4-7.
別に鈴美は両親を嫌っている訳では無く、むしろ彼らのことを愛していると言っていい。
自分の我儘を常に叶えてくる、鈴美にとって都合の良い保護者を嫌う理由など何処にも無いのだ。
そんな両親の目の前に怪しい集団が現れたならば、彼らを守るために進んで前に出てくるのは不自然な事ではない。
しかし鈴美の勢いは目の前の男性の体が光包まれて、赤い鎧を纏ったヒーローになったことで挫かれる。
直感的にそれが自分と同じ力の持ち主だと察した鈴美は、初めて出会う同格の存在に戸惑いを隠せずにいた。
「な、何なの…」
「朱美、窓を開けろ!!」
「はいはい…」
「友里恵くん、僕たちの靴を急いで持ってくてくれ! 玄関に回っている余裕は無いぞ!!」
「分かりました、会長!!」
「わ、私も手伝います!!」
予定では母親の協力で鈴美を外に連れ出す事になっていたので、居間で向き合っている現状は完全に想定外である。
恐らく八畳ほどの広さしかない居間で戦った場合の被害を考えると、まず第一に戦場の移動を試みるべきだ。
そのために千春は鈴美の様子を伺いながら朱美に指示を行い、その意図を察した彼女は即座に窓へと駆け寄る。
二人のやり取り横で聞いていた浅田たちも、この後の展開を察して移動の準備を始めたようだ。
そして朱美に声を掛けると同時に動き出した千春は、動揺する鈴美に近づいて腕を掴み取る。
「いやっ、離せっ! なんで、何で離れないの!!」
「待て、鈴美を…」
「さーて、まずは外までご案内だ!!」
腕を取られた鈴美はそれを振りほどこうとするが、その拘束が全く揺るがない事実に驚きを隠せない。
変身した鈴美の力は自分の父親や五月蠅い学校の教師より強く、誰も彼女を止めることは出来なかった筈だ。
しかしこの鎧を纏った謎の存在は、絶対である筈だった自分を上回る力を持っていた。
自分の力が及ばない千春との出会いが余程ショックだったのか、鈴美はまさに駄々をこねる子供のように抵抗するがびくともしない。
千春はそのまま父親の静止を無視して、暴れる鈴美の体を持ち上げて朱美が開けた窓から外へ飛び出した。
無事に居間の窓から脱出した千春は、鈴美を抱えたまま低い塀を乗り越えて家屋に面する道路へ出てくる。
残念ながら鈴美の家には戦いが出来る程の広い庭が無く、元々の予定でも道路を戦場にするしかないと考えていた。
幸運なことに此処は住宅街の一角であり、この付近の住民以外がこの狭い道路を使うことはまず有り得ないそうだ。
実際に千春が出てきた時には道路の車の姿は無く、こちらに向かってくる車の気配も無かった。
「…さて、自己紹介がまだだったな。 俺はマスクドナイトNIOH、君をお仕置きに来た正義のヒーローだよ!!」
「ふん、正義の味方は私よ、この泥棒! あんたなんか、スウィート・アンミツの敵じゃ無いわ!!」
正直言ってあのまま鈴美のステッキを奪って、彼女のクリスタルを破壊することは十分に可能だっただろう。
しかしそれでは今回千春に依頼された目的を果たせないので、道路まで出た所で千春はあえて鈴美の拘束を外していた。
千春の腕から逃れた鈴美はすぐに距離を取り、ステッキを前に構えながら千春を警戒する。
そんな魔法少女の目の前で千春は堂々と正義の味方を名乗り、それに反発した鈴美が自分こそが正義の味方だと主張する。
道路で対峙するマスクドナイトNIOHとスィート・アンミツ、そんな二人の前に朱美たちが一歩遅れて姿を見せた。
「…くそっ、靴を履くの手間取った! まだ始まってないよな、友里恵くん」
「大丈夫みたいですよ、会長! これから始まるみたいです」
「千春ー、あんまり子供を虐めるんじゃ無いわよ」
「○○!!」
千春たちに続いて居間から出てきた朱美たちは、塀の内側から道路で向かい合う二人を見学する。
この家の塀は1メートルの高さも無い低い物だったので、そこからでも十分に撮影が出来るのだろう。
千春たちに僅かに遅れて到着した彼らは、まだ戦いが始まっていない事に安心して改めてカメラを構える。
朱美の腕の中には鞄の中に入っていたシロの姿もあり、気を利かせて連れてきたようだ。
「鈴美、鈴美ぃぃっ!!」
「あなた、これは仕方ないことなの!」
「お兄さん、これも鈴美ちゃんのためなんです!!」
そして居間に残された人たちの動向は、家の方から聞こえてくる大声のやりとりで大体は察せられた。
あくまで鈴美を守ろうとするの父親を止めるために、母親と梢の姉妹が力を合わせて留めているようだ。
時間を掛けてしまっては分からないが、あの様子ならば暫くは父親の介入を気にしなくてもいいだろう。
戦いの準備が整ったことを認識した千春は、いよいよ家庭内暴君となった魔法少女に対する躾を開始した。
千春の戦いの目的は勝つことだけでなく、鈴美に自分が絶対の存在では無い事を認識させる必要があった。
甘やかされて育った状況で魔法少女となった鈴美は、不幸なことに自身の我儘を押し通すための力を手に入れてしまった。
自分のやりたい事を何でも叶うなどと言う甘ったれた考えを矯正しなければ、鈴美は何時まで経ってもあのままだろう。
