1-11.
つい先ほど魔法少女としての力を取り戻した女子中学生、間野 朋絵という名の少女は今猛烈に怒っていた。
有情 慧、強くて美しいこの街の守護者である魔法少女を、あの千春とか言うおっさんが卑怯な手段で貶めたのである。
何しろ相手はいい歳こいて変身なんてするおっさんに加えて、明らか魔法少女関係の産物である翼の生えた化け物バイクが組んでいたのだ。
魔法少女二人分の戦力を相手に有情は決して怯むことなく善戦したが、残念ながら戦力さを覆すまでには至らなかったのである。
「…先輩が負けたのはおっさんたちが卑怯にも、数で押してきたからだ! 二対一という不利な状況の中でも立派に戦った先輩、その無念は私が晴らします」
「いや、数の利はあったけど、勝利の決め手は絶対にお前が出しゃばってきたせいだって。 お前が上手い事に有情の気を引いてくれたから、シロは…」
「五月蠅い! そもそも先輩は負けていない、何故ながら先輩には私という後輩が付いているからだ!
私の勝利は先輩の勝利とイコールで有り、私がおっさんたちを倒せば先輩の名誉は取り戻せる!!」
千春にシロと言う相棒が居るように、有情 慧にはこの間野 朋絵という後輩魔法少女が傍に控えている。
数の上での魔法少女二人分と両者は互角であり、千春たちは間野を倒さなければ真の勝者とは言えないだろう。
そのような身勝手な理屈で間野は、絶対に有情が望んでいないと断言できる彼女の復讐戦を挑んできたのだ。
先ほど良い感じで有情から返却されたクリスタルで最初にすることがこれかと、千春は仮面の下で盛大に溜息をついた。
有情との戦いでそれなりに疲労している千春としては、正直言ってこんな中学生の我儘に付き合いたくは無かった。
ただでさえ消耗が激しいUNの型でそれなりに戦っていたのだ、既に千春は微かであるが頭痛を覚えている程度には疲れている。
しかし残念ながら相手は魔法少女と言う面倒な力を持った少女であり、此処を手を打っておかなければ後で何をしてくるか分かった物ではない。
間野を無視して朱美と共にシロの翼でエスケープすると言う非常に魅力的なプランもあるのだが、このまま間野を放置するリスクの方が恐ろしい。
泣く泣くこの案をお蔵入りにした千春はこの茶番に付き合う決意をして、渋々とヴァジュラの銃口を間野の方へと向けた。
「はいはい、分かったよ、戦えばいいだろう。 ほら、とりあえずこれは挨拶代わりだ」
「うぎゃっ!?」
様子見の意味を込めて千春が放ったヴァジュラの銃撃は、相手に当てる気は毛頭ない威嚇射撃であった。
器用さが売りのUNの型になっている千春が狙いを外す訳もなく、ヴァジュラの先端から放たれた雷の弾丸は決して間野に当たらない筈だった。
魔法少女の力で漫画の超能力者の力を真似た有情、それを更に真似た間野は彼女と同じ超能力者となっていた。
しかしどうやら間野は、完全に有情と同じ能力を使える超能力者と言う訳では無いらしい。
千春の銃撃に変な声を出しながら過剰に反応した間野は、慌てて自信の周囲を覆う半透明の力場を形成したのである。
間野の横を掠めるだけの筈だったヴァジュラの閃光は、その力場に阻まれてあえなく消滅してしまった。
「と、飛び道具とは卑怯だぞ!!」
「お、障壁か。 どうやら有情の丸パクリって訳では無いようだ…」
これも年の功と言う奴か、千春は今の一瞬のやり取りで間野の情報を随分と知ることが出来た。
かつて渡りのモルドンとの戦いを思い出す、相手の攻撃を遮る半透明の力場を作り出す障壁。
この超能力を有情が使っている所は見たことは無く、これは間違いなく間野独自の超能力になる筈だ。
加えてあの威嚇射撃に過剰に反応したところを見ると、少なくとも間野にはテレパシー能力は無いだろう。
先ほどの間野は迫るヴァジュラの銃撃に怯えて目を瞑りながら、全身を覆う過剰な障壁を展開して亀のように閉じこもっていた。
演技の可能性も否定は出来ないが、あれが威嚇射撃と分かっていたならもう少し落ち着いた対応も出来た筈だ。
とりあえずテレパシー能力に苦しむ事はなさそうで、千春は内心でほっと一安心していた。
有情をリスペクトして彼女のと同類のサイキック系魔法少女となった間野であるが、その能力は彼女の完全な模倣という訳ではない。
残念ながら有情は完全無敵な存在ではなく、彼女が不得手となっている分野が存在していることを間野は把握している。
逆にそこを補えば有情は完全無敵になると考えた間野は、彼女の足りない部分を補完するように自身の能力を構築したのである。
「このぉぉぉ、お返しだぁぁぁ!!」
「っ!? まずい!!」
「ああ、逃げるなぁぁ!!」
障壁を解除した間野は千春に向かって吠えながら、その両腕を千春の方へ突き出した。
一瞬また念動力でも使うかと考えた千春であるが、UNの型の強化された感覚が周囲の僅かな揺らぎを伝えたのだ。
