2-6.
内心で早く話が終わらないかと願う千春を尻目に、佐奈たちの言い争いは更に激しい物になっていった。
元々はご近所迷惑な喧嘩を続けるあんずと梨歩にお仕置きをするのが、千春と佐奈の目的であった筈だ。
それが何時の間にか千春と佐奈の関係に対して、二人の魔法少女がそれを決して認めないと喚く言い争いとなっていた。
当然であるが千春と佐奈は今日会ったばかりであり、あんずと梨歩が勘繰るような関係では決してない。
しかし二人で並んで立っているだけ此処まで疑われるとは、佐奈の日常には本当に男っ気が無いのだろう。
「駄目だよ、油断してちゃ…。 男はみんな狼なんだよ!!」
「きっとそのおっさんはNASAの体が目当て何だって! 今からでも遅くないから離れてよ!!」
「あんず、梨歩! だから矢城さんはそんな人じゃ無いって言っているでしょう、これ以上失礼なことを言うのは止めなさい!
この人はこの街のために、わざわざやって来てくれた恩人なのに…」
「それがそいつの手なんだよ! 多分、本性は…」
あんずと梨歩がNASAの事を貶せる筈も無く、必然的にその攻撃は千春の方に集中してしまう。
しかし人の良い佐奈としては自分を悪く言われるより、何も悪くない千春を悪く言われる方が許せないのだろう。
佐奈は必死に千春への暴言を止めるように説得するが、ここまで来たら引き下がれないのか二人の口が閉じる気配はない。
所詮は小学生の悪口なので千春個人としてはそこまでダメージは無いが、その余波は確実に佐奈を蝕んでいた。
やがて佐奈に降り積もった感情は再び爆発してしまい、彼女はとんでもない決断を下してしまう。
「これだけ言っても聞かないなんて…、行きましょう、矢城さん! 私たちの力で、この子たちを取っちめてやりましょう!!」
「…え、えぇぇっ!?」
「そんな、NASAさん!?」
「おい、ちょっと待てよ!!」
人間を相手に争うことを嫌がっていた佐奈が、あろうことか千春に対して共に戦うと言いだしてきたのだ。
これにはあんずや梨歩だけでなく、協力を持ちかけれた千春も揃って驚きの声をあげてしまう。
数時間前までの佐奈は人間を相手に戦えない自分に悩み、千春が手を助けられたことに心から喜んでいた。
しかし現在の佐奈はそんな葛藤をちゃぶ台返ししており、それ程に今の彼女は怒っているのだろう。
「佐奈、君は人と戦うのは…」
「私は間違っていました、時には力尽くで分からせてやるのも必要なことなんです!
本当はまだ少し怖いですけど…、矢城さんと一緒ならきっと乗り越えられます。 私と一緒に戦ってくれますね?」
「…え、うん。 大丈夫だけど」
「嬉しい! 私、頑張りますね!!」
幼い頃からモルドンと戦ってきた魔法少女である佐奈は、魔法少女歴だけ言えばウィッチが霞んで見えるほどのベテランでる。
幾ら争い事に不向きな性格であったとは言え今日までに培った経験により、戦いという行為に恐怖する段階は当に過ぎていた。
相手が人間であると言う事に抵抗を覚えていたようだが、逆を言えばそこを乗り越えてしまえば何の問題も無く魔法少女相手でも戦えるだろう。
先ほどまでの口論は佐奈の最後の一線を越える後押しとなり、彼女の心のストッパーを砕いてしまったようだ。
「はぁ、全然予定と違うけど、これもある意味で結果オーライなのかな…。 それじゃあ、一応お約束でも決めておきますか…。
俺の名前は矢城 千春、今からお前たちにお仕置きするマスクドナイトNIOHだ! …変身っ!!」
明後日の方向を突き進んでいたこの場の流れは、此処に来てようやく軌道修正したらしい。
少女の姦しい会話に毒されて気が抜けていた千春は、自身のネジを締め直すために勇ましく名乗りを上げる。
そして何時ものポーズと共に変身して、青い鎧のUNの型へと姿を変えた。
ヴァジュラを携えた千春は、やる気満々と行った様子のNASAこと佐奈の隣に立つ。
「えっ、嘘っ!? おっさんが…」
「ああ、これ前にテレビで見た! あれだよ、初の男性変身者って奴!! 油断しないでよ、あんず」
「で、でもおっさんは兎も角、相手はNASAさんだよ…」
変身したマスクドナイトNIOHの姿をみて、今更ながら千春の正体に気付いたあんずと梨歩は慌てて武器を構えて戦闘態勢を取る。
しかし千春ならまだしも憧れのNASAとの戦いには躊躇いを覚えるのか、二人の表情は浮かない様子だ。
