2-1. 「変身してみた」
知らない間に自分の映像が投稿されていた事を知った千春は、当然のように怒りを覚えた。
明らかに自分の背後から取っている映像から、犯人と思われる人物は一人しか居ない。
そして千春の予想通り動画の最後に出てきた投稿者を名乗る少女は、マスクで変装をしているがそれは明らかに昨夜の少女であった。
「"ふざけんなよっ、あの時に隠し撮りしてたのか、あの女は!
ああ、こんな事なら名前くらいは聞いておくべきだったぁぁぁぁっ!!"」
「"兄さん、やっぱりこれは兄さんなんですね? この動画をあげた人は誰なんですか?"」
「"わかんねーよ、名前も住所も何もかも!! 昨晩、この女がモルドンに追われているのが目に入って、格好つけて助けに入ったんだよ…"」
「"それならこの人に連絡を取りましょう。 プロフィールに連絡先がありますから、メールを出してみて下さい"」
「"…えっ?"」
名前も連絡先も聞かずに格好つけて立ち去ったことを今更ながら嘆く千春であるが、後悔先に立たず。
幾ら嘆いても時は戻ることは無く、千春は泣き寝入りするしかない。
しかし一人嘆くばかりのお馬鹿な兄とは対照的に、優秀な妹はすぐに兄に対して的確な助言をもたらしてくれた。
よく見ればご丁寧にも動画投稿者である少女は、プロフィールに連絡先が書いていたのだ。
まだ中学生になったばかりの妹に助けられたことを理解した千春は、あまりの情けなさに一瞬呆けてしまった。
妹の助言に沿って、すぐに千春はその場に居た人間しか知りえない情報を入れてメールを出してみた。
するとすぐに返信が来て、千春はあっさりと昨晩の少女とのコンタクトに成功する。
その日の内に約束を取り付けた千春は、再びあの少女と対面を果たしていた。
「あ、お兄さん、確かまだ名前を名乗って無かったよね。 私は天羽 香、中学二年生です」
「…矢城 千春。 早速だけど、まずは言っておきたいことが…」
「それよりお兄さん、私の動画を見てくれた! 凄いよ、たった一日で視聴回数が10万突破、本当に夢みたい!
やっぱり何でも初物は食いつきがいいわねー、チャンネル登録者数も鰻登りよ!!」
「…おい、まずは話が」
「このまま行けば、私とお兄さんが天下を取ることは間違いなし!! ふふふふふっ…」
駅前近くにあるファミレスを訪れた千春は、先に席を取っていた見覚えのある少女の姿を見つけて近づいていく。
昨日に千春が救った少女、天羽 香は自己紹介も終わる間もなく興奮した様子で語り始める。
どうやら自分が投稿した動画の反響の大きさが余程嬉しかったらしく、千春の怒りに気付いてすら居ないようだ。
天羽のマシンガントークは、店員が注文を取りに来る数分後まで途切れることなく続いていた。
ある意味で無邪気な少女の反応に毒気を抜かれてしまった千春は、若干呆れながら天羽の話に耳を傾けていた。
そこから天羽は魔法少女専門動画サイト"マジマジ"で有名になりたい今時の少女であり、まんまと千春がその種にされてしまったことは理解できた。
マスクで顔を隠した天羽が、動画実況者として例の動画に堂々と登場している。
今や世界初の魔法少女の力を持つ男性である千春と、それを紹介した天羽はネットの世界ではちょっとした有名人だろう。
「ごめんなさい、勝手にお兄さんのことを使って…。 でも、これを上げれば絶対に人気が出ると思うと、どうしても耐えられなくて…」
「今は中学生くらいでも、ネットのプライバシーについて教えられているだろう。 全く、勝手に俺の動画を使いやがって…」
店員との注文のやり取りの間に頭が冷えたらしい天羽は、申し訳なさそうな顔をしながら千春に頭を下げる。
本人の断りもなくネット上に写真や動画を投稿する行為は、現代のネット社会において度々問題とされている行為だ。
今やテレビで評論家が個人情報やら何やらで毎日のように苦言を呈しており、反応から見て天羽も自分の行動に問題があることは重々承知しているらしい。
「で、でも…、お兄さんの正体はちゃんと伏せたわ。 あれがお兄さんって事は、誰も分からない筈…」
