#01 チーズ&マヨネーズ
涙とともにパンティーをはいた者でなければ
人生の本当の意味はわからない
太刀 金之助
(篤志家)
「最近、貧血ひどくてな、昨日病院行ったんだ。そしたら、クジラみたく太った医者に『バランスの摂れた食生活を心がけなさい』って言われたぞ」
「あはは、何それー。ボケかましてるのかな、そのお医者さん」
「うむ、あたしもツッコむべきか迷ったんだがな。あまりにも真顔だったのでスルーしてしまったよ……」
肌寒くも涼し気でもある冬と春の境界線をまたいで立っているかのような3月の末。
ベージュ系ニットセーターに膝のザックリ裂けたブラックスキニーをコーディネートした雑賀千寿留と、
袖部にファスナーのついた白いカットソーに赤チェックのスカートが何とも魅惑的な椿本万世が、
地元であるここ、埼玉県は大藁輪市・物藁井町の駅前商店街を漫歩している。
この表通り商店街は通称・ブラジャー通りといった。
金融業で成り上がり、篤志家としてこの町の発展に尽力した太刀金之助に哀悼と親しみを込めての呼称である。
なんせ、彼が心臓発作で倒れた際、応急処置のため胸をはだけてみると、純白のブラジャーが現れたのだから……。
それはさておき、この二人の少女たちだが、小学生時代からの大親友であり、彼女ら曰くソウルメイトなのだそうだ。
今日は、高校入学も一週間後に迫った週末を、目一杯満喫しようという試みである。
「っていうか、ちずちゃん、また痩せたんじゃない? しっかり食べなきゃダメだよ」
と、豊満な胸と尻を兼ね備えた椿本万世が、少し物憂げに言った。
「いや、自分ではしっかり食べてるつもりなのだがな。周りに言わせれば、どうも食が細いらしい」
万世とは対照的に胸の山も尻の山も至極なだらかな雑賀千寿留が、小首を傾げながら返した。
「そだねぇ。確かにちずちゃん、昔からあんま食べないもんねぇ。給食も半分くらい残してた。ほんとハムスター並みだよね」
「おいおい、それはないだろう。せめて、ウサギ並みくらいに言ってくれよ」
「いや、あんま変わんないっしょ。けど、ある意味うらやまーだわ。私なんか昨日、お寿司60貫ペロリだよ」
と、渾身のテヘペロを披露する万世だが、その口元には小さなホクロがあった。
口周りのホクロは、食いしん坊ボクロとも呼ばれる。
「ゲゲッ、お前また寿司食ったのかぁ? よくあんなばっちいもん食えるな。どこの馬の骨とも知れんオッサンらが素手でニギニギしたもんだぞ」
千寿留がこんなことを言うのはおそらく兄の影響だろう。
彼女の兄・武留は潔癖症なのである。
本人はあくまで「ただの綺麗好き」と言い張っているが、明らかにその域は越えていた。
思い返せば、幼少期から既にそういうきらいがあった。
まず、泥んこ遊びはしなかったし、そこいらの地べたに座るのも躊躇した。
家族で鍋をつつくのも嫌だったし――料理むき出しのバイキングなど、もってのほか――友達に「一口ちょうだい」とアイスをかじられるのも苦痛だった。
中学に上がったぐらいからは、何かする毎にいちいち手を洗うようになり、指先がガサガサに荒れた。
それで、手洗いを減らす代わりに、消毒するということを覚えた。
ドラッグストアなんかで売っている消毒用エタノールを常備し、愛用するようになったのである。
それも当初は、図書館で借りた本や、レンタルしたDVD&CD、中古で買ったゲームソフトくらいだったのが、
いつしか、メガネ、腕時計、リモコン、スマホ、PC、カバン、靴……などの身の回り品に及び、
ついには、机、椅子、ベッド、ドア、壁、床……と、部屋の中全体にまで広がっていった―― 一時は、財布の中の紙幣や硬貨までせっせと消毒していた――のである。
