01 「貴方の魔力が失われました」
(ほぼ)毎日更新です。最初の数話は無双どころか激弱の主人公ですが、安心してください。
「誠に残念ですが……貴方の魔力が失われました」
白い部屋、白いベッドの上で白い服を着たおっさんから一番に告げられた一言だ。それは大怪我を負った俺の身体以上のダメージを与えた。
寝転んでいた状態から身を翻す。
「――って痛ったぁ!」
「落ち着いてください。……私としてもこんな事例は初めてで良く分からないんですよ」
手にしていたカルテを見ながらおっさんは頭を齧る。どことは言わないが負担がかかるから止めた方がいいぞ。
「確認しますね。――アンゼルム・クロウリー。年齢は二十。王国から派遣された魔術師である貴方は勇者と共に参加した戦で怪我をし、この病院に運ばれた。ここまでは合っていますか?」
「まぁ……合ってます」
「続けます。両腕の壊死、右目の負傷、右膝から全て欠損。これが運ばれてきた時の貴方の状態でした」
よくもまぁ……生きていたな俺。
「身体の怪我は上からの指示で万能薬をありったけ使ったので治りましたが……問題はここからです」
言葉を止め、おっさんは真剣な眼差しを俺にぶつけた。
「落ち着いて、聞いてください。――貴方の魔力炉が消滅していました。ぽっかりと、切り取られたかのように」
魔力炉が……消えた?
あまりの衝撃に俺の思考は動きを止める。世界がモノクロに変わり、停止する。それでもおっさんだけは変わらずに口を動かしていた。
「何度も調べてみたのですが……魔力の残光すら見つからず。体内のどこにも魔力の存在が現れませんでした」
本当に、申し訳ありませんと頭を下げる医者。
その瞬間、俺はようやく全てを思い出した。あの日、あいつを殺す為に自身が使える最大の魔法を行使した事。それが原因で意識を失った事。それで――。
「俺は、もう魔法を使えないのか」
言いたくもない言葉が、口から洩れる。
それを聞いた医者は張り詰めた表情で重々しく。
「……はい」
頷いた。
「……戦いは終わったのか?」
「勿論。圧倒的勝利、とは言えませんが何とか我が国が勝ちました」
「そうか……」
窓から外の景色を眺める。パレードをしているのか、町中から多くの騒めきが聞こえた。
老若男女の声、色とりどりに舞い散る紙吹雪、凱旋を祝う楽器の音。それらが俺の耳にも確かに聞こえた。
重たい事実だけが俺にのしかかる。
沈黙が流れる病室だったが――。
「オイオイなんだァ? 間抜けがようやく起きたかと思えば、魔力がゼロになったんだって?」
荒々しい音によって破られた。
「……ヴァサーゴか。何の用だ?」
ヴァサーゴ・ドレノ。俺と同じ王国から派遣された騎士で共に勇者と行動していた奴の一人だ。
ドラゴンを想像させる程強靭な体躯、無精髭を携えながらも整った顔付き。パレードに参加していたからなのか普段着ている革性の鎧ではなく、赤と銀を基調とした金属製の鎧を身に纏い、腰に剣を携えていた。
「ッハ! 態々この俺が間抜けの為に見舞いに来てやったんだ。感謝しろよ?」
「……誰もお前に来い、なんて言った覚えはない」
金髪を搔き上るヴァサゴ。こいつはいつも俺に対してこういう態度を取る。勇者相手には好青年を装い、気さくに接するが見えない所ではこんな調子。勇者には表の顔しか見えないからパーティーから追放される事はなく、逆に頼られている始末だ。
「なんだァ? 病人だからって優しくしてやったが……俺様にも限度がある。あまり調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「……で、そんなお前が俺に一体何の用だ?」
「ああ、お前の顔を見ていたらすっかり忘れてたぜ。用はこれだ」
これは……?
丁寧に装飾が施された一通の便箋。封蝋には一匹の獅子が刻印されていた。
こいつがお使い程度の事をしに来るなんて有り得ない。
俺は覚悟して封を開けた。
「……王国魔術師アンゼルム・クロウリー。貴殿を王国魔術師の任から解き、追放を命ずる」
「これは勿論本物だ。 ちゃあんと我らが王国の象徴である獅子があるんだからなぁ!」
「…………嘘だ」
「嘘じゃないぜ? ま、確かに魔力が無くなったお前なんかに価値なんてないからな! それならとっとと出て行った方がお国の役に立つってもんだ!」
さっきよりも強い衝撃が稲妻の如く俺の身体を貫く。
嘘だ。俺は、国を、民を守る為にこの身を代償にしたのに、その結末がこんなだなんて。
視界が真っ白になる。が、こいつの前だ。何とか持ちこたえた。
「……勇者の件はどうなる?」
「そんなの上から補充されるだけだろ。俺が知った事か」
「無茶だ!」
俺はパーティー内の雑用、金銭管理やアイテム補充も受けていた。それを他の奴が全て引き受けるのは流石に無理がある。脳筋しかいないうちの奴では到底出来る訳ない。
だがヴァサーゴは壁を蹴り、荒げた声を上げた。
「うるせぇな! 用なしのお前は黙って命令に従えばいいんだ! 散々俺に文句を言ってきやがって……唯の魔術師がピーチクパーチクよぉ。前から鬱陶しかったんだよ!」
「――――ッ」
確かに小言が多かったのは事実だ。だけどそれはこいつが無理矢理前線へ出たり、他の奴が無茶するからだ。
「……悪かったな」
「ま、それも今日限りだ。清々したぜ」
「…………用はそれだけか?」
「ああ、さっさと荷物を纏めて出て行くんだな!」
そう言うとヴァサーゴは病室から出て行った。
「……完全に回復するまでは、何としてでも此処に居させます。医者の意地なので」
無言を貫いていた医者が口を開く。「では」と俺の心情を察したのか、ヴァサーゴの後に続いて部屋を後にした。
残ったのは、俺一人。
「……畜生」
視界がぼやける。なんで、俺が。涙なんか出るなよ! 畜生……代わりに魔力が溢れろよ!
俺の慟哭が静かな病室にこだました。