3-7.
今回のような魔法少女の使い魔と言う特殊なケースに限らずとも、世の中には育てきれなくなったペットを捨ててしまう無責任な人間は居る物だ。
美香…、かつてくるみと言う名前でマジゴロウを名乗る真美子と共演した少女も、その非常識な人間の一人だっただけの話である。
千春たち取って不幸中の幸いは、美香がホープを捨てた事を僅かに後悔しているのだろう。
自身に負い目があると感じているからこそ、美香はホープに追及してくる真美子に過剰な反応を示したのだ。
これで完全に自分が悪くないと開き直られでもしたら、今回の話はもっと拗れていたに違いない。
「さて、此処が動画が撮られた街か…。 すぐに見つかるといいんだけどな…」
「早くホープちゃんを保護してあげましょう、NIOHさん!! …行きますよ、美香さん」
「…分かっているわよ」
この手の話は朱美に頼ればまず間違いないようで、彼女は例の動画からそれが撮影された街をすぐに探し当ててくれた。
一体どのような手段を使ったか検討も付かないが、確かに千春たちの目の前にはあの動画が撮られた風景がある。
此処がホープが最後に発見された場所であり、此処を起点として迷子の使い魔を探し始めるのだ。
いよいよホープを助けられると気合十分の真美子は、不貞腐れたような表情を浮かべている美香に声を掛けた。
女の戦いはこっそり話を聞いていたらしい美香の母親が乱入し、自分がホープを捨てたのだと娘を庇いだした事で水が差された。
母親の横やりで逆に冷静さを取り戻した女子高校生たちは、泣きわめく美香の母親を排除して建設的な話が再開される。
そしてホープが生きている事を知った美香は、最終的に千春たちに協力することを決めた。
自分の過去に冒した罪に対する罪滅ぼしとして、美香はホープを迎えに行くという数年越しの約束を果たそうと言うのだ。
ただしこの決断の背後では、その後でホープは真美子に引き取られると言う約束も交わされている。
美香は此処で協力的に動くことで、魔法少女関連の全てから解放されようという打算もあったのだろう。
「本当にホープの匂いを辿れるのか?」
「大丈夫です、ガロロは一度覚えた匂いを忘れませんから…。 この感じだと、ホープの匂いを掴んだようですね」
「…☆☆☆!!」
「前にもそいつが私のホープの匂いを嗅ぎ付けて、家まで押しかけて来たのよ。 その時は驚いたわ、私と同じ魔法少女のが訪ねてきたことに…」
どうやらホープは美香の最後の言い付け通り、今でもモルドンと倒すために動き続けているようだ。
モルドンを探すために移動を繰り返しているようで、実際に動画が撮影された場所は美香がホープを捨てた場所から大きく離れていた。
本来であれば居場所が分からない野良使い魔をどのように探すか悩む所であるが、千春にたちにはその心配は無かった。
実は真美子の使い魔であるガロロの能力の一つとして、同じ使い魔の匂いを嗅ぎつけるという力を持っているのだ。
その実力はかつてホープの存在を隠し続けていた美香の家に辿り着き、動画出演を依頼した過去からも証明されていた。
「リューとかもその能力で見つけたんだよな。 朱美から聞いたよ、リューの飼い主の家に直接押しかけて、ファミリアショーの出演オファーをしたんだって?」
「実質ストーカーよね、気味が悪い…」
「わ、私はただ色んな使い魔と仲良くなりたかっただけよ! た、確かに…、いきなり押しかけて迷惑がられる事もあるけど…」
これまで何度か触れたが、全ての魔法少女が千春や真美子のようにマジマジなどで自身の活動をオープンにしている訳では無い。
ホープの存在を隠していた美香のように魔法少女の能力を隠すものも少なく、過去に千春と共闘したリューも表舞台に立たないタイプであった。
しかし使い魔を愛してやまないマジゴロウとしては、そんな事は関係ないとばかりに全ての使い魔と仲良くなりたかったのだ。
そのためにガロロは生みの親である趣味を反映させた、使い魔探知と言う極めてレアな能力を備えて誕生した。
とりあえずこの能力の是非は兎も角、これによって千春たちは迷うことなくホープを見つけることが可能であろう。