「そうは言ってもな…」
確かに動画を一通り確認したところ、あの動画には変身後の千春の姿が出ているだけだった。
今思えば恥ずかしい戦闘中の独り言も、実況やらBGMやらで上手いこと隠してあった。
あの変身後の姿と声だけで、あのマスクドナイトの正体が千春であることは誰にも分からないだろう。
しかしだからと言って、変身後とは言え無断で自分の姿をネットに晒された事を許せるわけではない。
「…上手く編集したよな、前にもこんな風に動画投稿したことがあるのか?」
「ううん、投稿したのは初めて。 けれども何時かはこういう事をしたいと思って、準備はしていたの…」
「まあ、今時は少し調べれば、動画編集の方法なんかも調べられるしな。 必要なソフトなんかも…。
動画投稿サイトで天下を取るか、まあその気持ちは分からなくも無いんだけど…」
ネットの世界で注目を浴びたいという欲望は、まだ十九歳という若造である千春にも理解出来る物だった。
天羽はそのために動画編集の技術などを磨いており、準備をしていたことはあの動画の出来栄えから理解できる。
そして表に出す気はないが、千春自身としても変身した自分の姿が世間に知られることには正直興奮を覚えていた。
既に千春の最初の怒りは引っ込んでおり、正直に言えばこのまま天羽を許してもいい気分になっている。
ただし千春の予想が正しければ、目の前の少女が降ってきたチャンスを手放すとも思えない。
「…お兄さん、こんなお願いをするのは間違いだと思うけど、これからも私と組んで"マジマジ"で動画を投稿しない?」
「…俺だけでは決められないな。 ちょっと来い、会わせたい人物がいる」
「それって…、お兄さんの妹さん?」
想像通り天羽は千春に対して、これからも一緒に動画を作ろうと持ち掛けてきた。
このまま終わってしまえば、天羽の立ち上げたチャンネルはただの一発屋であろう。
しかしこの勢いにのって継続的に動画投稿を続けていけば、天羽のチャンネルは"マジマジ"で躍進出来る筈だ。
そのためには今後も千春の協力が不可欠であるのは分かるが、千春だけでは今後もあの力を使っていくことを了承できない。
何しろ千春の持つ魔法少女と同じ力は、彼自身が手に入れた物ではないのだ。
この力の利用方法を決められる唯一の存在は、千春にこの力を授けた彼の妹だけであった。
ファミレスを出た千尋は天羽を連れて、彼らの住む街にある寺へと赴いていた。
そこそこに由緒のある寺らしく、街の観光マップに載っている程度の規模である。
石段を上っていく千春と黙ってそれに着いていく天羽、やがて石段の先にある寺の門へと辿り着く。
門の左右には寺を守るように鎮座する二体の立像、鎧を纏った仁王像が彼らを出迎える。
そして仁王像の前でスケッチブックへ熱心に筆を動かす、一人の小柄な少女の姿がそこにあった。
「仁王像…!? お兄さんの変身した姿ってあの…」
「はいはい、その辺も含めて今から説明してやるよ」
天羽はその仁王像を見た瞬間、先日の夜に喉まで出かかっていた物の正体に気付く。
千春が変身した例の"マスクドナイト"の特徴は、この仁王像のそれと一致するのである。
鎧の意匠などはこの仁王像の纏う物と殆ど同じであり、これがあの"マスクドナイト"のデザイン元であることは間違いない。
地元の寺である此処には天羽も何度も足を運んでおり、千春のあの姿に見覚えがあって当然だ。
「よう、スケッチ中に悪いな、妹よ」
「いえ、大丈夫ですよ、兄さん。 この人があの動画の…」
「ええ、私は天羽 香よ。 あなたは…」
「矢城 彩雲。 はじめまして、天羽さん」
千春の妹であり、彼に魔法少女としての力を授けた人物は兄とは正反対な印象であった。
大柄な兄とは対照的な、小学生と言っても通用しそうな小柄な体系。
眼鏡越しの瞳からは感情の揺らめきが全く見えず、喜怒哀楽が激しい千春とは大違いである。
千春がこの似てない妹から魔法少女の力を得た経緯を説明するためには、時を少し遡る必要があった。
最初くらいは更新速度を上げて頑張ることにしました…