ただ、実際にちゃんと除菌・殺菌できているのかについては正直どうでもよかった。
消毒という行為を成したことに意義があり、それで満足感が得られればオールOKなのだ、武留は。
「そもそも、世界で一番綺麗好きと言われる我が国においてだなぁ、なぜ、握り寿司なんてものが誕生し、今日まで繁栄の一途を辿っておるのだ!? しかも高価だし……解せん、あたしは大いに解せんぞ」
と、次第に鼻息が荒くなる千寿留。
それをなだめるように万世が、
「あのね、ちずちゃん。私が行ったのは回るお寿司屋さんだよ。一皿100円だし、握るのは機械だし、調理の人たちもビニール手袋してるから……」
「だがな、万世。実はその寿司ネタに問題ありなのだ。いいか、魚介類にはアニサキスなる幼虫が寄生していてだな……」
「ああああーッ、もう、ちずちゃんったらいい加減にしなさい!」
万世は手の代わりにそのたわわな胸を使って千寿留の口――というか顔全体――を塞いだ。
「ぐ、ぐるしいッ……い、息が、息が……」
「どお? まだ何か言いたいことあるぅ?」
エアバッグに顔を埋めたかのようなていで、千寿留は必死にかぶりを振った。
万世は窒息死寸前の親友をその苦しみから解いてやると、
「ホント、この皮肉屋さんには困ったもんだ」
と、肩をすくめて鼻でため息をついた。
それから二人は、なじみの和菓子屋で揚げ饅頭を買い、パクつきながらブラジャー通りをぷらぷら探索した。
キッズ専門の服屋で、まるでストロベリーパフェのような発色&デザインのワンピースを目にし「超ヤバい」とはしゃぐ万世に対して、
「ありはありだな」と腕組みする千寿留は、さしずめ暖房&冷房といったところか。
だが、珍しく千寿留の方が驚喜したのは、同じく商店街内に位置するゲームセンターへ立ち寄った時だった。
1000円分のメダルを5分足らずですってしまい、意気消沈しながら通りかかったクレーンゲームコーナーにて、その景品のぬいぐるみを視界にとらえた瞬間である。
「ああッ、熊マンとケイティちゃんがコラボしてるぅ!」
それは熊マンの着ぐるみを着たケイティちゃんと、ケイティちゃんの着ぐるみを着た熊マンの、2種のぬいぐるみであった。
熊マンというのは上半身が熊で下半身が人間のオスキャラであり、ケイティちゃんは身長が梨5個分、体重がミカン8個分という設定のメス猫キャラだ。
共に過疎地域の活性化を目的に製作されたマスコットキャラクターなのだが、
カップ麺からパン・駄菓子、時計にスマホ、クオカード、スニーカーに至るまで多種多様な企業・団体とコラボしまくっているので、
マスキャラ業界ではコラボのキング&クイーンとしてその名を欲しいままにしている。
そんなコラボヤリチンとコラボヤリマンがついにというか、とうとう合体してしまったのだから、平素よりクール&ドライを決め込んでいる千寿留としても色めき立たずにはいられなかった訳だ。
「こ、これは何としてもゲットせねば……」
千寿留は唐草模様のがまぐちからありったけの100円玉を取り出すと、コントロールパネル上に積み上げた。
早くもにじみでる手汗をスキニーパンツで拭うと、100円玉を投入。
筐体内をぐるりと見回し、ある一体に狙いを定める。
「ちずちゃん、頑張って!」
祈るように手を合わせエールを送る万世に、
「頑張らいでか」
と、威勢よく切り返す。
さぁ、運命の第1ラウンド。
クレーンが横移動を開始する。
ここは初心者でも合わせるのは比較的容易だ。
問題は奥への移動である。
千寿留は上体はそのままに、顔だけ筐体の横手に回り込ませ、クレーンをターゲットの直下へといざなった。
そして、いよいよアームが下方へ動き出した。
位置は悪くないが果たして……。
見ている誰もが固唾をのむ瞬間である。
「いけぇ~ッ!」
「つかめぇ~ッ!」