1-6.
それまでは自身の老け顔を気に病む程度の、何処にでも居る女子中学生であったのだ。
しかし彼女のが望まぬ魔法少女の力を手に入れたことで、その人生は悪い意味で一変した。
少し前から街を守っていた魔法少女が突然居なくなり、モルドンの被害が増えている状況だった。
そんな状況でだんまりを決め込むほど少女は悪人になれず、彼女は他の魔法少女たちと同様にモルドンと戦う道を選んだ。
「くそっ、なんで私がこんなことを…」
「■■■■■っ!!」
「ああ、もう! さっさとやられちまえよ!!」
魔法少女としての能力でサイキッカーを再現したことが、彼女の負の連鎖の切っ掛けだったかもしれない。
大抵の魔法少女はその名に相応しい可憐な衣装を身に纏っており、その奇抜な格好は自身の正体を隠す迷彩にもなった。
しかし自身の容姿がどんな物か自覚している彼女は、そのような華美な衣装など死んでも着たくない。
そこで彼女が選んだのが超能力者、かつて読んだ漫画では超能力たちが私服のまま戦っていたという単純な理由でそれを選んだらしい。
夜の街で素顔を晒しながら超能力で戦う少女の存在は、あっという間に街で有名になった。
「おい、見たぜ…、昨日の戦い! もう少しうまく戦えなかったのかよ?」
「そんな酷いことを言っては駄目よ。 有情さんだって頑張っているのよ」
「慧、私たちは応援しているからね」
学校の成績で言えば劣等生に属する少女は、深く考えずに漫画で見た超能力者の力を再現してしまった。
念動力、瞬間移動、そしてテレパシー。
彼女のテレパシーは他人の頭の中を全て読み通せるほどの精度は無く、周囲の人間がその瞬間に抱く感情や思考を読み取ることくらいしか出来ない。
しかしその能力の範囲は教室という密室空間を半ばカバーできる程であり、彼女は人知れずクラスメイトの内面を読み取ってしまう。
今こちらを元気づける友人が裏で抱いている侮蔑や嫉妬の感情を、彼女のはテレパシーで知ることが出来てしまったのだ。
「おい、授業を始めるぞ、さっさと席に着け。 魔法少女様も昨晩の戦いでお疲れのようですが…、授業中に寝たら承知しないからな!」
「…くそっ、分かっているよ」
限定的とは言え人の頭の中を見て取れる能力を持っているなどと、他の誰かに言える筈もない。
その能力で人の裏の顔を読めるようになった彼女は、日々ストレスが溜まっていく状況を一人で抱え込むことしか出来なかった。
元々劣等生であった自分を嫌っており、ある意味で裏表の無い教師を相手にする方が楽と感じる程に彼女は追い詰められていたのだ。
そして彼女の負の感情が閾値を超えてしまい、有情 慧は犯罪者と成り果ててしまった。
店のガラスを粉砕して、駐車場で千春を相手にして派手に立ち回ったこの街の魔法少女。
当然彼女が消えた後の店は大騒ぎとなり、現役警察官である上村達が居なければ千春たちも面倒ごとに巻き込まれていただろう。
あの後で上村は救急車で病院に運ばれてしまい、千春たちは平井に連れられて彼女の職場である地元の警察署まで移動していた。
小さな会議室に通された千春たちは、途中で中断していた有情 慧の話を再開する。
「事後処理は私の方で何とかするか気にしないで。 後で形だけだけど、調書は取らせて貰うかもしれないけど…」
「ありがとうございます。 とりあえずさっきの戦いで、有情 慧の能力は身をもって体験しましたよ。 …超能力を使う魔法少女か。
正直戦った感じだと、あの能力ではモルドンを相手にするには苦労しませんか?」
「ええ、何時も苦戦しているわ。 その事を周りから揶揄されていたのも、彼女のストレスになっていたのでしょう。
中には彼女の前に活動していた魔法少女と比較して、彼女の手際の無さを責め立てる人たちも居たわ…」
変身した千春に対して殆ど効果が無かった有情の念動力は、モルドンを相手にした場合にも十分な武器にはならないだろう。
瞬間移動は便利であるが決め手にはならず、人間とは明らかに異なる存在であるモルドンの思考をテレパシー出来るとも思えない。
仮にも魔法少女であるので普通のモルドンに負ける事は無いだろうが、華麗な勝利を納める事も難しそうだ。
「モルドンを相手にする能力の構築じゃ無いですからな。 テレパシーなんてモルドンに通用するとは思えないし…。
しかし逆を言えば、彼女の能力は同じ人間相手だと効果は絶大でしょうね。 何人もの魔法少女を返り討ちに出来る訳だ」
「テレパシー、他人の思考を読める超能力。 平井さん、彼女のテレパシーはどの程度まで相手の思考を読み取れるんでしょうか?」
「本人に聞いた訳では無いから確証が無いんだけど…、上村さんが言うにはその瞬間の思考しか読めないらしいわ。 それも完璧にではなく、漠然としたイメージとして…」
人の思考を読むという行為は、対人戦闘においては絶対的なアドバンテージとなる。
それに念動力や瞬間移動の力が合わされば、先ほどの千春の時のように正面からの戦闘では敗北はまずあり得ない。
恐らく自身を討伐に来た魔法少女や、彼女の後釜になる筈だった魔法少女もこの力を駆使して倒したのだ。
「そもそも私たちは彼女が事件を起こすまで、そのテレパシーの存在を把握していなかったわ。 千春くんの言う通りモルドン相手では無意味な能力だし、彼女はその存在を隠していたようだから…」
「それで周囲の影響で病んでしまい、今のヤケクソのような状態になったのか…」
「彼女の能力が知れ渡ってから、殆どの人間が彼女に近づかなくなったわ。 例外は上村さんくらいだけど、今日の一件で二人の信頼関係は壊れてしまったでしょう」
「理由はどうであれ、今の彼女は危険な存在だわ。
彼女の所業を知っている人が、彼女のことを良く思うはずがない。 そしてその感情は彼女に読まれてしまい…、不毛な負の連鎖ねー」
曲がりなりにも他の魔法少女と同じように、街のためにモルドンと戦っていた頃ならば有情を悪く言う人間はそれ程居なかっただろう。
しかし学校で教師を痛めつけ、外からやって来た魔法少女を返り討ちにして見せた。
今では魔法少女の力であの店でやったような無軌道な暴走を繰り返す有情に、良い感情を抱く物が居る筈もないのだ。
そして有情はテレパシーで自分に向けられる負の感情を知ってしまい、それが彼女の更なる暴走を促すことになっている。
聞けば聞くほどに今の有情の状況は詰んでおり、千春と朱美は自分たちが予想以上に厄介な案件に首を突っ込んだことを理解させられていた。
「先輩は悪く有りません! 私が悪いんです、私が先輩を止められなかったから…」
「間野ちゃん!? 大丈夫だったの、今日は遅れるって連絡は貰っていたけど…」
「遅くなってすいません、平井さん」
有情について話をしていた千春たちのいる会議室に突然、新たなら登場人物が姿を見せた。
写真で見た有情と同じセーラー服を着ている所を見ると、彼女は有情の学校の中学生なのだろう。
大人びた有情を比較すればまっとうな中学生と言うべき幼さが見える少女は、入って早々に有情を庇うような言葉を放つ。
平井の反応を見るとこの中学生の少女は、平井が呼び出した人物らしい。
そして会議室の千春たちの元まで近づいてきた少女は、何故か千春に対して敵意が込められた視線を向けるのだった。




