5-8.
邦珂と言う名の少女は、美波の事を実の姉の様に慕っていた。
最初の出会いは小学校の集団登校、まだ登校に慣れていないピカピカの一年生を上級性が面倒を見るのだ。
美波と同じ町内であった邦珂は、三つ年上の彼女に手を引かれながら小学校へ通ったものである。
家が近所だったこともあり、一人っ子でもあった邦珂は自然と美波に懐いていった。
「ねぇねぇ、美波お姉ちゃん! 私はどんな魔法少女になればいいかな?」
「そうねー、邦ちゃんは動物が好きなんでしょう。 なら、新しい友達を作ってみればいいんじゃないかな。
ほら、これを見て…。 これは使い魔って言って、魔法少女が作ったお友達なのよ」
「わぁぁ、大きい犬さんだー。 私もこれ欲しいぃぃぃ!!」
邦珂が魔法少女として目覚めた時も、彼女は美波と二人で話し合ってこの子を作り出したのだ。
"スカイ"、元は美波が見せてくれた動画にあった、犬のような見た目をした使い魔を参考に邦珂が生み出した使い魔である。
空も飛んでみたいと言う邦珂の願いを叶えるため、普通の犬にはない翼が生えているのがスカイの大きな特徴だろう。
これまた美波から教えられた空を意味する言葉を名前にした使い魔は、今では邦珂の大事な家族である。
姉のような存在ではあるが、残念ながら邦珂は美波の本当の家族では無い。
年齢差から小学校と中学校とで分かれている状況で、邦珂が美波の学校での悲惨な状況を知る術が無かった。。
加えて年下に弱いところを見せたくなかったのか、邦珂と顔を合わせる時に美波は何時も笑顔を浮かべていたのだ。
邦珂が大事な姉が虐められていた事実を知るのは、既に全てが終わった後であった。
「なんで、なんで死んじゃったの、お姉ちゃん!! うわぁぁぁん!?」
「▽▽…」
美波を失った邦珂は酷く傷つき、姉と共に作り出した使い魔と悲嘆にくれた。
そして美波が死んだ原因が虐めであることを知った邦珂は、一度ならず復讐の言葉が頭を過る。
普通であれば小学生が中学生に勝てる筈も無いが、彼女にはスカイと言う強い味方がいた。
仮に邦珂が実際に復讐を実行していたら、今回の事件はオカルト色の欠片も無い分かりやすい事件になっただろう。
しかし実際に邦珂はそうしなかった、心優しき美波が復讐など望まないことを理解してたからである。
口が悪い者ならば意気地がないと言うかもしれないが、邦珂が知る美波は人を傷つけることなど出来ない優しい人間だった。
だからこそ邦珂は断言できた、この街で起きた不可解な呪い騒ぎは絶対に死んだ美波が起こした物では無い。
しかし既に街では美波と被害を受けたクラスの関係は知れ渡っており、殆どの人間はあれをやったのは美波であると信じている。
実際に学校の仲のいい友達ですら、噂の方を信じて邦珂の話には耳を貸さなかった。
邦珂が美波の名誉を守るために、例のクラスで呪い騒ぎを起こした真犯人を見つけようと決意したのだ。
「ああ、誰があんなことをしたの…。 分からないよ…」
「▽▽…」
美波の無実を証明する証明するために動き始めた邦珂は、早々に厳しい現実が直面してしまう。
そもそも魔法少女であるとは言え、ただの小学生でしかに邦珂に出来る事は限られていた。
意気込みだけで解決できる程に現実は甘く無く、幾ら邦珂が美波の無実を主張しても小学生の戯言だと誰も取り合ってくれない。
真実に一歩も近づくことなく日々が無為に過ぎていき、意気消沈していた邦珂の耳にその情報が飛び込んできたのだ。
「ええ、マスクドナイトNIOHがこの街に来てる!!」
「うん、お兄ちゃんが街で偶然出会ったんだんだって。 多分、中学校で起きた呪いの事件について調べに来たんだよ!!」
「うわぁ、本当! やったー、NIOHなら呪いなんて吹き飛ばしてくれるよ!!」
どうやら千春と出会った男子学生の中に、邦珂と同じクラスの小学生の身内が居たらしい。
例の動画の効果もあってから、邦珂たちの学校でもマスクドナイトNIOHの存在はそれなりに知られている。
その来訪を知った小学生たちは、あの男子学生たちと同じような反応を見せていた。
魔法少女として活動している邦珂もマスクドナイトNIOHが、事件を起こした魔法少女の所にやって来てお仕置きをしている存在だと把握している。
そして邦珂にとって不本意ではあるが、世間一般ではこの街で起きた呪い騒ぎは、魔法少女となった美波が起こした物だと認知されていた。
「なんでよ、美波お姉ちゃんは悪くないのに…」
