04 「――さようなら」
「……イタタタ」
って事にはならず、視界がブレただけだった。
……そういえば魔術が使えないの忘れてた。
仰向けの状態になりながら星を見上げる。真っ黒な空に小さな星々が点々と輝いている。
とと、いつまでもこうしているのもいいがそろそろ起きないと。
くらくらしながら立ち上がる。ついでに土埃も払う。……よし、これで大丈夫。
気を取り直して関所へ向かった。この通りをずっと真っ直ぐに進めば着くので迷う心配はない。
家の明かりはとうに消え、外灯もない道をひたすら歩く。なんだか世界中に俺だけが取り残されたみたいだ。
「此処だ」
そうこうしていると最初の難関である関所に着いた。
王都から出るには金がかかる。所謂税金って奴だな。金かぁ……あったっけ?
ポーチの中を漁る。出てきたのは王国魔術師の証でもあるカード、銀貨が四枚、そして――。
「……これか」
仄かに光る、赤く透き通った物体を手で遊びながら呟いた。
『魔力結晶』
魔力を貯める事が出来るこの結晶は魔術師においてなくてはならない物だ。自分の魔力量が尽きた時、これを割る事で少しだけ魔力が回復するこれは戦時中で大いに役立った。
使用できるのは一度きり、更に魔力を注入しなければならないので入れた本人しか使用出来ない。
戦時に支給された物だから俺しか使えなくても返さなきゃいけないが……。
「ま、パクっても平気だろ」
どうせ戻る事も出来ないし、ならお守り程度に持っていてもいいだろう。
これのおかげで一度限りなら魔術が行使出来るし。
それよりもこっちの方が重要だ。
「銀貨二枚か……」
外へ出るには銅貨が五十枚かかる。銀貨一枚が銅貨百枚に値するので此処で支払うと俺の所持金がいきなり減る。
俺はそっと関所を見る。中では大柄な兵士が欠伸をしながら槍を持っていた。
さて、どうしたものか。
一番簡単なのは大人しく支払う。だけど途方もない旅なので余計な出費(これは余計ではないと思うが)は避けたい。
俺の手には魔力結晶。……やるしかないか。
「やるしかない、か」
本当はこんな所で使いたくないが……。
手の中に収められた魔力結晶に力を込める。少しずつヒビが入り、最後に大きな音を立てて砕けた。
溢れ出る赤い魔力。俺の身体に纏わりつくように、赤い靄に包まれた。
同時に内側から溢れ出る高揚感。よし、なんとかいけそうだ。
おっさん曰く、魔力が生成出来ないのであって魔術自体は使用出来るらしい。
それが本当なら――。
「風の神よ。【風の革靴】」
先程と同じ魔術を執行する。靄が収縮され、地面に魔法陣を描いた。
今度こそ――。
唱え終わるのと同時に重力が消え、足から伝わる触感が消える。
成功だ!
宙に浮いたまま関所の壁を飛び越える。この魔術は短い時間、飛べる事が可能になる。魔力消費も少ないので戦時中は奇襲でとても役に立った。
王都の向こう側、外に着陸すると足元にあった魔法陣が消える。魔力結晶自体あまり魔力が込められないから燃費が悪い魔術は出来ないが……これは流石に短すぎる。
それに貴重な魔力結晶をこんな所で使ってしまった。残りは後一つ。
でも、
「―――気持ちいいな」
夜風が頬を撫でる。こんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。
背伸びを一回だけして王都に別れを告げる。最後に色々遭ったが別れ際になるとやはり寂しかった。
「――さようなら」
また、ではない。永遠の別れ。
涙を拭き、新たなる旅路へ一歩を踏み出した。