5-7.
早々に殴り合いの戦いを諦めた千春の姿は、赤の鎧から青の鎧へと変わっていた。
UNの型となった地上の千春は、上空のスカイに向けてヴァジュラを連射する。
しかし絶えず位置を変えるスカイに対して的を絞れずに、放たれた雷撃は空しく空へと消えていた。
そしてスカイの方もやられてばかりでは無く、千春の射撃が途絶えた間隙を突いて襲い掛かる。
即座に千春はヴァジュラから両刃を展開させて、スカイの突撃を迎え撃とうとした。
「▽っ、▽!!」
「いい加減…、しつこいんだよ!!」
リーチの足りない牙や爪であれば、ヴァジュラの刃で簡単に切り裂くことが出来ただろう。
しかし千春がヴァジュラを展開したように、スカイもまだ手札が隠されていた。
何時の間にかスカイの口に咥えられていたのは、趣味のいいことに大振りの日本刀だった。
地上の千春と空中のスカイ、ヴァジュラの刃とスカイの刀が火花を散らしながら交差する。
またしても互いに決定打は無く、千春は長引きつつある戦いに苛立ちを隠せずにいた。
正直言ってこの戦いに勝つだけならば、一番簡単な手段があることは分かっていた。
それは浅田に預けた鞄に仕舞われたシロを、この店の駐車場に停めてあるバイクと合体させて参戦させることだ。
空を飛べるシロが加わればスカイに安全地帯は無くなり、後は数の差で押せば楽勝だろう。
しかし流石に小学生を相手に流石に数で責めるのは体裁が悪く、千春としては出来ればそんな恥ずかしい真似をしたくない。
そのため千春はシロの助けを借りずに、空中に居るスカイを地上に叩き落す必要があった。
「いいぞー、スカイ!!」
「▽▽…!!」
「呑気なもんだぜ。 全く、何で俺がこんな目に…。 あ、その手があったか!」
空を飛びながら地上に立つ敵の姿を睥睨する使い魔の後方で、その生みの親である魔法少女が声援を掛けていた。
無邪気に応援をしている魔法少女の姿を見た千春は、今更ながら自身が襲われている理不尽な状況に怒りを覚える。
しかし次の瞬間、千春の脳裏にスカイを地上に引き摺り下ろす簡単な方法を閃いた。
すぐさま考えを行動に移した千春は、ヴァジュラを収納してUNの型からAHの型へと戻る。
そして空に居るスカイの動きに注意しながら、そのまま正面の魔法少女に向かって走り出したのだ。
「えっ、なんでこっちに来るのっ!?」
「よく考えたら使い魔に付き合う必要なんて無かったんだ。 悪いが本丸を先に落とさせて貰うぜ!!」
「っ!? ▽▽!!」
ダイレクトアタック、千春はスカイを無視して魔法少女を直接叩く腹積もりらしい。
確かに本丸である魔法少女の方を抑えられたら、その使い魔であるスカイはどうしようも無い。
千春と魔法少女は同じ駐車場に居て、その距離はマスクドナイトNIOHの脚力であれば一瞬だ。
頭上で動揺しているらしいスカイを尻目に、千春は驚愕の表情を浮かべている魔法少女のすぐ傍まで来ていた。
使い魔であるスカイが、生みの親である魔法少女の危機を前に取る行動は一つだけである。
スカイはすぐさま急降下して、魔法少女の元に今にも辿り着きそうになっている千春を背後から襲った。
タイミング的にはギリギリであるが、これならば千春が魔法少女に手を掛けるより先にスカイの刀が届く方が早い。
魔法少女の危機を救うために動いたスカイは、一直線に千春の元へと向かって行く。
「やっぱりそう来るよな…、けどその動きは読めている! くらえぇぇぇ!!」
「▽▽▽っ!?」
そして魔法少女の元に到達する寸前に振り向いた千春の目の前には、予想通りにこちらへ向かって来るスカイの姿があった。
先ほどの攻防と違って後先考えずに突っ込んでくる今のスカイならば、簡単に攻撃を当てられる。
驚いた様子のスカイと目があった千春は、その顔面に向かって容赦なくハイキックをお見舞いした。
カウンター気味に入ったマスクドナイトNIOHの蹴りは、スカイの顔を歪める程の威力であった。
スカイは口に咥えていた刀を落とし、悲鳴を漏らしながら吹き飛んでいく。
「やりますね、矢城さん。 魔法少女の方を狙う振りをして、使い魔をおびき寄せたのですか」
「その通り。 こうすれば絶対に使い魔が自分から来てくれるからな…、あとは向かい打てばいいだけの話さ」
「ああ、スカイィィィ!!」
使い魔が生みの親である魔法少女を守らない筈が無く、スカイが自ら地上に降りてくるのは分かっていた。
