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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第二部 VS魔法少女
78/384

5-3.


 教育熱心な母親から産まれながら、彼女の期待に応えない不出来な息子。

 昔から母親との折り合いが悪かった千春が、家の外に居場所を求めたのは仕方の無い事だった。

 そこで千春が辿り着いたのは、共通の趣味を持つ寺下が経営する喫茶店メモリーである。

 千春は寺下とマスクドシリーズについて語り合いながら、楽しいアルバイト店員生活を楽しんでいた。

 自分がマスクドナイトNIOHとなり、喫茶店メモリーの仕事を蔑ろにし始めるまでは…。


「俺もそろそろ、真面目に今後のことを考えるべきなのかな…。 マスクドナイトNIOHをしてても、食っていけないしな…。

 否、この力を使えば肉体労働なら楽勝だから、いっそガテン系に売り込んでみるか? うーん…、でも何時まで変身できるか分からないし…」

「○○○…」


 喫茶店メモリーと言う居心地のいい場所でのモラトリアム期間は、千春自身の行動の結果により終了してしまった。

 高卒フリーターである自分の現状唯一の食い扶持を失い、本当に無職になってしまった千春は自然と将来のことを考えてしまう。

 しかし学も無く就職に役立つ特技も無くコネも無く、無い無い尽くしの千春が選べる未来は限られている。

 今の千春が唯一自慢できることはマスクドナイトNIOHの力だろうが、この力も影響に使えるとは限らない。

 それに魔法少女の力で下手に金儲けに走ると、拗らせているっぽいゲームマスターの反感も買うので余り賢い選択ではないだろう。


「まあ、悩んでても仕方ないよな。 とりあえず腹も減ったし、飯でも食って帰るか。

 この辺って何か有名な食い物でもあったかな? 昔の記憶を頼りに適当に走ってきたからな…、流石に携帯は持ってくるべきだったなー」


 空腹を感じた千春はすぐに答えが出そうにない考え事を一端止めて、まずは食欲を満たす事を優先したようだ。

 ようやく海岸を離れる気になった千春は、過去の記憶を頼りにこの付近の飲食店について考え始める。

 本来ならばこういう時は携帯で簡単に周辺の情報を調べられる筈だが、生憎と今の千春はその文明利器に頼れない。

 何故なら喫茶店メモリーを飛び出した後、怒涛の勢いで掛かってきた朱美からの着信を見たくなくて携帯を家に忘れてきたのである。


「うーん、折角来たんだから飯くらいは食いたいな。 ちょっとひとっ走りして見るか…。 行くぞ、シロ」

「〇〇〇!!」


 職を失い暇人となった千春には、時間だけはふんだんに持て余している。

 気が向くままに気に入った飲食店でも探そうかと、シロを鞄に仕舞いながら少し先に停めてあるバイクの元へと向かった。

 しかし千春がバイクの元に戻って見ると、大事な愛車の近くに数人の人影を見つけてしまう。

 遠目で見る限りでは中学生か高校生くらい制服を着たの若い男たちが、千春のバイクを囲んでいたのだ。

 一瞬千春は悪戯をする不逞な輩だと思ったのだが、よくよく見ればその連中はバイクに手を触れている様子は無い。


「…おい、俺のバイクに何の用だ?」

「っ!? あ、すいません…」

「お、おい…。 やっぱりこの人は…、マスクドナイトNIOHだ! ほら言っただろう、これはマスクドナイトNIOHのニューバイクだって!!」

「嘘だろう、何でこんな所に有名人が…。 まさか例の噂を聞きつけて…」


 バイクの元まで戻ってきた千春は、とりあえずその近くに居た連中に声を掛ける。

 すると彼らは千春の顔を知っていたらしく、驚愕の表情を浮かべながらそれぞれに騒ぎ始めた。

 千春のニューバイクはシロとの合体後の姿をイメージした装飾を施しており、人目を引きやすい派手なデザインになっていた。

 どうやら先ほどまでバイクを見ていたのも、それが千春のバイクであるかを疑っていたらしい。

 職と引き換えに打ち込んでいたマスクドナイトNIOHの活動は、予想以上に千春の知名度を上げたようだ。

 魔法少女関係者ならまだしも、何処にでも居そうな男子学生にまで知られているとは思わなかった。

 自分の事を有名人扱いする相手にどう反応していいか分からず、千春は苦笑を返すしか無かった。






 袖振り合うも何とやら、地元の学生らしい彼らからお薦めの店を聞いた千春はようやく食事にあり付けていた。

 その店は男子学生が好きそうな大盛が自慢の店であり、普通の店の二倍はありそうな巨大カツ丼は千春の胃袋を過剰に満たしてくれた。

 暫く食休みをしなければ動けないなと、千春は食べ過ぎによる微かな吐き気を我慢しながら水を口に含む。


「魔法少女なんて、NIOHさんには楽勝でしょう。 所詮は女なんて、男の敵じゃ無いっすよね」