そのために千春がやるべき事は一つ、鈴美を完膚なきまで叩き潰して自分が特別では無いと自覚させるのだ。
「なんで!? なんで当たらないの…」
「ははは、そんな弾幕は効かないぞ!!」
魔法少女としての鈴美の能力は、基本的には劇中のスィート・アンミツと同じ物になる。
その一つはステッキから飛び出す黒い塊、恐らく蜜豆を意識したと思われる弾丸だ。
しかしろくに練習をしてないのか、その弾は千春が少しサイドステップを刻むだけで避けられてしまう。
以前に小学生コンビの魔法少女たちの弾幕に苦しめられた千春に取ってみれば、こんな豆鉄砲に当たる気はしない。
そのまま小刻みにステップを刻みながら、千春はゆっくりと鈴美の元に近づいていく。
本当であればこの程度の距離は一瞬で潰せるのだが、鈴美を怖がられるためにあえて徒歩で進む。
「それなら…、これよ! クリームあんみつはいかが?」
「お、意外に思い切りがいいな!!」
徐々に近づいてくる千春を前に蜜豆弾を当てるのを諦めた鈴美は、決めセリフと共にステッキから白い放射物を出してきた。
これは劇中のスィート・アンミツが使う能力の一つ、生クリームで相手を固めて動きを封じる技である。
蜜豆の弾丸をほど射程は無いが、近づいてきた千春には十分にあたる距離だった。
現状の千春との位置関係を考えて咄嗟に出た行動であろうが、自分の能力を活かした最適解を選べたことに千春は関心する。
「悪いが…、今は甘い物の気分じゃ無いんでね! 」
「えぇぇ、ずるーい! なんで、なんでぇぇ!!」
千春が手心を加えている状況とは言え、戦闘経験の無い鈴美が上手く能力を切り替えられた事は素直に褒めるべきだろう。
仮に千春が何の準備もしていなければ、迫り来るクリームの対処が間に合わずにまんまと拘束されていた可能性もあった筈だ。
しかし千春はまるで相手の動きを先読みするかのように、ヴァジュラの両刃を展開してクリームを切り払って見せる。
またしてもスィート・アンミツの必殺技を防がれた鈴美は、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
事前にスィート・アンミツの魔法少女であると知っていた千春が、相手の使ってくる能力に対して対策をしていない筈が無い。
ただし正確に言えば千春が準備した訳では無く、魔法少女研究会の面々が勝手に対スィート・アンミツ用のプランを考えてくれたのだ。
彼らは自主的にスィート・ジャパンを全話視聴して、劇中のスィート・アンミツの能力を分析した。
その分析を元にした対スィート・アンミツ用の対策方法を、分厚いレポートまとめて千春に渡していた。
このレポートを事前に苦労して読み込んでいた千春は、先ほども鈴美のクリーム攻撃を完璧に対処出来たようだ。
リアルタイムでこの戦いを見物しているであろう研究会の面々は、自分たちのレポートが役に立ったと喜んでいるに違いない。
「まだやるか…、分かっただろう。 お前は俺に勝てないよ」
「違う、違う違う違う。 スィート・アンミツは無敵なんだ、お前なんか嫌いだぁぁぁぁっ!!」
「まだ折れないか、その根性だけは認めるよ…。 まあ、そろそろいいよな…」
鈴美に取ってスィート・アンミツは、悪い奴には絶対負けない無敵のヒロインである。
そしてスィート・アンミツとなった自分もまた、いきなり家にやって来た泥棒何かに負ける筈が無い。
しかし現実には千春を前にした鈴美は手も足も出ない状況になり、それは環境によって肥大化した彼女の歪んだ価値観に罅を入れた。
特別な存在である自分を普通に貶めようとする千春に向かって、鈴美はステッキを振りかざしながら感情のままに突っ込んでいく。
こちらに向かってくる駄々っ子を前にした千春は、あくまで冷静に握りしめた拳を腰だめに構えた。
「これで終わりだよ、スィート・アンミツ…」
「ぁぁ…。 パパ、ママ…」
「「鈴美!!」」
何の策も無い子供の八つ当たりなど、マスクドナイトNIOHこと千春に通用する筈も無い。
迫り来る鈴美のステッキに向かって千春の拳が弾丸のように放たれ、逆にそれを破壊して見せたのだ。
その一撃は先端に埋め込まれたクリスタルをも粉砕して、その衝撃は鈴美へと襲い掛かる。
話が付いたのか揃って家から出てきた鈴美の両親は、娘がノックアウトされた決定的瞬間を目撃してしまう。
「くそっ、後味悪いな…」
「お疲れ…、あんたにしては上出来だったわよ」
「○○、○○!!」
躊躇いなく千春たちに魔法少女の力を使おうとした所から見ても、これが鈴美に取って必要な事ではあったと確信は持てる。
仮に此処で鈴美の暴走を止めていなければ、彼女は何時かその力で誰かを傷つけていたかもしれない。
しかし父親と母親の名前を呟きながら、千春の目の前で気絶する少女の姿は非常に哀れだった。
勝利の達成感などある筈も無く、幼い子供を倒した罪悪感が千春の胸を襲う。
そんな千春の心情を慮ったのか、朱美とシロはそれぞれ戦いを終えたヒーローを励ました。




