3-8.
自身の使い魔に襲われた美香は、恐怖と戸惑いが入り混じった視線をホープに向けた。
やはりホープは自分を捨てた生みの親を恨んでいるのか、これはその復讐なのか。
罪悪感に苛まれて混乱する美香は、そのばで尻餅を突いたまま一歩も動くことが出来ない。
そんな生みの親に対して、ホープは容赦なく追撃の加えようと右腕の爪を振り下ろした。
「何やっているんだよ、変身っ!! うぉぉぉっ!!」
「■■■■っ!!」
「がぁぁぁ、重いぃぃ!!」
何時ものポーズを省略してAHの型へと変身したマスクドナイトNIOHこと千春は、美香を庇うためにホープの前で飛び出す。
そして両腕を十字に交差させて構えて、そのままホープの一撃を受け止めようとする。
相手は見るかにパワー自慢の熊型の使い魔であるが、こちらもパワー重視の赤い鎧のAHの型だ。
千春は予想以上に強烈なホープの一撃に仮面の下で苦悶の表情を浮かべながらも、どうにかその攻撃に耐えた。
「美香…、こっちに来なさい」
「ホープ、ホープが…」
「ホープちゃん、私たちはあなたを迎えに来たの! もう戦わなくていいのよ!!」
未だに呆然としている美香に駆け寄った母親は、そのまま娘と共にホープの元から離れていく。
真美子は千春と力比べをしている状況のホープに対して、大人しくしてくれと訴える。
しかし真美子の懸命な声も届かず、ホープは空いた左腕の方も振るってきたのだ。
「■■!!」
「うわっ、危ねぇ!!」
「どうして、どうしてよ…。 ホープちゃん…」
とりあえず美香が母親に連れられて避難してくれたので、千春がその場でホープを抑えておく必要は消えていた。
ホープの追撃を察した千春は、慌ててその場かから後退してその攻撃から逃れた。
攻撃を避けられたホープの敵意は未だに衰えていないようで、まるで獲物を品定めするかのように千春たちの姿を見渡す。
使い魔が人を襲うあり得ない事態が起きている状況が信じられないのか、真美子は涙目になりながらホープへと問いかけた。
千春は今回のホープに関する一件について、腑に落ちない点があった。
モルドンと誤認するように塗られた黒い塗装によって、今のホープの体は元の黄色では無く黒一色になっていると言う。
一般家庭の母親と娘が用意できた物なので、恐らくホームセンター辺りで購入された一般的な塗料が使用されたのだろう。
美香たちがホープに塗装を施してから数年以上経っており、今日までの間に普通の塗料で塗られた塗装が全く欠けてていないのはおかしいのだ。
本来であれば塗装欠けが起きて黒と黄色の斑模様の熊が出来上がる筈なのだが、現実には黒一色のモルドンと見紛うホープの姿がそこにある。
ちなみにこの推測は全て朱美からの受け売りであり、千春は塗装関係の問題には全く気付いていなかった事を明言しておこう。
「…やっぱり、こいつの体は黒く塗られているんじゃない。 モルドンと同じ黒い体になっているんだ!!」
「っ!? それじゃあ、ホープちゃんがモルドンになったと言うんですか! そんなことは…」
「使い魔がモルドンになる…、確か前に似たようなことが…」
先ほどの攻防でホープの体を間近で観察した千春は、謎であった塗装の真実を知ることができた。
理由は分からないがホープの体には既に黒の塗装が消えて無くなり、体自体がモルドンと同じ黒色と変化しているのである。
使い魔がモルドンに変異したとしか思えないあり得ない変異に、千春と真美子は戸惑いを隠すことが出来ない。
しかし千春はこのホープの変化について引っかかる物があり、それが何なのかか記憶を辿ろうとする。
「■■■■!!」
「くそっ、こっちは考え事をしているのに…。 おい、そこの母娘!! もしかしてだけど、こいつにモルドンのクリスタルを食うように命令したか?」
「クリスタルを食べる!? どうしてそんなことを…」
「前にやりあった渡りのモルドン、あいつは魔法少女のクリスタルを取り込むことで魔法少女の力を奪っていた。 その逆パターンが起きれば、使い魔がモルドン化するのもあり得るかと思ってな…」
