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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第二部 VS魔法少女
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5-2.


 今から数日前、例の鈴美という名の魔法少女の問題を解決した千春は喫茶店メモリーに顔を出していた。

 その日は休日だったのでフルタイムで働くために、千春は開店前に裏口から休憩室に入って行く。

 恐らく寺下が開店前の準備をしている筈なので、その手伝いをしようと考えていたらしい。

 しかし開店前で誰も居ない筈の休憩室に、どういう訳か先客の姿があったのだ。


「あれ、兄さん? どうして此処に…」

「お前こそ、朝からこんな所にくるなよ。 そんなにそれを使いたかったのか…。

 俺の用は決まっているだろう、仕事だよ。 最近は休みがちだからな、今日はその分も含めてしっかり働かないと…」


 そこには休日の朝っぱらから店に押しかけて、いそいそとペンタブを触っている妹の彩雲の姿があった。

 教育ママである母親に見付からずに、好きなだけイラストを描ける場所は此処しか無いのは分かる。

 しかし開店前から押し掛けるとは、彩雲は余程デジタルイラストとやらに嵌っているのだろう。

 実際に彩雲が描いたイラストはNIOHチャンネルの方にも投稿されるようになっており、それなりの評価を得ているようだ。

 朝から趣味の没頭する妹に呆れながら、千春は休憩室で仕事着に着替えようとする。


「…兄さん、此処のお仕事を辞めたんじゃ無いんですか?」

「はっ、ちょっと待ってろ…。 何を言っているんだ、俺は辞めてないぞ。 どうして…」

「えぇ、でも仕事に来ない兄さんの代わりに、寺下さんが新しい従業員を雇ったみたいですよ」

「はぁ、新しい従業員? また朱美辺りが助っ人に…、否、違うか…」


 着替え中に彩雲が突然訳の分からないことを言い出したので、慌てて着替えを終えた千春はその真意を問い質す。

 そして千春はその時に初めて、この店に自分以外の従業員が雇われた事実を知ったのだ。

 新従業員と聞いた千春の頭の中には、過去に千春の代わり店を手伝っていた朱美の姿が思い浮かぶ。

 しかし朱美は最近の事件ではほぼ千春と一緒に行動しており、自分の代理で働くことは出来ない筈だ。

 他に新従業員の可能性が思い当たらずに悩む千春であるが、その答えはすぐに彼の前に姿を見せる事になる。


「あ、おはようございます。 NIOHさん、彩雲さん」

「ウィッチ…、どうして此処に?」

「友香さん、おはようございます。 そうです、友香さんが兄さんの代わりに、此処で雇われた店員さんです」


 新たに休憩室へとやって来た人物は、千春と彩雲の姿を見て挨拶を交わす。

 早坂 友香、ウィッチという名前で千春たちが住む街を守る魔法少女をしている高校生の少女だ。

 年齢的には年下だが魔法少女歴で言えば先輩にあたる少女が、千春を悩ませたこの店の新従業員であるらしい。

 着替えを覗くわけにはいかないので一時的に休憩室から退室した千春だが、思わぬ伏兵の登場に動揺を隠せずにいた。











 店が開店時間となってから暫くした後、ランチタイムの客が引いた頃に朱美が店に現れた。

 今日は千春が店に顔を出すのを聞いていたのでやって来た彼女であるが、予想外の所にその姿を見付けることになる。

 そこには私服に着替えた千春が、不貞腐れた顔でテーブル席に座っていたのだ。


「あれ、何であんたが此処に座っているのよ。 仕事はどうしたのよ」

「今日は俺は休みでいいってよ。 俺の代わりはそこ…」

「ああ、その不貞腐れ顔を見ると、あんた知らなかったの。 友香ちゃんがこの店のバイトに入ったことを…」

「聞いてないよ…、全く…」


 千春の指差す先には、他の客から注文を聞いている友香の姿があった。

 元々そこまで繁盛店でもない喫茶店メモリーには、店長の寺下の他に店員が一人も居れば十分に店を回せる。

 今日は友香が居るから休んでいいという、寺下の有り難い好意によって千春は客として店に居座っているらしい。

 朱美がこの店に来ることを聞いていなければ、さっさと家に帰って不貞寝でもしていただろう。


「まあ、友香ちゃんも色々大変なのよ。 高校生だから色々とお金も必要だろうけど、あの子は魔法少女の仕事もあるからね…」

「それで魔法少女について理解のある、この店で働き始めたってことか…」

