3-13.
マスクドナイトNIOHの身体能力を最大限に活用した跳び蹴りは、千春より二回りは大きい巨体であるホープの額へと達した。
千春の一撃は漆黒に染まったクリスタルを破壊するには十分過ぎる威力があり、そのままホープの体は後頭部から地面へ叩きつけられる。
倒れる勢いで足を貫いていたヴァジュラの刃も外れてしまい、ホープは駐車場の中に大の字になっていた。
二つ目のクリスタルを持っていた渡りのモルドンの事もあるので、着地した千春はヴァジュラを回収しながらもホープから視線を外さない。
しかしどうやら千春の考えすぎだったようで、クリスタルが破壊されたホープの体はすぐに崩れ始めていた。
「モルドンの最後か…。 多分、クリスタルも治らないんだろうな。 さて、シロの奴を助けにいかないと…」
「…シロちゃんなら此処に居ますよ、NIOHさん」
「……〇〇」
「☆☆☆!!」
「マジゴロウっ!? どうして此処に…」
ホープが完全に倒されたことを確認した千春はヴァジュラを腰に仕舞って、先ほどやられてしまったシロの救助へと向かう。
しかしシロの事故現場へと駆けようとする千春へ、それに待ったを掛ける少女が居た。
そこには巨大な狼型の使い魔を従えた魔法少女、マジゴロウこと真美子が立っていたでは無いか。
真美子の使い魔であるガロロの頭の上には、犬のぬいぐるみのような造形の使い魔がぐったりと乗っかっている。
どうやらシロはこの魔法少女と使い魔の主従に既に助けられたらしく、千春の見た所では体に別条は無さそうだ。
「これだけの騒ぎを起こしたら、嫌でも耳に入りますよ…。 ホープちゃんを倒したんですね…」
「ああ、やっぱりあいつは完全なモルドンになっていた。 もう倒す以外には方法は無かっただろうよ…」
「分かっています、私が間違っていたって事は…。 ホープちゃん、本当にごめんなさい…」
駐車場の車両を何台もスクラップにした上、爆発による炎を撒き散らしていた此処の惨状を隠せる筈も無い。
同じ街の中で彷徨っていたマジゴロウはこの騒ぎを聞きつけて、遅まきながらこの駐車場へと辿り着いたのだろう。
あの住宅街の被害と同じく、この駐車場の有様も元を辿れば真美子の我儘が引き起こした物だ。
改めて自身の罪を突き付けられた真美子は、溢れてくる涙を手で拭き取りながらホープだった物の最後を看取ろうとしていた。
クリスタルを失ったモルドンの体は一分と持たずに消滅して、唯一残る黒いクリスタルも一晩と持たずに消える運命だ。
魔法少女であった美香によって生み出されて、哀れにも生みの親から捨てられてしまい、不幸な偶然が重なったことで自身をモルドンとしてしまったホープ。
その波乱に満ち溢れた使い魔は、千春と真美子に見守られながらその体を徐々に消滅させていく。
やがてホープであった残骸すら夜の闇に消えてしまい、そこには黒く変色したホープのクリスタルが残されるだけであった。
「…全部拾うのか? 多分意味は無いぞ?」
「それでもいいんです、万が一って事もあるかもしれないし…」
仮にホープが使い魔で有り続けていたならば残されたクリスタルの欠片は決して消滅せず、正しい手順を踏めば復活をする事すら可能だ。
しかし残念ながらモルドンのクリスタルは復活することなく、幾ら拾い集めようとそれが修復されること無く消えてしまう
千春だけでなく真美子自身も、此処からホープが復活するとは本心では考えていない筈だ。
それでも真美子は何もしてあげられなかったホープに対する償いとして、地面に転がる黒いクリスタルを拾おうとする。
感傷としか言えない真美子の行為であるが、残念ながら今の状況はそれさえも許してくれないらしい。
「…うわっ、熱!?。 此処は危険だ、さっさと非難するぞ! ガロロ、シロを頼む!!」
「待って、まだホープちゃんが…」
「☆☆☆☆っ!!」
未だに火の手が消えない駐車場の中に転がる車両が新たな爆発を起こし、その熱気と衝撃が千春たちまで到達した。
再び勢いを取り戻す炎を前に呑気にクリスタルを拾っている余裕が無い事は明白であり、千春は力尽くで真美子を連れて行こうとする。
変身している千春の力にか弱い少女が抗える筈も無く、そのまま持ち上げられた真美子は荷物のように運ばれてしまった。
ガロロも此処に居ては真美子が危険であると理解しているのか、千春の言う通りにシロを連れて着いて行くする。
