4-4.
それは話の流れを変える意味もあったし、千春自身が聞ける相手が居れば聞きたい話でもあった。
趣味人特有の熱が入った会話を遮るために、少し声を張りながら千春は魔法少女研究会に対して新たな疑問を投げかける。
「…話の最中に悪いに悪いけど、一つ聞き忘れたことがあった。 あんたたちはゲームマスターの存在を信じているか?」
「ゲームマスター、魔法少女の管理者のことだね? そのような存在が居る事は、我々も認識している。 存在が確認された訳では無いが、沢山の状況証拠がそれを証明しているからね」
「例えば何だ? 無断で投稿されている俺の動画や、魔法少女の悪評が出ないように情報操作していることは分かっている。
それ以外にゲームマスターが関与していることはあるのか?」
これまで数々のゲームマスターと思われる、魔法少女関連の作為的な操作が行われていることは確かだ。
撮影された覚えのない動画が投稿されて、それを呼び水として千春は魔法少女絡みのトラブルバスターに仕立てられた。
今の千春の状況はゲームマスターが作った物と言ってよく、それがどれほどの影響力を持つ存在なのかは興味がある。
仮にも魔法少女の研究会を名乗っている彼らがゲームマスターの事を調べていない訳も無く、即座にこれまでの研究成果を披露した。
「まずは前提として、魔法少女やモルドンと隣り合わせの日常を全ての人間が受け入れている今の状況自体が異常だろう。
魔法少女やモルドンは基本的には罪に問われない、アンタッチャブルな存在になっている。 モルドンに家を破壊されても住民は恨みこそすれども納得し、魔法少女との戦いの余波で同じことになっても同様だ」
「やっぱり魔法少女なら仕方ないと思われている現状は、自然にそうなったからでは無くゲームマスターの影響だよな…」
魔法少女が誕生してから早10年、世間はモルドンと戦う彼女たちの存在を受け入れていた。
モルドンによる被害を災害と同じ物だと認識して、魔法少女が戦闘時に間接的に起こす被害も同様の扱いとしている。
被害にあった人の中には、魔法少女を相手に訴えを起こすような人間が出てきてもおかしくはないが、現実はそうはなっていない。
例えば少し前の小学生魔法少女たちの喧嘩の余波で、無関係な近隣住民が被害を受けた件があった。
冷静に考えれば加害者である魔法少女たちの保護者へ、何らかの賠償を求めるのが筋だろう。
しかし住民たちは彼女たちへ怒りを感じてはいたが、修繕費などを請求するという発想までは出て来ない。
流石に有情 慧が行ったようなあからさまな犯罪行為であれば話は別だが、そうでなければ魔法少女が罪に問われることは殆ど無い。
魔法少女が起こした被害だから仕方ないと言う不可思議な共通認識があってこそ、この世界で魔法少女という存在が上手く回っていると言っていい。
人々に魔法少女たちに取って都合の良い認識を植え付けて、彼女たちが活躍する場を整えた者が居る事は確かなのだ。
「ただし少なくとも魔法少女に対する認識操作は、最初からでは無かった筈だ。 そうでなければ、スィート・ストロベリーの悲惨な事件は起きなかった…。
その事実からも、矢城さんが言うゲームマスターが万能の存在では無い事を証明している」
「ああ、そういう見方もあるのね…。 確かに何でも出来るなら、千春に問題を起こした魔法少女の対処なんて任せる必要は無いもの」
魔法少女研究会がただの趣味人の集まりでは無いと言うかのように、会長の浅田はゲームマスターについて鋭い考察を述べる。
ゲームマスターが居るにも関わらず、最初の魔法少女であるスィート・ストロベリーが世間から叩かれて姿を消す羽目になった。
これ以降にスウィート・ストロベリーと同様の事件が起きてない事から、この時を境にゲームマスターの新たな介入があった可能性が高い。
しかしスウィート・ストロベリーが世間から攻撃された過去は変えられず、魔法少女を愛するゲームマスターとして苦い失敗と言えるかもしれない。
「よく考えて見たらこの前のホープの件も、関係者全員がお咎めなしなのはおかしいよな。
ホープを庇って被害を広げたマジゴロウは、精々マジマジのチャンネルが炎上して活動自粛に追いこまれたくらいだからな。 世間から完全に姿を消す必要がある程に追い詰められた、スウィート・ストロベリーに比べたら軽過ぎるペナルティだ」
「ホープを生み出した魔法少女もね。 ゲームマスター様の保護が無ければ、顔と名前と住所を暴かれてスウィート・ストロベリーの二の舞になっていた筈よ」
使い魔を捨てた身勝手な魔法少女、モルドンと化した使い魔を庇って被害を広げた魔法少女。
前回のホープの一件が動画に投稿された時、彼女たちの行動についての批判が溢れかえっていた。
しかし逆を言えばあれだけの被害を引き起こした魔法少女たちへの非難が、その程度で済んでいるのである。
そして一番恐ろしいことはこの事実を改めて考え始めるまで、千春たちは現状の異常さに全く気付いていなかったのだ。
魔法少女と言う存在が日常に浸食している世界、その歪みの一端を千春たちは垣間見ていた。
ゲームマスターは全知全能の存在では無いが、世界の常識をゆがめる程の規格外の力を持った存在である事は間違いない。
その影響力の一端を占める面白い例があると、会長の浅田は実に楽しそうに新しい話を続ける。
「ああ、そういえば矢城さんの言うゲームマスターの影響は、面白い所にも発生しているよね。 殆どの魔法少女の能力はネタ元となる作品が存在するが、その権利を所有する企業から無断使用に関する訴えを殆ど起こされてないんだ。
その手の権利には五月蠅いあの海外の企業でさえ、魔法少女たちが自分たちの財産を無断借用している事実を黙認している」
「確かに魔法少女なんて言っても、基本は何かのパクリだからな…。 ていうか、俺の"マスクドナイト"もまさにそうだし…」
魔法少女となった少女たちは、その力を源に自身が真に望んだ能力を形作る。
残念ながら十代の少女が完全にオリジナルの能力を作り出せる筈もなく、それは何かしらの影響を受けてしまう。
アニメ・特撮、漫画、小説、魔法少女たちは様々な媒体を通して得たインスピレーションを元に魔法少女としての能力を作り出すのだ。
しかしこれらの能力の大本は大抵は企業などが管理している財産であり、魔法少女たちは無断でそれを借用していると言っていい。
浅田は魔法少女たちが企業から無断借用に関する訴えを起されない理由も、ゲームマスターの活躍によるものだと考えているらしい。
「個人でひっそりと活動しているならまだしも、マジマジを通して不特定多数の前に出てきている魔法少女たちは明らかにアウトだ。 千春さんも"マスクドナイト"なんて名前で活動していて、今まで何も言われて来なかった事を不思議に思わなかったかい?