「最近の動画もしっかりチェックしましたよ。 子供が相手でも容赦しないなんて、そこが痺れます」

「ねぇ、変身を見せて下さいよ! 一生のお願いです!!」

「分かった、分かった。 ちょっと休んだら、一回だけ見せてやるから…」


 ちゃっかり千春に着いてきた学生たちは、千春より一足早くに食事を終えて口々に千春へと話しかけていた。

 地元の中学生らしい彼らは流石は若さと言うべきか、千春とほぼ同じ量の食事をぺろりと平らげて見せたのだ。

 見るからに魔法少女に縁の無さそうな体育会系の学生たちが、マスクドナイトNIOHこと千春の存在を知ったのはやはり例の動画だったらしい。

 可愛らしい魔法少女とモルドンの戦いに興味を持てなかった彼らは、魔法少女と戦う変身ヒーローの姿に少年心をくすぐられたと言う。

 魔法少女を倒すシーンに興奮したと語る学生たちの将来が少し心配であるが、この年頃ならそういう過激な世界に憧れるのも仕方ない。


「それでNIOHさんは、どうして此処に?」

「馬鹿、例の呪い騒ぎを調べるために決まっているだろう」

「呪い騒ぎ? 何だよそれ…」

「またまた、惚けちゃって…。 数週間前から俺たちの学校で…」


 この街は気晴らしも兼ねて来ただけの場所であり、この食事を終えたら大人しく帰る気であった。

 しかし千春は偶然にも出会った男子学生から、最近この街で起きている不可解な現象の話を耳にしてしまう。

 それは確かに現実ではあり得ない話であり、それが本当に起きているならば超常的な力が絡んでいるに違いない。

 この世界でそんな力を振るえる存在は魔法少女だけであり、そして千春は不本意であるが対魔法少女の専門家のようた立ち位置となっていた。

 男子学生たちから見れば千春がこの街に来た理由は他に考えられず、彼らは千春が知っている前提で"呪い騒ぎ"とやらの話を始めていた。

 息抜きで来た筈の街で厄介ごとを抱えてしまった千春は、これもゲームマスターの仕業かと頭を抱える羽目になった。











 魔法少女の仕業と思われる異常事態の話を聞かされた千春は、情報源である男子学生の連絡先を聞いた上で彼らと別れた。

 携帯が手元に無かったので店のナプキンに電話番号などを書いて貰い、千春はそれをポケットに仕舞いこむ。

 話している間に消化が進んだのか吐き気はすっかり収まっていたが、千春は別の意味で頭が痛くなっていた。

 今回の話は誰かから依頼された話でも無いので、千春が今すぐに動く必要性は全くない。

 そもそも情報源が男子学生だけなので、情報の裏付けなどもしなければ動くに動けないだろう


「ふふふ…、これもヒーローの宿命って奴か。 分かったよ、この街の事件はマスクドナイトNIOHが解決してやるよ!!

 とりあえず情報源の確保だよな、でも携帯が手元にないしな…」


 もし本当に事件が起きているならば、呪い騒ぎの話はそれなりに広まっている筈だ。

 そして趣味で魔法少女絡みの噂を収集しているあの女ならば、あの男子学生の話を裏付けてくれるかもしれない。

 しかし携帯が手元になく自宅の電話番号しか暗記していない千春には、彼女との連絡する方法が無い。

 普通に考えれば素直に自宅へと帰ってから連絡を取るべきなのだが、それだと何となく負けた気がする。

 偶然訪れた街で巻き込まれた事件ならば、それを解決出来てから街を離れるべきだろう。

 無職になってから情緒不安定気味であった千春は、此処に来て何やら変な拘りを見せ始めていた。


「よし、こうなったら…。 シロ、朱美の連絡先を教えてくれ。 お前の中の人が知っているだろう?」

「〇〇!?」


 鞄から頼れる相棒を取り出した千春は、腕の中に居る白いぬいぐるみもどきに朱美の連絡先を尋ねた。

 暗黙の了解として千春はシロを以前と同様に扱っているが、シロの中には白奈という少女が居ることも理解している。

 そして朱美が何時の間にか白奈と直接接触しており、女同士でやり取りをしているとも聞いていた。

 千春は白奈が把握している朱美の連絡先を、シロを通して手に入れようと言うのだ。


「○○…、○○?」

「ははは、お前でも電話番号なら伝えられるだろう。 ほら、この数字の表を順番に指差せば…」

「〇…、〇、〇…」

「よーしよし、これで朱美に呪いの話を聞けるぞ。 偉いなー、シロ」


 人の言葉を離せないシロから情報を聞き出すため、千春は0から9の数字が書かれたナプキンを用意する。

 根が貧乏性なのか多めにナプキンを取っていたようで、それを使って即席のシロとの伝達ツールとしたようだ。

 千春に言われるがままシロは、前足でナプキンの上に掛かれた数字を示していく。

 やがてシロが示した番号の羅列は、何となく千春にも見覚えのある朱美の電話番号となる。

 役目を終えたシロをひとしきり撫でた後で千春は、意気揚々と今時珍しい公衆電話へと向かった。




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