2-3.
魔法少女で無い千春がその感覚を体験することは生涯無いだろうが、それがどのような物であるかは調べることが出来た。
何しろ実際に魔法少女となった者たちの体験談などは、ネットを探れば幾らでも出てくるからだ。
所詮は便所の落書きと変わらないネットの情報ではあるのだが、複数の自称魔法少女がほぼ同じ体験を語れば信憑性は高まる。
曰く、それは何の兆候も無しに唐突に降りてくる物らしい。
食事をしているとき、学校に登校しているとき、お風呂に入っているとき、彼女たちは魔法少女の力に目覚めるのだ。
ちなみに千春の妹がそれに目覚めたタイミングは、部屋で趣味のスケッチをやっている時だったそうだ。
「これは…」
「はい、私の考えたオリジナルヒーローです! 自信作ですよ!!」
「これは…、マスクドシリーズのキャラか? けれども見覚えのないな、何か何処かで見た事あるような…」
「はい、前にお寺で見た仏像を参考にしました! あの時の仁王像が目に焼き付いて…」
「ああ、あの寺の仁王像か。 どうりで見覚えがある訳だ…」
千春から有料の動画配信サイトの登録と使い方を教わってから暫く経ち、いよいよ自分の力の使い方が決まったらしい彩雲が兄のアパートを訪れていた。
余り表情を顔に出すことが無い妹が珍しく自慢げな雰囲気を見せながら、兄に対してスケッチブックを差し出す。
勉強ばかりしている彩雲唯一の趣味である絵画、成績を維持することを条件に美術部に所属している妹の作品はそれなりの物であった。
流石に中学生の身で一からオリジナルの創作物を作り出せる筈も無く、それの原型は明らかにあの"マスクドナイト"であることが見て取れた。
しかし基本は"マスクドナイト"でありながら、彩雲のアレンジによって原型とは大きく印象が異なるヒーローがそこに居たのだ。
怒りを表す眉を思わせるアンテナと吊り上がった目、口の部分には"阿"と言っているかのような窪みが作られている。
まさにそれは近所の寺で見られる仁王像の姿であり、とても中学生とは思えない見事なデザインであろう。
「…おい、妹。 お前は一体、スマホでどんな作品を見たんだ?」
「はい、マスクドナイトはとても面白かったです!! 他のマスクドシリーズも…」
「なんでそっちなの!? 普通、魔法少女について勉強するならスウィートシリーズだろう!!」
可愛らしい変身少女が活躍するスウィートシリーズを参考に、こんな無骨な仁王様をデザインしたならば精神が病んでいるとしか思えない。
必然的に彩雲が参考にしたのはスウィートシリーズのそれでなく、長年スウィートシリーズと同じ時間帯で競っているマスクドシリーズであろう。
そして千春の想像通り、目の前の少女は何故か兄の思惑を無視してマスクドシリーズを視聴していたようだ。
「…切っ掛けは、前に兄さんの部屋に飾ってあった人形です」
「…ああ、そういえば昔ゲーセンで取ったマスクシリーズのフィギュアを飾ってたな…。
それでマスクドナイトに興味を持って、そのまま特撮ヒーロー沼に嵌ったのね…」
寺の仁王像やマスクドナイトに興味を持つところを見ると、意外にこの妹は千春と似たような感性を持っているのかもしれない。
スウィートシリーズを尻目にマスクドシリーズに手を出した妹は、それを参考にオリジナルのヒーローを作り出すほどに影響を受けていた。
「…ま、魔法少女って一言で言っても、何でもあるからな。
たしか此処までゴテゴテした奴はいないけど、鎧っぽい恰好の奴もいるし、いいんじゃないか」
「気に入ってもらったら、うれしいです。 では、さっそく兄さんにお渡ししますね」
「えっ、渡すって…」
マスクドシリーズに登場する変身者は殆どが男性であり、女性も居ないことは無いが大抵は脇役のポジションである。
必然的にマスクドシリーズを参考にした能力を作り出そうと思うならば、その力を使う人物は男性をイメージしてしまう。
マスクドシリーズの一つ、兄一押しのマスクドナイトと仁王像からインスピレーションを得て作り出した新しいヒーロー。
彩雲は素直にこのヒーローは自分が変身するのではなく、昔から自分を気遣ってくれている兄が変身する姿を想像してしまったのだ。
「…えっ、えっ!? この感じ、もしかして…」
「はい、鏡です」
「うわぁぁぁっ、本当に変身しているっぅぅぅぅ!!」
魔法少女の力は様々なものがあり、その一つとして譲渡系魔法少女と呼ばれる変則スタイルがある。
その名の通り魔法少女の力を武器か何かの形として、それをほかの人間に譲渡して使って貰っている者だ。
魔法少女の力は当人が真にそれを望むのならば譲渡可能であることは、過去の先例から既に証明されていた。
こうして彩雲が生み出したオリジナルのマスクドナイトとしの力は、兄である千春によって譲渡されたのである。
千春と彩雲、そして天羽が一堂に顔を合わせたあの日。
彼らは勇ましい仁王像に守られた門を通って、寺の境内に移動して話を始めた。