これまで何度も受けてきた念動力とは異なる感覚は、今から未知の攻撃が来ることを千春に知らせてくれた。
咄嗟にその場から飛びのいた千春は、先ほどまで自分の居た場所に炎が沸き上がる光景に唖然とする。
仮に千春の決断が一瞬遅れていたら、この体はこんがりと焼かれていただろう。
「発火能力!? 一歩遅かったら、丸焦げだったな! 有情の能力と違って、派手な超能力が多いなー、おい!!」
「当然よ、私は先輩を助けるためにこの力を選んだのだから。 モルドンに苦戦する先輩を助けるために私は…」
「ああ、対モルドン用の構築って訳ね。 納得だわ…」
有情の能力は対人相手では有効であるが、肝心の対モルドン相手では心もとない能力であった。
そんな有情の不得手を補うために、間野は彼女に足りない物を補うための超能力を構築したようだ。
有情とお揃いの念動力、有情の火力の防御力を補う障壁に発火能力。
この能力であればモルドン相手にしたとき、有情のように苦労することは無いだろう。
「まぁ、あの超能力はちょっと危険だな…。 なら、これはどうだ!!」
「ひ、ひぃっ!!」
「おぉ、中々硬いな…」
流石にあの発火能力をくらうのはまずいため、千春はヴァジュラの両刃を展開しながら間野に近寄る。
接近戦であれば間野が発火能力の狙いを付けにくくなる上、下手に狙いを誤れば自分が巻き込まれる可能性も出てくるからだ。
強化された千春の身体能力は一足飛びで間野の懐まで飛び込み、そこは既に刃の射程圏内である。
千春は再び威嚇のために、間野手前で空振りするようにヴァジュラの刃を上段から振るった。
しかし間野は今度もそれが当たらない攻撃だと気付かずに、まるで屋根でも作るかのように頭上に沢山の障壁を展開した
その障壁はヴァジュラの刃とぶつかり合い、千春は一刀両断出来ない程度には硬い障壁の硬さに感心する。
そもそも間野は魔法少女になって間もなくに、有情の手によってクリスタルを破壊されている。
実戦経験どころか下手をすれば、自身が構築した超能力を使うことすら今日が初めての可能性があるのだ。
そのため勢いで千春に挑んでは見たが、経験の無さは致命的なようで千春に良いようにされている状況であった。
「ど、どうだ! おっさん何か、先輩の薫陶を受けた私の敵では…」
「いや…、これで終わりだ。 お前なー、その大事な先輩が負けた理由を思い出してみろよ」
「…えっ?」
「○○○○!!」
そして間野は千春を相手にするのに精一杯となり、この場にもう一体彼女の敵が居る事実が頭から抜けてしまっていた。
千春が適当に間野の相手をしながら囮となったことで、シロは先の有情との戦いと同じく完全なフリーハンドが与えられたのだ。
ヴァジュラの剣戟を防ぐことに夢中であった間野は、密かに足元から忍び寄っていた機械の羽の存在に最後まで気付けなかった。
奇しくも間野 朋絵は敬愛する有情 慧と同じように、シロの翼によってあえなく拘束されてしまう。
「いやぁぁぁっ! 離せぇぇぇ!!」
「はい、おしまい」
「ぐはぁっ…」
出来れば有情の時のようにクリスタルを破壊してしまいたいが、間野には今後この街に現れるモルドンと戦うという使命がある。
そのためシロの翼によって拘束された間野に対して、千春は半ば恨みを込めた腹パンを喰らわせる事で決着を付けた。
中学生相手に本気で殴る訳にもいかないので最大限の手加減はしているが、変身した千春の一撃はそれでも強烈な物だ。
女の子がしてはいけない呻き声を漏らしながら、身勝手な復讐者である間野はあっさりと意識を失ってしまった。
「ああ、今度こそ本当に終わったぁぁぁぁ!! ふざけんなよ、何であの展開で俺に襲い掛かるんだよ!!」
「はははは、とことんぶれないわね…、この子は。 あの有情って子はこれまでの事があるから色々と恨みを買ってそうだけど、この子が居れば誰も彼女には手を出せないでしょうね」
「この熱狂的なファンにとっては、願ったりかなったりの展開だろうな…。 兎に角、今度こそ帰るぞ。 こいつは警察署に放り込んでおけばいいだろう」
不毛な戦いを終えた千春は変身を解き、シロの翼に拘束されたまま意識を失っている間野の姿を眺める。
これまで自身を支えてきた魔法少女としての力が失ったことで、有情はこれから過去に冒したの罪と向き合う筈だ。
それは負債となって有情に襲い掛かり、時には彼女を酷く傷つけることだろう。
しかし魔法少女としての力を取り戻した間野は、今後も尊敬する先輩である有情のことを支え続ける筈だ。
かつて魔法少女である先輩に助けられた無力な後輩が、これからは魔法少女の力で持って無力な先輩を助ける事になる。
こうしてマスクドナイトNIOHとサイキック系魔法少女たちの対決は幕を閉じ、千春は朱美とシロと共に地元の街へと帰還するのだった。
これで第一話は終わりです。
第二話は明日か明後日くらいから始められると思うので、次もよろしく。
では。




