3-15.
白奈に私生活が丸見えだった事へのショックから立ち直った千春は、先ほどまでの醜態を誤魔化すように咳払いをする。
元凶である癖に私は関係ないと言う表情で、悶える千春の様子を見ていた白奈に対して言いたい事が無い訳では無い。
しかしその件を話題に出すと大人に有るまじき言葉出るかもしれないので、とりあえず感情に蓋をして別の疑問を投げかけた。
「…話を戻すぞ。 白奈、君がシロを作り出した理由は分かった。 だから聞きたい、どうして君は俺を選んだんだ?」
「ふふふ、一目惚れとでも言っておきますか」
「おいおい、冗談をよしてくれ!?」
ぬいぐるみ風のファンシーな見た目は兎も角、無骨なバイクに合体するというシロの能力は華やかな魔法少女には似合わない物だ。
シロの能力は魔法少女では無く、千春の好む特撮系の番組に出てきそうな代物だろう。
そんなシロがまさに特撮ヒーローというべき、マスクドナイトNIOHこと千春の元に来たのは本当に偶然なのか。
千春としても内心では自分に取って都合の良すぎる能力を持ったシロと出会ったことを、それなりに不審に思っていた。
偶然では無いとすればこの出会いは必然であり、シロはマスクドナイトNIOHのために作り出された能力であることになる。
そして白奈の反応を見る限りでは千春の予想通り、シロは偶然では無く必然的にあのような能力となったようだ。
肝心の動機について白奈は一目惚れなどと言う言葉で逃げようとするが、その表情からそれが戯言であることは明白だった。
「あら、失礼ですよ、千春さん。 まあ一目惚れは言い過ぎですけど、私があなたを気に入ったのは事実です。
それに…、折角なら同性では無く男の人と仲良くなりたかったですから…」
「ははは、光栄だと言うべきなのかな…。 まあ君がシロを俺の所に寄越した理由は分かったよ…」
生まれた時から今のような生活を続けている白奈に取って、関りのある異性などは身内か医者くらいしか居ない。
白菜は女の子らしい好奇心から同性の魔法少女では無く、異性である千春へ自身の分身を預けるという冒険をしたようだ。
先ほどの一目惚れよりは説得力のある理由に、とりあえず千春は納得をして見せる。
「それにしても、良くそんな無茶な決断をしたよな。 あの頃はまだ、マスクドナイトNIOHとして活動を始めたばかりで知名度もそんなに高くなっただろう? 何処で俺たちの事を聞いたんだ?
「私は基本的に暇人なんですよ。 あの頃は魔法少女の力に目覚めた事もあって、情報収集のためにマジマジを巡回してましたから。 それに…」
「それに?」
「山下さんから勧められたんですよ、NIOHチャンネルの動画をね。 そもそもあの人が、私にマジマジのことを色々と教えてくれたんですよ」
「し、白奈さん!!」
千春たちの話に入る事無く入り口付近でこちらを見守っていた看護師が、唐突に自分の名前が話題にあがった事に対して慌てだす。
白奈の話が本当ならばこの看護師を経由して彼女は千春たちの事を知ったらしく、真面目そうな白衣の天使は意外な趣味を持っていたようだ。
白奈と山下という名前らしい看護師には気安い雰囲気があり、病院生活が長い彼女に取っては身内も同然なのだろう。
その後も白奈は山下がNIOHチャンネルを欠かさず見ているファンと暴露して、看護師の意外な一面を披露してくれた。
白奈とシロの関係や彼女がシロを千春の元に寄越した理由などは、これまでの話で凡そ理解出来た。
恐らく白奈は自身の正体を墓まで持っていく気は無く、何処かのタイミングで打ち明ける気があったのだろう。
しかし疑問が一つある、何故白奈はよりによって今のタイミングで千春に秘密を明かしたのか。
年齢に不相応な大人びた喋り方しているこの少女が、此処で千春の前に姿を現した事で起きる未来を想像出来ないとは思えない。