街の人間だけでは無く外からやって来たマスクドナイトNIOHまで、美波を悪者だと決めつけいる事が邦珂には悲しかった。
その悲しみは真実とは程遠い噂を聞きつけてやってきた、マスクドナイトNIOHへの強い怒りへと変わっていく。
何がマスクドナイトNIOHだ、突然街に現れた美波のことを何も知らない部外者が一体何をするつもりなのか。
時間が経つほどにマスクドナイトNIOHに対する怒りは募っていき、放課後になった頃には爆発寸前にまでなってしまう。
そしてホームルームが終わった途端に邦珂は小学校を飛び出し、マスクドナイトNIOHを探すために宛ても無く街を駆けて行った。
あの魔法少女との戦いの後、逃げるようにファミレスから退散した千春は近くの公園へと避難していた。
着いて来ようとする中学生たちと無理やり別れたので、此処に居るのは千春と魔法少女研究会のメンバー。
そして未だに使い魔を腕から離そうとしない、先ほど千春に襲い掛かった例の小学生魔法少女の姿がそこにあった。
公園のベンチに腰掛けた魔法少女、邦珂は美波との大切な思い出を千春たちに語ってくれたていた。
「うぅぅ、美波お姉ちゃんは絶対あんなことをしないもん。 だから私…」
「▽▽▽…」
「…悪かったよ」
死んだ美波の事を思い出している内に、また邦珂の瞳から涙がこぼれ落ちていく。
彼女の膝の上に横たわるスカイは、生みの親である魔法少女を慰めるように鳴き声をあげる。
ようやく邦珂の事情を把握した千春は、自分が彼女に狙われた理由も納得出来た。
確かに邦珂から見れば、美波の死が関係する事件に興味本位で首を突っ込んできた千春たちを許せないだろう。
何も知らずに邦珂の使い魔を倒してしまった千春は、嗚咽する少女の前でばつの悪い思いをしていた。
「…もう一回だけ聞かせてくれ。 確かにお前のお姉ちゃんは、あの呪い騒ぎの犯人じゃ無いんだな」
「美波お姉ちゃんがあんなことする訳無いじゃない! お姉ちゃんは誰にでも優しくで、魔法少女の力で復讐なんか…」
「分かった、信じるよ。 美波って子は犯人じゃ無いんだな…」
「うん…、そうだよ…」
恐らくこの街の住人の中で美波と言う少女の無実を信じるのは、身内を除けば彼女の人となりを知っている邦珂くらいだろう。
少なくとも邦珂の口から語られる美波は、あんな呪い騒ぎを引き起こすような人間にも思えない。
所詮は小学生の話だと切って捨てる者も居るかもしれないが、千春は邦珂の話を全面的に信じることに決めたようだ。
「なぁ…、お前はお姉ちゃんの無実を証明したいんだろう。 だったら俺たちも協力するから、一緒に真犯人を突き止めてやろうぜ」
「…見つかるかな、真犯人」
「ああ、絶対見つかるって!! このお兄さんたちは、魔法少女のことに物凄く詳しいんだ。 俺も協力するし、一緒に力を合わせれば大丈夫さ」
美波の無実を信じ続けている邦珂であるが、小学生でしか無い彼女に出来ることは限られている。
しかしそんな無力だった少女の前に、美波の無実を信じてくれる協力者が現れたのだ。
千春は優しく微笑みながら、一緒に真犯人を探そうと邦珂に対して協力を持ちかけた。
美波が犯人と目されている呪い騒ぎの真相を暴き、真犯人を見つけることで彼女の名誉を回復する。
それは邦珂がもっとも望んでいることであるが、本当にそれが叶えられるのか不安なのだろう。
自然と彼女の口から弱気な言葉が出ており、そんな邦珂を元気づけようと千春は勝手に魔法少女研究会を巻き込んでいた。
「はっはっは、そこまで言われたら、頑張らなければいけませんね。 由香里くん、すぐに研究会のみんなに連絡だ! 魔法少女研究会の名に懸けて、この事件を解決して見せるぞ!!」
「勿論です、会長!! 我々の力を見せてやりましょう!!」
「うぉぉぉ、僕はやりますよ! 見ててくれ、邦珂ちゃん!! 僕は二度と君に涙を見せないと誓うよぉぉぉ!!」
「…大丈夫なの、本当に?」
「…やる事はやってくれるから、多分」
焚きつけられた魔法少女研究会の面々は、千春の予想以上にやる気を出していた。
眼鏡を光らせながら不気味に微笑む浅田、携帯を操作して誰かとやり取りを始めた由香里、そして公園内で叫び出した男性会員。
その熱狂ぶりは話を振った千春の方が驚く物であり、邦珂の方も若干困惑している様子である。
魔法少女研究会の力を疑問に思ったらしい邦珂に対して、残念ながら千春は彼らに太鼓判を押す事は出来なかった。