残念ながら千春の考え事に付き合う義理はホープには存在せず、棒立ちとなっている獲物に向かって突進する。
数メートルもの体格を誇る巨大熊の体当たりなど、まともに喰らったら一撃でお陀仏だろう。
咄嗟に横に飛び退いて突進を回避した千春は、ホープの次の動きを注視しながら美香たちに問いかけを行う。
現状のホープの姿を見て千春の頭の中には、魔法少女のクリスタルを取り込むことで強化された渡りのモルドンの姿があった。
魔法少女のクリスタルを取り込むことでその能力を得られるのならば、それをモルドンに置き換えて可能では無いかと考えたらしい。
「えっ、私はそんなことは…」
「…あっ!」
「母さん、もしかして!?」
「ち、違うの。 私はホープちゃんが餓死するのは可哀そうだと思って、お腹が減ったらあの怪物を食べてもいいって言っただけで…」
「使い魔はご飯を食べなくても平気だって、前にも言ったじゃない。 それなのに母さんは律義にホープのご飯を用意して…」
美香の言う通り基本的には使い魔は厳密な生物では無いので、飲食をエネルギーとしている訳では無い。
実際にシロのような口が存在せず、飲食という行為自体を行えない使い魔も存在している。
しかしガロロやホープのように狼や熊などの生物を真似た使い魔は、食事の真似事は行うことが出来る。
どうやら美香の家では、魔法少女の常識について余り詳しくない母親がホープには不要な餌を定期的にやっていたらしい。
その流れでホープを捨てる際に母親は、ホープにはあり得ない飢えを凌ぐ方法を伝えていたようだ。
外敵として処理するモルドンであれば食べて問題無いという安易な発想から、彼女はホープへモルドンを摂取するように指示していたのである。
「モルドンを食べると言っても、連中の体はクリスタルが破壊されたらすぐに消滅する! 食べれる物と言ったら一つだけ…。 って、うわっ!!」
「■■■■っ、■■!!」
「クリスタルの欠片! 確かにあれだけは少し持った筈…、ならホープちゃんはモルドンのクリスタルを食べ続けてこうなったの?」
暴れまわるホープの相手に精一杯の千春に代わり、真美子が彼の語りかった推測を補完する。
自身の体に埋め込まれた黒いクリスタルを破壊されたモルドンは、一分と持たずにその体は消滅してしまう。
その場にはモルドンが居た痕跡として砕かれたクリスタルの欠片が残るだけであり、それも一晩と持たずに消えることになる。
しかし逆を言えばクリスタルならそれを食べる機会があり、母親の言いつけを律義に守ったホープはモルドンのクリスタルを取り込んでいた。
恐らく今回の話の切っ掛けとなったあの動画を撮影した時も、ホープは撮影者に気付かなければその場で残ったクリスタルの欠片を喰ったのだろう。
あの時は人目に付くなという指示に従ってホープは、クリスタルを残して撮影者の前から立ち去る事を優先したと思われる。
「こいつはもう使い魔じゃない、モルドンだ! 渡りの奴ほどの圧力は無いが、普通のモルドンより強い特別性のな…。
真美子、美香! 悪いがこいつは此処で倒させてもらうぞ!!」
「っ!? そんな…」
「ごめんなさい、ホープちゃん。 私が余計なこと言ったから…」
「ううん、悪いのは私だよ。 母さんのせいじゃ無いよ…」
渡りのモルドンを思わせる流れでモルドンと化したホープであるが、その実力は奴ほどでは無いらしい。
格上である魔法少女のクリスタルを取り込んだ渡りと、格下であるモルドンのクリスタルを取り込んだホープの差だろうか。
理屈はどうであれ今のホープは千春一人の力だけでも太刀打ち出来そうな、少し強いモルドンという程度だ。
生みの親であった美香さえも襲った今のホープを此処で逃がす訳にいかないと、千春はホープを倒すことを宣言する。
これまでホープの状況を観察するために受け身の姿勢であった千春は、この瞬間より始めて攻勢に出た。




