3-14.
愛車という犠牲を払いながらも何とかモルドン化したホープを倒した千春は、無事に自宅のアパートに帰ってこれた。
公共交通機関での帰宅は千春の財布にも少なくないダメージを与えたようで、その表情は見るからに憂鬱そうである。
ホープを倒したという達成感と失った物の喪失感が入り混じる千春は、もう終わった事だと無理やり納得しながら布団へと直行した。
しかし残念ながら魔法少女の使い魔を巡る一件は、まだ終わりを迎えていなかったらしい。
帰宅した翌日の昼頃に目覚めた千春は、何時の間にかシロの体に結わえられた封筒を見てその事を理解させされる。
「これは…、前にシロの魔法少女が寄こした手紙と同じ物か? お前、俺が寝ている間に里帰りでもしたのかよ…」
「○○…、○○!!」
「分かった、分かった、今読むから。 全く、また魔法少女絡みの面倒ごとじゃ無いだろうな…。 ん、これは?」
どうやらシロは夜の間に生みの親である魔法少女と接触していたらしく、それは以前に受け取った封筒と全く同じ代物だった。
千春はホープの件が片付いた直後に寄越された手紙の怪しさに警戒するが、急かしてくるシロに押されて渋々と封筒を開いた。
その中には一枚の短い内容の手紙が入っており、千春はすぐにその内容を読み取る。
しかしそこには余程意外な内容が書いてあったのか、千春は信じられない物を見たような表情を浮かべていた。
千春がシロの魔法少女からの便りを貰った翌日、彼はとある病院の前まで来ていた。
比較的新しい市立病院である建物はピカピカに輝いており、看板が無ければリゾートホテルか何かと疑ったかもしれない。
普段は市民病院にしか縁の無い庶民である千春には場違いな場所だったので、千春はその雰囲気に気圧されて入るのを躊躇ってしまう。
しかし千春の葛藤を感じ取ったシロが鞄の中で暴れまわり、それを受けた千春は意を決して病院の入り口へと向かって行く。
「あのー…、俺は矢城 千春です。 此処で名前を出せばいいって聞いたんですけど…」
「伺っております。 矢城様ですね、担当の者が病室まで案内いたします」
「ああ、やっぱりそうなのか…」
白衣の人間たちと品の良さそうな爺様婆様が居るロビーを通って、受付の前まで来た千春は恐る恐る話しかける。
手紙に書いてあった通りに自身の名前を出した千春は、これが悪戯で無い事を内心で祈っていた。
千春の祈りが通じたらしく受付の女性は自身の名前を受けて、すぐに案内の人間を呼んでくれる。
これでシロの手紙が本物であることが判明し、必然的にその魔法少女の状態を察する事が出来た。
一体どんな顔をしてその魔法少女に会えばいいのか分からず、千春の内心は帰りたい気持ちで一杯になる。
「こんにちは、矢城さん。 案内しますので、着いて来てください」
「あの…、俺を呼んだ子は一体どんな…」
「ふふふ、会えば分かりますよ」
受付の前に現れた若い看護師に着いて行き、千春はその魔法少女が居るであろう病室へと向かう。
その道中で千春は待ち受ける人物の情報収集を試みるが、口止めでもされているのか看護師は何も語ろうとしない。
加えて看護師は案内をしながら千春の様子をチラチラと伺っており、何処か不自然な印象を受けた。
そのまま千春は怪しい看護師に連れられて病院の最上階まで上がり、病室とは思えない綺麗な扉の前まで辿り着いた。
「では、矢城さん。 どうぞ」
「は、はい…」
看護師の手で扉が開かれて、千春は若干緊張しながら病室の中へと入って行く。
その病室はこれまたホテルのスィートルームと言えそうな、広く綺麗な病室だった。
明らかに庶民には縁がない高級病室のベッドの上で、上半身だけを起こした少女が千春を出迎える。
病室暮らしが長いのか少女の線は細く、その顔色は怖いほどに白く儚い印象を千春に与えた。
千春を出迎えるために着替えたのか来ているのは簡素な病院着では無く、白色のドレスのような私服を着ている。
年齢的にはまだ小学校に通っている頃合いだろうが、この様子ではまともに学校に通えてはいないのだろう。
「はじめまして、マスクドナイトNIOHさん。 来てくれて本当に嬉しいです」