千春たちはその場に落ちているホープのクリスタルを残して、炎上する危険な駐車場から脱出するのだった。
このような惨事にレスキューが来ない筈も無く、駐車場では地元の消防隊員たちが必死に消火活動を行っていた。
恐らく隊員たちはこの近くで、危険なモルドンが排除されるまで待機していたのだろう。
変身を解いた千春はシロを抱えながら真美子と小型犬サイズになったガロロと共に、他の野次馬たちに混ざって駐車場の様子を眺めている。
駐車場にはシロが合体していた千春のバイクも残しているのだが、あの様子では愛車の生存は絶望的だろう。
そもそもホープの投げた車両と正面衝突した時点でバイクが大破している事は明白であり、仮に回収できたとしても廃車コースは間違いない。
「あーあ、俺のバイクがとうとうお亡くなりになったか…。 まあ、此処まで頑張ってくれた事には感謝するよ」
「ホープちゃん…」
シロと合体した状態で運用していたとは言え、千春のバイクは何の変哲もない中古バイクでしか無い。
そんな平凡なマシンでモルドンとの戦いを今日までやってこれた事を、千春は感謝するべきなのかもしれない。
しかしコツコツとバイト代を貯めて手に入れた愛車の死亡はやはり堪えるらしく、悲し気な表情を浮かべていた。
その隣で真美子は掌にあるホープのクリスタルの一部を見ながら、ぼつぼつと自身のことを語り始める。
「私、昔から友達が殆ど居ないんです。 私の一番の友達はガロロ、その他の友達はガロロと同じ沢山の使い魔たち…。
美香さんとは正反対ですよね。 あの人は未だに使い魔しか友達が居ない私の事を、心底馬鹿にしてました…」
「…人それぞれだよ」
残念ながら魔法少女であり続けると言うことは、世間一般の常識から背を向けながら生きていることになる。
美香は魔法少女であることを捨てたことで、友人に恵まれたごく普通の女子高生としての日常を手に入れた。
未だに魔法少女であり続ける真美子は、自身が世間から浮いた存在であることを自覚していた。
「これを美香さんに届けようと思ったんですけど、多分受け取ってくれませんよね。 あの人に取って魔法少女やホープのことは、捨てた過去なのだから」
「一応ホープのことは彼女なり後悔しているようだったよ…。 まあ、俺もそれを受け取らないとは思うけど…」
美香がホープを捨てた行為を悔いている事は確かだが、それが彼女が魔法少女であることを受け入れた事にはならない。
魔法少女であった過去を捨てたい美香が、その名残であるホープのクリスタルを手元に置く筈も無いのだ。
どちらにしろ完全なモルドンとなったホープのクリスタルは、数時間後にはこの世から消えてしまう。
それは美香の魔法少女としての証が消える事を意味しており、彼女は望み通り真の一般人となるのだろう。
「NIOHさんなら絶対にしないと思うけど、最後に一つだけお願いがあります。 シロちゃんのことを絶対に捨てないでください、ホープちゃんの二の舞だけは絶対に…」
「正確には俺の物でも無いんだけどな…。 言われてなくても分かっている、こいつはこれからも俺の相棒だよ」
「○○…、○○!!」
今回の一件のそもそもの発端は、魔法少女を止めたい美香が愚かにも使い魔であるホープを捨てたことにあった。
真美子は千春に対してシロをホープと同じ目に合わせないでくれと懇願するが、正直言ってそれは筋違いな頼みである。
言うなればシロは既にホープと同じく魔法少女の監督下から離れた野良使い魔であり、千春との関係は単なる同居人でしか無い。
しかし千春に取ってシロは大事なパートナーであり、少なくとも自分から手放すことは無いと誓う。
それを聞いたシロは嬉しいのか、千春の腕の中で激しく顔を揺さぶって見せた。
「はぁ…、此処に残っても仕方ないし、そろそろ帰るか。 けど、バイクも無くなったしなー」
「ふふふ…、それなら私のガロロに乗っていきますか?」
「…いや、俺たちは大人しく電車とかで帰るよ」
行きの足として使用したバイクが無くなってしまい、千春は帰宅手段の無くなった状況である。。
それに対して真美子は冗談めかしにガロロの相乗りを提案するが、千春としては流石に狼の背に乗って帰りたくは無い。
結局公共交通機関という無難な選択肢を取った千春は、シロと共にホームへと帰還するのだった。