「…シロを通して今の俺の状況は把握しているだろうに、どうして今なんだ? 確かにホープの一件でシロの生みの親である魔法少女の話も出たし、此処で正体を明かすのもありかもしれない。 けれどもそれだと君は…」
「ふふふ、勿論分かっていますよ。 だから無理を言って病院着から着替えさせて貰って、こうして精一杯お洒落をしているんじゃ無いですか? 似合ってますか、千春さん?」
「ああ、お姫様みたいだよ…、白奈」
「お上手ですね、千春さん。 大丈夫ですよ、ちゃんと分かってますから。 そのために山下さんだって、普段よりしっかりお化粧をしていて…」
「白奈さん!!」
千春の懸念に対して白奈は至極あっさりと、全てを承知の上でこの対面を演出したと語る。
本人だけ無く看護師の山下の方も承知であるならば、千春からこれ以上いう事は何も無いう。
普段は簡素な病院着しか来ていない白奈としては、今のように可愛らしい衣装を着ていることはとても嬉しいのだろう。
白奈は楽し気に自分のお洒落について語り、それに対して千春は空気を読んで褒めてあげる。
病室の中で千春と白奈は、時折に山下を巻き込みながら楽しい会話を行っていた。
「ふふふっ…っ!? うっ…」
「おいっ、どうした…」
「白奈さん、大丈夫ですか! はしゃぎすぎですよ、落ち着いて…」
しかし病室内の明るい雰囲気は、白奈が突如胸を抑えながら苦しみ始めたことで一変する。
看護師の山下はすぐにプロらしく顔を引き締めながら、ベッドに駆け寄って白菜の看病をした。
結局、本日の白奈の見舞いはドクターストップによって中止となり、千春はそのまま病室から追い出されてしまう。
病室を追い出された千春は、本当にぬいぐるみにでもなったように微動だにしないシロを連れて病院を出ようとしていた。
シロの生みの親である魔法少女の白奈に会えたし、彼女から色々と話を聞けたので此処に来た目的は達成できただろう。
最後に病室の中で苦しみだす白奈の姿が千春の目に焼き付いて離れないが、今の自分では何も出来ない事は分かっている。
千春に出来る事があるとすれば、これからもシロを通して白奈に外の世界を見せてやることくらいである。
自分を無理やり納得させた千春はエレベータのスイッチを押そうとするが、それを遮る様に中年の男性が声を掛けてきたのだ。
「待ってくれ…。 君が矢城 千春くんだね? 少しいいかな、白奈のことで話があるんだ」
「あなたは…」
「父親だよ、あの子ね」
白奈の父親を名乗る男はきっちりとしたスーツに身に纏った、見るからに上流階級の人間であった。
そもそも白奈の豪華な病室だけ見ても、彼女の両親がそれなりの力を持った存在であることは察せされた。
何処か不機嫌そうな様子でこちらに話しかける白奈の父親を前に、千春は娘の件だけでもうお腹一杯だと内心で悲鳴をあげていた。
白奈の父親という予想外のエンカウントをした千春は、言われるがままに病院の敷地内にある駐車場まで来ていた。
自分に着いて来いと言って此処まで案内をしてきた父親は、最初の軽い自己紹介の会話以降は一言も喋らないでいた。
元々無口な人間なのか千春と世間話すらしたくないのか、後者では無い事を願いながら千春は恐る恐る後ろに続く事しか出来ない。
そして白奈の父親と千春は、駐車場の一角に置かれていた二輪車両の前で足を止めた。
「…これを君にやろう」
「えっ…、これは…」
「君の新しいバイクだ、前のは壊れたんだろう? 必要な書類は、後で君の家に送っておくよ」
それはシロと合体した状態のマシンを思わせる、白のカラーをベースにシロの翼を思わせるデザインが描かれた大型バイクであった。
元は千春が前に乗っていたバイクと同じメーカーの製品であるようだが、この塗装は完全にシロをイメージしたオリジナルの物だろう。