魔法少女の行動が滅多に罪にならない事と同じく、魔法少女の権利侵害もそういうものだと見逃されているんだよ」
「その辺も魔法少女関連の常識って事で、刷り込まれているんでしょうね…。 うわっ、よく考えてみると色々な所に手が回っているな」
権利関係の問題で魔法少女に委縮されたくなかったのか、ゲームマスターはその辺りもしっかりフォローしていた。
そのお陰で千春が"マスクドナイト"などと言う企業に商標登録されている名前を勝手に名乗っても、今まで公式の関係者から見逃されていたようだ。
確かに魔法少女を現実世界に定着させるには必要な対応かもしれないが、そこまでして魔法少女に拘る理由は一体何なのか。
「あれ…、確か前に企業から訴えられた魔法少女が居ませんでしたか? あなたちの説が正しければ、そんなことは起きない筈では…」
「ああ、あれは無断でグッズ展開して利益展開しようとしたパターン。 どうやら金儲けに走ると、ゲームマスターの恩恵が無くなるらしい」
「金銭絡みはNGなのね。 魔法少女は清く正しい存在で居ろって事か、その辺りは拘りなのかな…」
「多分、根っこの所は此処の連中と同類なんでしょう。 魔法少女って存在に幻想を抱いているのよ…」
ただし流石にそこにお金が絡むと話は別なようで、魔法少女の金銭絡みのトラブルの話は千春も耳にしたことがある。
収益化のシステムが全くないマジマジで活動するだけなら問題無いが、そこから飛び出して金儲けを企むのはゲームマスターとしてはNGらしい。
そこまで期待した訳では無かったが、魔法少女研究会は予想以上にゲームマスターの影響について調べていたようだ。
今の浅田たちの姿は先ほどまでヒロイン談義で騒いでいた面影はなく、まさに真面目な研究会と言った感じである。
どうしてこれを最後まで維持できなかったのかと、朱美は内心で彼らの残念さに落胆していた。
ゲームマスターに関する見解を一通り聞いた後、とりあえず千春は魔法少女研究会の面々から解放された。
例の家庭内暴君となった魔法少女の元まで案内して貰う段取りを決めて、千春たちはサークル棟を後にする。
あの魔法少女研究会に居た時間だけでお腹一杯な気分だが、やはり自分に縁が無かった大学という空間には興味があった。
最初の話の通り千春はシロと共に、朱美の案内の元で構内を軽く案内して貰うことにした。
「やっぱり大学生は気楽そうだよな。 あの研究会の連中も、ある意味では大学生活をエンジョイしているようだし…」
「○○○○、○○!!」
「もう少し真面目に勉強してれば、あんたも大学生だったのにね…。 まあ、バカ春には家の大学は無理だろうけど…」
自分と同学年の若者たちが集う大学の雰囲気は、外の世界では味わえない独特の物だ。
千春は腕に抱えたシロと共に、物珍し気に大学構内の風景を楽しんでいた。
母親との折り合いが悪かった千春は、半ば当てつけのように大学受験に失敗して家を出てしまった。
もしあの時にもう少しだけ頑張っていれば、此処は無理でももう少し下のランクの大学で大学生活をエンジョイ出来たかもしれない。
「まあいいさ…。 大学生にはなれなかったが、変身ヒーローにはなったしな。 それより腹減ったよ、大学だから学生食堂とかも有るんだろう? 飯でも食おうぜ!!」
「家の学食、、あんまり美味しく無いわよ。 安くて量が多くて味は今一、まさしく学生食堂って感じの場所だから…」
「それがいいんじゃ無いか! 早く行くぞ、朱美!!」
「はいはい、慌てるんじゃ無いの。 ほら、こっちよ…」
今更後悔しても始まらず、今の自分はマスクドナイトNIOHという先の見えない道を進んでいる。
舗装された大学生という道も悪くないかもしれないが、男としては変身ヒーローというロマンを追い続ける道も悪くは無いだろう。
そんな後悔よりは学食への興味が強い千春は、朱美と共に大学の学生食堂へと向かって行った。