魔法少女を守るためにはスカイは今までの様に空へは逃げられず、千春の攻撃を受けざるを得ないのだ。
千春が自らが蹴り飛ばしたスカイの様子を確認すると、そこには必死に立とうとする健気な姿があった。
しかし先ほどの千春の一撃は確実にスカイへダメージを与えたようで、まともに起き上がれないほどに足がふらついている。
クリスタルをあえて外したので消滅することは無いが、あの弱り切った姿ではこれ以上の戦闘は不可能だろう。
スカイの無残な姿を目の当たりにした魔法少女は、悲し気に愛する使い魔の名前を叫ぶのだった。
使い魔を使う魔法少女には、共通の弱点が存在していた。
リソースの全てを使い魔に注ぎ込んだために、本体である魔法少女は無力な一般人と変わらないのだ。
使い魔のスカイと言う唯一の戦力が無ければ、この魔法少女はマスクドナイトNIOHに対して何の抵抗も出来ない。
障害であるスカイを排除した上で改めて近づいてくる千春を前に、無力な少女は思わず悲鳴を漏らしてしまう。
「…さて、これで話が出来るな?」
「ひぃっ!?」
破壊行為を繰り返すだけのモルドンが相手ならば、使い魔を無視して魔法少女本人を直接狙うような賢い行動はまず取らない。
しかし今日の相手は頭の悪いモルドンでは無く、同じように思考をする人間であった。
使い魔を全力で戦わせたかったのならば、彼女自身は何処かで隠れておくなどの手段を取るべきだったろう。
小学生を相手に酷な言い方かもしれないが、あの使い魔がこうも容易く制圧された一番の原因は彼女であった。
この魔法少女は自身という無防備な弱点を相手に晒した事で、使い魔の足を引っ張てしまったのだ。。
「まずは教えてくれないか。 どうして俺なんかを襲って…」
「ひぃっ!? …ぅ、うぇぇーーん!!」
「お、おい!? こんなところで泣くなよ!? なぁ、別に俺はお前を虐めたい訳じゃ無いんだ。 ただ話をしたくて…」
そして目の前で大事な使い魔を倒されて、無防備となった小学生の少女が泣き始めるのも自然な流れである。
自分が襲われた理由を聞き出そうとしていた千春は、いきなり目の前で泣き出した魔法少女の姿に焦り出す。
千春は慌てて変身を解きながら、出来るだけ優しく少女に話しかけてみる。
しかし千春が幾ら努力しても少女が泣き止む様子は無く、一向にこちらの話に耳を貸そうとしない。
「おお、小学生にも容赦が無いなんて! 流石はNIOHさんですね!!」
「うわぁ、子どもを泣かせるなんて最低ー。 よくあれでヒーローを名乗れるわね」
「いい加減にしろ、この外野ども! そもそもお前たちは、この餓鬼が先に襲ってきたことを知っているだろう!!
ていうか今は撮影するな! 今撮られると、俺が完全に悪者じゃんかよ!?」
確かに傍から見たら現在の構図は、大の大人が小学生を虐めて泣かしている姿に見えるかもしれない。
この情けない千春の姿を、中学生たちは身勝手な感想を言いながら携帯に収めているのだ。
流石に千春の見世物にされている状況に怒りを覚えたらしく、中学生たちを相手に大人げなくマジ切れしてしまう。
「ぶわぁぁぁぁん!!」
「うわっ、ごめん! 別に君に怒鳴った訳じゃないんだ…。 ああ、もうどうすれば…」
「…矢城さん!! この子を彼女に!!」
千春が中学生に怒鳴った顔が恐ろしかったのか、小学生の泣き声が激しさを増してしまう。
もうどうすれば分からない千春は混乱の極致となるが、そんな彼の元に救いの手が差し伸べられた。
魔法少女研究会の由香里は千春の元へと駆け寄り、手の中に抱えているそれを差し出す。
それを受け取った千春はすぐに由香里の意図を察して、それを持って再び少女と向かい合う。
「ほら、君の友達だ…。 ごめんな、ちょっと大人げなかった…」
「▽▽…」
「うぅ、スカイ…。 ごめんね、ごめんね…」
千春の手に抱えられていた子犬サイズのそれは、先ほど倒されたスカイと言う名の使い魔であった。
どうやらスカイはガロロなどと同様に、戦闘形態とは別に日常用の姿を備えていたようだ。
ダメージから戦闘形態を維持するのが難しいらしく、千春たちが騒いでいる間に独りでに縮んでいたらしい。
弱弱しい声を出すスカイの姿を確認した魔法少女は、すぐに千春から愛する使い魔の体を受け取る。
そして魔法少女は強くスカイを抱きしめながら、謝罪の言葉を繰り返し口にしていた。