本来であれば見学予定であった佐奈の参戦というサプライズを経て、千春と魔法少女の戦いが始まろうとしていた。
元々共闘する予定は毛頭無かったので、当然のように千春は"NASA"こと佐奈の能力について聞いていなかった。
しかし佐奈が能力の参考にした映画の内容は把握していたので、その情報から凡その当たりは付けられる。
即座に変身した姿はUNの型、青い鎧姿になった千春は佐奈を援護するために銃型にしたヴァジュラを構えた。
そして佐奈は千春の援護射撃を受けながら、月夜を散歩するかのように跳んだのだ。
「…あなたたちがどれほど出来るようになったか、今からテストしてあげる!!」
「そんなNASAさんが…」
「あんず、考えるのは後! NASAさんは本気よ」
佐奈が元ネタとしているキャラクターはアメリカのヒーロー映画に出てくる、月世界出身のムーンと呼ばれる女性ヒーローである。
劇中でのムーンの能力は重力操作、月の重力が地球の六分の一である事と掛けて、彼女は自身に掛かる重力を軽減できるのだ。
魔法少女の力で重力操作が出来るとは限らないが、佐奈はどうにかして能力で劇中のムーンと同じ動きを再現したらしい。
まるで月で跳ね回るウサギのように、佐奈は夜空を舞いながらあんずと梨歩に向かって行く。
それに対して二人の魔法少女は、憧れのNASAと戦闘状態になった現状に戸惑いながらも反撃しようとする。
二丁拳銃と機械杖、それぞれに持った武器を構えて一斉に弾幕を形成したのだ。
「なんで、当たらない!? これだけ撃っているのに…」
「当然でしょう、相手はNASAさんよ!! ああ、危ない!」
「畜生、おっさんの横やりがうざい!!」
「ほらほら、よそ見していると危ないぞ、悪ガキ共!!」
「あの男…、NASAを援護するの僕の役目なのにぃぃぃ!!」
遠距離攻撃が得意な二人の弾幕はそれなりの密度であり、千春であれば鎧の防御力を頼りに被弾覚悟で突っ込むしか道は無かっただろう。
しかし佐奈はまるで見えない足場でもあるかのように空中で飛び跳ねながら、弾幕の僅かな隙間を潜り抜けて二人に近づいていく。
元ネタの映画だとこの空中ショートジャンプも重力操作の一環で行っている設定だったが、佐奈も同じ理屈で再現しているかどうかは分からない。
後方の千春から放たれるヴァジュラの射撃援護も確かに効果を発揮しており、その対処に追われた相手が弾幕を途切れさす瞬間を作り出している。
その僅かな緩みを一瞬で判断して飛び込める所が、経験値豊富な歴戦の魔法少女の実力と言えるかもしれない。
被弾ゼロで弾幕の嵐を潜り抜けた佐奈は、二人の魔法少女に手が届く距離まで近づいていた。
遠距離型が懐に入られた弱いのはお約束であり、この近さでは二人が何かするまえに佐奈が動く方が早い。
かつての教え子たちを見事に制した佐奈は、教師役だった頃を思い出したのか説教染みた事を口にする。
しかし佐奈は彼女の思っている以上に名教師だったようで、その教え子は師の想像を超えて見せたのだ。
「まだまだね、もう少し工夫して撃たないと…」
「…うん、だから僕も色々と考えたんだよ、NASAさん」
「…佐奈、後ろ!!」
「っ!?」
千春の声を受けて寸前で上空へと跳んだ佐奈は、自分が居た場所を通り過ぎる緑色のエネルギー弾を目撃する。
弾幕の嵐を背後に置いてきて、懐に入る事で新たな射撃を封じた筈なのに何処からそんな物が現れたのか。
後方で佐奈を援護していた千春はその絡繰りに気付いた、機械杖を使って誘導弾を操る梨歩はの一部を佐奈の背後で静止させていたのだ。
殆どの弾幕が佐奈の後方へと流れていく中で、ほんの数個だけその場に留めたエネルギー弾を時間差を付けてぶつけてきたらしい。
「僕たちだって成長しているですよ、NASAさん! あんず!!」
「分かっているさ! このタイミングなら、幾らNASAさんも…」
「っ!?」
自由自在に誘導弾を操る梨歩と違って、二丁拳銃のあんずの弾にはそこまでの誘導性は無い。
しかしあんずには引き金を引けば弾が飛ぶと言う、拳銃ならではの速射性に優れたエネルギー弾を放てる。
梨歩の時間差誘導弾を間一髪で避けたNASAであるが、そのために彼女は例の能力で上空に跳ぶしか選択肢が無かった。
そして付き合いの長いあんずは佐奈が次の跳躍をするまでには僅からな溜めが必要であり、自身の鍛えた早撃ちであればその瞬間を逃さない。
月夜を舞う女性ヒーローに向かって、黄色の凶弾が放たれた。




