ゲヒーンなのでしゅら!!」


 喪黒福造ばりに「ドーン!!!!」と激しく指差され、斗呂偉は思わずたじろいだ。


 すると、女子の何人かが「そうよ、そうよ」といった具合に、輝に加勢し始めた。


 追い風に乗った景山輝が、ここで一気に畳みかける。


「ノーモア・ゲヒーン!」


 こぶしを突き上げて叫んだ。自慢のツインテールがふわりと揺れる。


「ノーモア・ゲヒーン!」


 味方の女子からもコールが起こり、


「ノーモア・ゲヒーン!」


 コールがコールを呼んで、


「ノーモア・ゲヒーン!」

「ノーモア・ゲヒーン!」

「ノーモア・ゲヒーン!」


 シュプレヒコールに大発展。


 いよいよ抜き差しならない状況に追い込まれた近森斗呂偉は、神妙な面持ちで教室前方へと歩いてゆき、ジャンプ一番、教卓の上に飛び乗った。


 そして、


「これでも食らえなのらぁ~~~ッ!!」


 と、ズボンをパンツもろとも一気に下げて、尻を目一杯突き出した。


「きゃあーッ!」


 耳をつんざくような鋭い悲鳴と共に、輝をはじめ、女子たちが一様に手で顔を覆う。


「おぉ~ッ、いいぞぉ~、やれやれ!」


 男子からは、煽りの声も沸き起こった。


 してやったりの斗呂偉は、左右に大きく尻を振りまくった。


「ひゃっひゃっひゃっ。形勢逆転なのら。ざまぁ味噌汁なのら」


 だが一転、斗呂偉少年は絶叫しながら床へ転げ落ちてしまった。


 教室に戻ってきた牛尾剣骨に、竹刀を一発お見舞いされたからだ。

 しかも今度は生尻だったものだから、そりゃもう、痛いの痛くないのって……。


「コラァ~ッ、キノコ頭ッ。ケツ出せぇ、百叩きじゃ!」


 牛尾は、竹刀を床にバンバン打ちつけて恫喝した。


「ひ、ひえぇ~~~ッ」


 斗呂偉は、仁王立ちしている牛尾のガニ股を素早くくぐり抜けると、尻丸出しのまま一目散に逃げていった。


「待て、コラァ~ッ!」


 牛尾も教室を飛び出すと、竹刀を頭上でぶん回しながら後を追った。


 昨日は馬に、今日は牛に追いかけられる羽目となった近森斗呂偉。


 その前途は、洋々とは程遠いものであった。


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