あろうことか白奈の父親はオリジナルデザインを施したピカピカのバイクを、今日初めて会った千春にくれると言うのだ。
先日愛車を失った千春に取っては夢のような申し出ではあるが、美味しい話には裏があるという事も考えられる。
流石にはいそうですかとバイクを受けてれないのか、千春はバイクに触れる事無く白菜の父親を警戒していた。
「…いきなりこんな話をして困惑するのは分かるが、これは娘のお礼だと思ってくれればいい。 君の所にその子を預けてから、娘は毎日楽しそうでね。 あの子に笑顔を取り戻してくれたのなら、この位は安い物さ」
「…俺が前のバイクを失ったのは数日前です。 こんな短期間で、よくこれだけの物を用意できましたね?」
「実は君のバイクのことは、前々から娘におねだりされていてね。 そのバイクも少し前には準備が出来ていて、渡す方法を悩んでいた所なんだ。
それにこのバイクは、娘の分身を守る鎧でもある。 父親としては、出来るだけしっかりした物を使って欲しくてね…。」
父親に千春の新しいバイクをおねだりする娘が娘なら、それを聞い入れて本当にバイクを用意する父親も父親である。
どうやらあの病室と言い、白奈の家はバイク一台を用意することなど造作も無い程に裕福らしい。
何でもないように千春にバイクを渡そうとする父親の様子には裏は読み取れず、本当にこれは単なるプレゼントであるらしい。
本音としてはこのピカピカのバイクに乗ってみたい千春は、誘惑に負けて恐る恐るバイクへと近づいていく。
「君に一つだけお願いある。 娘の分身であるその子を守ってくれ、普通の子と違って娘には…、その…」
「分かってます、絶対にシロはノックアウトさせません。 俺が命に代えても守って見せます」
「すまない、娘を頼むよ…」
魔法少女の力の源であるクリスタルが破壊された時、その反動によって魔法少女は強く打ちのめされてしまう。
場合によって気絶する事もあり得るノックアウトの現象は、当然ながらシロと白奈の間でも起こりうることだ。
病室で苦しむ白奈の様子を見る限り、病弱な彼女の体にはノックアウトの衝撃は危険すぎる。
白奈の父親としては出来れば、マスクドナイトNIOHとして活動している事で危険と隣り合わせである千春にシロを預けたくは無いのだろう。
しかし白奈自身がそれを望んでおり、尚且つ病室での生活を強いられる娘の楽しむを奪うような残酷な真似は出来なかったらしい。
この父親に出来る事は千春にシロ用の頑丈なバイクを預けて、シロを守ってくれるように願う事しか出来ない。
千春に対して不機嫌そうにしていた事も、娘の分身を千春のような若造に預けるのに本心では納得していないからだろう。
その思いを察した千春は未だに動き出さないシロを抱えながら、力を尽くすと硬く誓うのだった。
白奈の父親からキーを受け取った千春は、掛けてあったヘルメットを被ってニューマシンへと跨ろうとする。
しかしその瞬間に復活したらしいシロが鞄から飛び出して、早速新しいバイクへと合体したのだ。
「お、起きたか、シロ! さて、お嬢様。 これから一緒にドライブと洒落込みますか…、なんてな」
「○○○○○○!!」
「よーし、行くかシロ! 色々とありがとうございました、俺はこれで失礼します」
千春が冗談めかしにシロを誘い、シロは同意を示す様にバイクと一体化している体を揺らす。
それを受けた千春は駐車場の白菜の父親に声を掛けて、新しいバイクと相棒と共に病院を後にした。
これで3話目は終わりです、ホープの話だけでなく最後にシロの話のぶっこんだの結構長い話になってしまいました。
次は箸休めも兼ねて、もうちょっと軽く短い話にしようと思います。
遅くとも明後日から四話目を開始するので、よろしく。
では。