「☆☆…、☆☆!」
「うーん、やっぱりホープは此処からそれなりに移動したみたいですね。 私が案内するので、匂いの方まで進んでもらえますか」
「ええ、お安い御用よ。 行くわよ、美香。 あなたも車に戻りなさい」
「分かっているわよ、母さん」
「じゃあ、俺は後ろに着いて行くから…」
ホープの匂いを掴んだガロロは、目標までの距離がまだまだあると感じたらしい。
真美子はガロロの意図を瞬時に察知して、彼女たちの後ろに控えていた車の方に話しかけた。
そこには美香の母親である中年の女性が運転席に収まっており、彼女は真美子と娘に車へと戻るように指示する。
かつてホープは美香とこの母親の手によって捨てられたが、どうやらその過去を悔いているのは娘だけでは無かったようだ。
ホープを迎えに行く話になった時に、彼女は進んで今回の探索における足を引き受けてくれたのである。
ガロロが感知した匂いを頼りに、魔法少女とその家族と使い魔を乗せた車が走り出した。
今回のホープ探索での一番の功労者は、その能力でホープの位置を見つけ出したガロロであろう。
この使い魔の能力が無ければ千春は何日も掛けて、当ても無く使い魔を探し続けることになった筈だ。
ガロロの嗅覚ナビによって案内されて暫く車を走らせた真美子たちは、やがてホープが居ると思われる目的地へと辿り着いた。
そこは都市部から離れた人気の無い田舎道の外れであり、もう少し行けば山の麓まで辿り着けられる。
最初の動画撮影地点までの移動時間もあったので、既に日は落ちかけており木々の奥から夕焼けの光が見えた。
「☆☆☆、☆☆!!」
「本当に此処に居るの? こんな人気の無い…」
「はい、ガロロが言うにはホープちゃんはもうすぐ傍に居ます」
「なるべく人目に付かないようにしろって言ってたから…。 ホープ、出てきなさい! 私よ、美香よ!!」
真美子の話しが本当であれば、ガロロはすぐ近くにホープが居ると言っているらしい。
しかし車を道路の脇の停めて降りてきた真美子たちには、ホープらしき巨大な熊の姿は何処にも見つけられない。
元々周囲にホープの存在を隠していた美香は、ホープに対しても家族以外の人間の前には姿を見せるのと躾けていた。
どうやら美香から捨てられても尚、ホープはその言い付けを守って自身の姿を隠しているようだ。
巨大な熊の姿をしたホープの姿がそんなに簡単に隠せる筈も無いのだが、それを可能とする種を知ってる美香は何もない空間に呼びかける。
「…□!?」
「ホープ!!」
「透明化か…。 これがあるから今まで見付からなかったんだな…。 まあ、これで一件落着かな…」
すると美香の声が届いたのか、何もない場所から全身が黒い巨大な熊が浮かび上がってきたでは無いか。
周囲の景色に自身の体を同化させる透明化の能力、これがホープが備えている能力の一つだ。
道中で聞いた話によるとあの透明化の能力は、幼い頃は悪戯好きであった美香が両親を驚かすために入れた能力らしい。
この力を使ってモルドンと戦う時以外は身を隠していたからこそ、この巨大な熊は今まで見付からなかったのだろう。
現れたホープは美香の前までゆっくりと歩み寄る、この瞬間に離れ離れになった魔法少女と使い魔の主従が再開したのである。
色々と回り道はしたがホープを迎えに行くという約束は果たされて、今後は真美子の親戚がやっている牧場の一角で伸び伸びと暮らすことになる。
後ろからバイクに乗った状態で事の成り行きを見守っていた千春は、今回の一件はこれで解決したと早合点してしまう。
「□□……、っ□!? …■■!!」
「ど、どうしたの…、きゃっ!!」
「はぁ、なんでだよ!!」
数年ぶりに生みの親と再会したホープは最初は喜んでいる様子だったのだが、突如手で頭を押さえながら悶えてしまう。
そして先ほど抱いた千春の楽観は、苦しんでいたホープがいきなり美香へ襲い掛かったことで粉々に吹き飛ばされてしまう。
間一髪でその場から飛び退いた美香は地面へと尻餅をつき、あり得ない物でも見るかのような表情を浮かべる。
残念ながら魔法少女の使い魔に関する今回の一件は、まだまだ終わりでは無いようだ。