「俺も会えて嬉しいよ…。 君がこいつを生み出した…」
「はい、私があなたが"シロ"と呼ぶ物を生み出した魔法少女です。 千春さんって、呼んでもいいですよね?」
千春は鞄に入れていたシロを取り出して、ベッドの上に座る少女の前に差し出す。
それを受け取りながら少女は、至極あっさりと自分がシロを生み出した魔法少女であると明かした。
そもそもシロが寄こした手紙に導かれて出会った人間が、シロとは無関係である筈は無い。
まるで借りてきた猫のように全く動かないシロを両腕で抱えながら、少女は千春に向けて笑みを零した。
白奈、それが千春がシロと名付けたこの犬のぬいぐるみもどきを生み出した魔法少女の名前だった。
図らずも千春はシロのことを、生みの親である少女に近い名前で呼んでいたらしい。
この白奈という少女は病室内での様子から半ば予想はしていたが、人生の殆どを病院で過ごしていると言う。
本人が深く語らず千春もあえて追及しなかったので、具体的に彼女がどんな難病であるかは分からない。
少なくとも今後快方に向かう希望は持てない類の病状らしく、白奈はこれからも豪華な病室での生活を強いられるようだ。
「…何で魔法少女の力で、自分の病気を治さなかったんだ?」
「魔法少女の力はその持ち主が真に思い描いた物しか形にできませんし、決して万能の力ではありません。 私はこの体と長く付き合い過ぎたんです、もう健康な体になった自分を思い描けないほどに…。
きっと私ではこの病気を治す力は作り出せない、だから魔法少女の力はもっと有意義なことに使ったんです」
「それは…」
恐らく白奈は今のような千春の疑問を受ける事は予想していたらしく、至極あっさりと事前に準備していた回答を提示する。
一人一人の魔法少女に与えられるリソースには限度があり、傷を治す力くらいなら再現できるか死者蘇生のような神の如き御業は決して出来ない。
そして魔法少女の力を形にする白奈自身が病を克服できると心の底から信じられなければ、生み出される力は白奈を救う形にはならない。
魔法少女の力を持ってしても健康になれないと言う白奈自身の現状の告白に、千春は何も言えずに絶句してしまう。
「だから君はシロを作り出したんだな…。 自由に動き回れる自分に代わって、世界を見て回れる存在として…。
なあ、もしかしてこいつは本当は使い魔じゃ無くて、君が操って…」
「ふふふ、それは分かりませんよ。 私がこの子を通してこの病室の外を見ているのは事実ですが、だからと言ってこの子が居ないと言う話にはなりません。
ねぇー、シロちゃん!!」
「○○!!」
魔法少女の力で自身の体を治せないならば、白奈がシロという存在を作り出した理由は予想が出来る。
病室から出る事の出来ない自分の代わりに外で活動できる端末を用意するのは、漫画などの創作物の世界ではよく有る話だ。
そしてシロが白奈の分身として生み出された場合、もしかしたらシロ自身が彼女では無いかと疑うのも当然の流れであろう。
その場合だとシロはガロロやリューのような使い魔では無く、裏が白奈で操っているだけの文字通りの操り人形であることになる。
しかし千春の問いに対して白奈ははぐらかすように、目の前で手に持ったシロと会話をして見せた。
残念ながらその光景には腹話術でも見せられているような違和感があり、千春は白奈の言葉を鵜呑みにすることは出来ない。
「…とりあえずこいつの目の前で、着替えとかするのはもう止めとくよ」
「ええ、色々と興味深かったのに!? 私は全然気にしませんから、出来れば今まで通り…」
「やっぱり覗いていたのかよ! ああ、よく考えたらシロの前で色々とやったぞ、俺は…」
シロが自意識を持つ使い魔なのか、白奈がラジコン操作する端末であるかどうかは分からない。
少なくとも白奈がシロを通して、この病室の世界を見ていることは確実であろう。
そして此処暫くシロと寝食を共にしてきた千春のプライベートも、白奈には筒抜けであった事になる。
年下の異性である白奈に男の一人暮らし風景を絶賛配信していた事を理解した千春は、羞恥から手で顔を覆いながら病室の中で膝を付くのだった。




