09 「この魔導書に記された魔術は術者に奇跡を起こし、あらゆる魔術を凌駕する」
確かに魔力の代替品という言葉には興味を惹かれる。しかし今までそんな話聞いたことがない。
魔力は魔力炉でしか生み出せないし……もし別の方法で生成出来るとしたら大発見だ。
それをこいつは知ってる。思いっきり偏見だが……何か裏があるに違いない。
「……話だけでも、聞こうじゃないか」
「ありがてぇです。魔力の代わりというのは――これでさぁ」
男が懐から一冊の黒い本を取り出した。
丁重に施された金細工。所々ほつれはあるが表紙は新品そのもの。不気味なオーラを放っているが魔導書なら当たり前。
しかし――。
「……鎖?」
本は鎖で縛られ、読めないよう固定されていた。
「これはとある大魔術師が晩年に生み出した魔導書、と言われております。この魔導書に記された魔術は術者に奇跡を起こし、あらゆる魔術を凌駕するとか。旦那様のような魔力がない者でも習得すれば魔術を使えると思います」
「それは……凄いな」
男の話がどれだけ本当かは分からないが、もし真実なら是非とも貰いたい。
でも何故封印されているんだ? それほど凄い魔術があるなら活用した方がいいに決まっている。それに誰よりも自分を優先する魔術師なら当然だ。
俺の疑問に男は直ぐ答えてくれた。
「話はここから。昔、一人の魔術師がこれを読み、大魔術師の魔術を習得しようと発起していました。最後のページを読み終え、その魔術を行使した魔術師は――死にました。それも一回で」
「……そんな馬鹿な」
有り得ない。
どんな魔術でも一回唱えただけで死ぬことなんて滅多にない。精々魔力切れか、俺みたいに魔力炉の限界を迎えて使えなくなることぐらいだ。
俺は男の言葉を一蹴したかった、が。
「旦那様にも分かるでしょうか? この魔導書に染み付いた怨念が」
その言葉に全身が凍り付いた。
魔導書から発するオーラ。魔力を失った俺でも分かるほど、凶悪で邪悪。長く魔術師をやっていたけどこれ程の物は見たことがない。
「今まで幾重の人がこれを読み、死んでいきました。どうにか生きていた者もいましたが……貴方はその覚悟がありますかね?」
「……俺、は」
言葉が詰まり、冷や汗が身体中に噴き出る。
俺の中で様々な感情が蠢いていた。
これを使えば魔術を使えるようになるかもしれない。だがあくまで可能性の話。本当かどうかは唱えるまで分からないし、唱えた所で死ぬ可能性の方が使える確率より高い。
でも……俺は、
「頼む。俺にそれをくれ」
魔術に縋りたい。
男から魔導書を受け取り、封印を外す。
その瞬間、淡い光が漏れ始めた。
「これは旦那様に差し上げます。では」
そう言うと男は馬車に戻り、俺から離れっていた。
残ったのは魔導書と子ども。
「……取りあえず、これからよろしく」
子どもに向かって声を掛ける。
今日は色々あった、もう寝よう。
俺の頭上では三日月が雲に隠れ、光を失っていた。