一応観光地として紹介される程度の規模である寺の敷地はそれなりに広く、ちらほらと参拝客が見える。
そんな中で千春たちは境内に設置された古ぼけたベンチに座り、あの力を得た経緯について説明していた。
「…とまあ、こんな流れで俺が妹の力を譲渡されたんだ。 後は偶然見つけた君を助けて、今に至ると…」
「ふーん…、何となく予想はしていたけど、お兄さんのあの力はこの子から貰った物なのね。
ねぇ、彩雲ちゃんでいいのよね? 不躾な質問だけど、もしかしてあなたは魔法少女の力を捨てたかったんじゃ無い?」
「っ!?」
「お、鋭いな。 多分、その辺の複雑な気持ちもあったことは確かだろうよ。 家の教育ママは厳しいことで有名でね…」
魔法少女の力を手に入れた少女たちが、全員が全員喜んだかと言えばそんな筈はない。
"マジマジ"などで自分の異能を積極的にアピールする層など全体の一部でしかなく、半数以上の魔法少女たちは己の存在を隠して活動しているのが現実だ。
魔法少女に目覚めるのは小・中学生程度の少女、まだ子供でしかない彼女たちには親の庇護は不可欠である。
家族が魔法少女という存在に理解を示してくれず、結果的に家庭崩壊してしまった悲惨な魔法少女がそれなりに居るらしい。
そして残念なことに千春と彩雲の母親も、娘の魔法少女の力を受け入れてくれる可能性が低いというのが彼ら兄妹の共通認識だった。
それ故に彩雲は最初に兄にのみ相談を持ち掛けて、何の未練もなく魔法少女の力を渡すことが出来たのだろう。
「少なくとも妹さんは、自分の力を周りに知られたくないのね。 ちなみにお兄さんはどうなの、やっぱり目立ちたくないって思っている?」
「…本音を言えば、少しだけ嬉しい気持ちはあった。 けど、だからと言って、無断で上げたことは許しては…」
「分かっている、もう勝手に動画なんて上げない。 これは絶対約束する……!
…けれど一つだけ聞いて、みんなが幸せになる良い提案を思いついたの!!」
「はぁ?」
今回の一件に関わっているのが千春だけであれば、このまま調子に乗って天羽と組んで動画投稿者として活躍する道を選んだかもしれない。
本来はお調子者と言っていい性格である千春は、人気者になりたいという天羽の気持ちが非常に理解出来た。
しかし千春の持つあの力は元を辿れば彼の妹の物であり、あれを世間に晒すということは妹を巻き込むことを意味する。
少なくとも彩雲は自分の魔法少女の力のことを誰かに、特に彼らの母親に知られることを望んでいない。
兄としては妹のそんな気持ちを鑑みて、これ以上の露出を避ける選択を取るしかないのだ。
「ふふふ…、要は妹さんを巻き込まなければいいんでしょう? だったら…」
それは一種の悪魔の誘惑と言うべき物だったかもしれない。
天羽の提案は確かに魅力的であり、目に見えている問題を解決できる良案でもあった。
しかしリスクはゼロでは無く、本当に妹のことを案じるならば千春はこの誘惑を跳ね除けるが正しい道である。
千春が聖人であるならば誘惑を跳ね除けられたが、19歳の若造フリーターでしか無い彼がそれを拒むことは難しかったのだ。
魔法少女の教材として、それとは真逆の存在である特撮作品マスクドシリーズを参考にしてしまった事。
基本的に母の言いつけに逆らわない妹が、明らかに母の不評を買うであろう魔法少女の力を手放したかった事。
様々な要因が入り混じった結果、千春は成り行きで魔法少女の力を手に入れることになる。
そして天羽の手によって、千春と彩雲の秘密は世間へと暴露されてしまった。
千春と彩雲、そして天羽との間で話し合いが行われてから数日後、世界初の男性魔法少女として世間を騒がせたチャンネルに新しい投稿があった。
「"はい、では今日は期待のニューフェイスであり私の相棒、マスクドナイトNIOHの変身シーンについて紹介するね"」
「"それでは、これから変身ポーズの解説をしまーす。 実はこれを考えるのに数日くらい悩んだんですよ。"
"この変身ポーズの一連の動作を一言で表すなら、定型的な魔法少女の変身シーンかな"」
「"魔法少女の変身シーン? 一体どういうこと何ですか?」
「"まず二本の指を立てたこの構えは杖を構えた魔法少女をイメージしています。 ほら、魔法少女が杖を大きく回転させるシーンってあるだろう。 このポーズはこれを再現して…"」
"変身してみた"、と題された動画内では、チャンネル運営者である少女と青年の掛け合いが行われていた。
自分が魔法少女であり、その力を青年に譲渡したことで初の男性魔法少女を誕生させたと語るマスクで顔を隠した少女。
その少女の話を裏付けるように、実際に自らが考案した変身ポーズの説明をしながら変身を実演する同じくマスクで顔を隠した青年。
"マスクドナイトNIOH"チャンネルとして後に魔法少女業界に激震を巻き起こすコンビが、自らの意思で世間に登場した瞬間であった。