「あんたがバイトを休むようになって、寺下さんも人手を欲しがってたからね…。 これもウィンウィンって奴よ。

 幾らそこまで忙しくない店でも、寺下さん一人で店を切り盛りするのは大変だったみたいよ」

「うっ、それは…」


 寺下から店の方は自分が何とかするから、千春はマスクドナイトNIOHの方を頑張ってくれなどと後押しを受けていた。

 その寺下の好意に甘えて、喫茶店の仕事の方を仕事を疎かにしていたのは千春である。

 人手不足を補うために寺下が新しいアルバイトを雇った事に対して、千春が何か言える筈も無いのだ。

 しかし高校時代から働いている店で、仕事もせずに客として過ごす状況はかなり居心地が悪いのだろう。

 浮かない表情をした千春は、それを誤魔化す様に残ったアイスコーヒーを飲み干した。







 朱美が店に来てから少し経ってから、店長の寺下が千春たちの方にやって来た。

 実は此処に朱美が来た理由は千春だけでなく、寺下を交えて何やら話があるらしいのだ。

 情報を出し渋るのは情報通の本能なのか、面子が集まってから話すの一点張りで千春もその詳細は聞いていない。

 店内の客が殆ど引いた所でようやく手が空いたらしい寺下は、千春たちに詫びながらテーブル席へ腰かける。


「やぁ、千春くんに朱美くん。 悪いね、今日は結構客が入って手が離せなかったよ…」

「店長、忙しいなら俺も手伝ったのに…」

「いいよ、友香くんも仕事に慣れてきたし、君は今日はゆっくりしなよ」

「はぁ…」


 確かに千春がこっそりと観察した限りでは、友香はそれなりに慣れた手つきで店員業をこなしていた。

 千春が不在の間にこの店の従業員として勤しんでいたようで、数年のキャリアのある自分ほどでは無いが十分戦力だろう。

 むしろ以前の朱美の時と同様に、客受けだけで言えば千春が従業員をやっている時より反応が良かったくらいだ。

 しかし休日である事に加えて新しい看板娘の噂を聞きつけたのか、今日の客入りはそれなりの賑わいである。

 即席従業員をまだ脱していない友香は、忙しさもあって危うい応対をしている場面もちらほらと見られた。

 それにも関わらず働こうとする千春の提案を断った寺下に、善意以外の何かの思惑があるのではと勘ぐってしまう。


「店長、最近は店に出ないようになってすいません。 これからは今まで通り働けるように…・」

「ああ、その事なんだけど…。 千春くん、君はもう店に出なくていいよ。 店の方は僕と友香くんで回せるから…」

「…えっ?」


 そして残念なことに、千春の悪い予感は的中してしまった。

 戦力外通告、ろくに店に顔を出さなくなった千春はもう従業員という戦力として見られていないらしい。

 小さい店とは言え一国一城の主である寺下としては、友香という代わりが見つかった時点で千春を切る選択をしても仕方ない。

 しかし理屈の上では納得できても、数年働いてきたバイト先を解雇された衝撃が千春に襲い掛かる


「まあ、君もマスクドナイトNIOHの仕事が忙しいからね。 いやー、僕も君の動画を見ているよ。 君もいよいよ、先輩マスクドたちに負けないヒーローになってきたよね。

 だから君には今後は、店にでる代わりに僕の…」

「…分かりました、今までお世話になりました!!」

「えっ、ちょっと…」

「待ちなさい、千春!!」


 解雇を言い渡された千春は、その後の寺下の言葉など殆ど聞こえてなかった。

 長年働いてきた喫茶店メモリーが自分の居場所では無くなった事実は、千春には余程堪えたらしい。

 最早この場所に一秒でも長く居たくなかった千春は、寺下の話を遮る様に立ち上がって店を飛び出してしまう。

 寺下や朱美の静止の声を振り切って、千春はそのまま喫茶店メモリーを後にした。











 そして職を失った千春は半ばヤケクソ気味にツーリング旅行を行い、この海岸まで辿り着いたようだ。

 先ほど鞄から出てきたシロを抱えながら、砂浜に座り込んで水平線を見つめている。

  傍から見たらいい大人がぬいぐるみを抱えている奇妙な光景であるが、精神的に不安定になっている千春は自身の状況に全く気が付いていなかった。


「海が綺麗だな…」

「○○…?」


 この時の千春は知る由も無かった、この街で起きている呪われた事件の詳細を…。

 知らず知らずのうちにこの街に訪れのも、職を失ってまでマスクドナイトNIOHを続けた千春の運命がなせる業なのだろうか。

 マスクドナイトNIOHこと千春が、オカルト色満載のこの街の事件に関わる時は間近まで迫っていた。



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