1-5.
いきなり千春たちを急襲した有情の姿は、格好が私服であった事もあり実年齢より老けて見えた。
余り派手な衣装は好まないのか、着ている衣装はシンプルな無地のシャツにスカートである。
一般的な中学生より一回り高い身長、スラリと伸びた手足、可愛いよりは美しいという言葉の方が似合う大人びた顔立ち。
朱美と同じ年と言われても信じそうな見た目であり、つくづく魔法少女と呼ぶには相応しくない少女であろう。
有情は殺意すら感じさせるような敵意の籠った視線で、店の中に居る千春たちを睨みつけていた。
「う、有情? お前、どうして此処に…」
「あぁ、良い大人が小娘相手をするために、こんな場所でコソコソ密談か…。
おっさん、見損なったよ。 あんな綺麗言を言ってたくせに、裏では私を捕まえる相談かよ…」
「ち、違う!? これは…」
一体何処から情報が漏れたのか、有情は此処で自身を倒すために作戦会議をしている事実を聞きつけて現れたらしい。
どうやら有情はこの場で居る者たちの中で、特に上村に対して敵意を抱いているようだ。
話によると上村は少年課の熱血警察官として、罪を犯し続ける有情を止めようと何度も説得を試みていた。
そんな男が密かに自分を倒す戦力を呼び寄せたと知れば、有情が上村に対して失望する感情は理解できる。
事情を知っている千春たちから見ればとんだ言い掛かりであろうが、そんな事情を知らない有情の怒りが上村にぶつけられた。
「もういい、もう黙れよ!!」
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
店の外の駐車場に立つ有情は、壊れた窓の先に居る店内の上村に向けて右腕を伸ばした。
すると次の瞬間、上村の体が一人でに空中で浮かんだでは無いか。
その体は空中で手と足を延ばした大の字の形となり、上村は苦悶の声を上げ始める。
「っ!? ちぃ…」
「あぁ…」
「だ、大丈夫ですか、上村さん!!」
「救急車、救急車を早く…」
しかし上村の空中浮遊は、外に居る有情に向かって飛んできたコーヒーカップのお陰でお開きとなった。
有情は咄嗟に迫り来るコーヒーカップに向けて手を振り、先ほどまで上村を捉えていた力でそれを弾いたのだ。
どうやら彼女が力を向けられる対象は一つだけのようで、解放された上村の体は空中から力なく落ちてしまう。
項垂れる上村の様子を見て、平井と朱美は慌てて中年刑事に駆け寄り介抱する。
「おいおい、相手を間違えるなよ。 お前の相手は俺だよ…、変身!!」
「お前があの糞婦警が寄こした助っ人か!!」
咄嗟に机の上に残っていたカップを投擲して上村の危機を救った千春は、そのまま壊れた窓の外から飛び出す。
駐車場に降り立った千春はすぐさま変身を行い、マスクドナイトNIOHへの姿へと変貌を遂げた。
光に包まれた千春が鎧を纏った戦士になる光景を目の当たりにした有情は、それが自分の敵となる存在であると瞬時に理解する。
千春と有情、マスクドナイトNIOHとサイキック系魔法少女の異色同士の決闘が始まろうとしていた。
赤い鎧を纏うAHの型へと変身した千春は、自身の体に降りかかる異様な圧力を感じた。
先ほど上村を空中に貼り付けにしたあの力は、すぐさま変身した千春へと向けられたのだ。
まるで全身を締め付けられるような感覚、恐らくこれが上村の体を空中浮遊させた種である。
手も触れずに窓ガラスを割り、まるで人形遊びのように成人男性を弄ぶことが出来る有情の能力。
幾ら警察官とは言え普通の人間には、この魔法少女の力に対抗することは難しいだろう。
「上村さんを宙吊りしたのと同じ力…、念動力って奴かな?
サイキック系の魔法少女か。 いい趣味しているよ」
「くっ、バカ力が…」
「俺を相手にするには力不足だな! 悪いが押し切らせてもらう!!」
念動力、意思の力だけで物体を動かす超能力の一種である。
どうやらこの有情という少女は、魔法少女の力を使って超能力と同等の存在になったらしい。
有情の操る念動力の力は、ただの人間では決して抗うことの出来ない強力な物だ。
しかし今の有情の相手はマスクドナイトNIOH、彼女と同じく魔法少女の力を持つ平井が呼び寄せた助っ人だ。
AHの型のパワーを持って力尽くで念動力に逆らいながら進む千春は、そのまま有情に手が届く所まで近づいていた。
「よしっ、捕まえ…、なにっ!! い、一体どこに…・」
「ばーか!!」
「うわっ!?」
有情を拘束するために延ばされた千春の右腕は、その目標が居なくなったことで空を切る。
つい先ほどまで正面に居た筈の有情の姿が消えてなくなってしまい、千春は思わず辺りを見回して少女の姿を探す。
そんな千春を嘲笑うかのように背後から罵声と共に、強い衝撃が千春の背中を強打したのだ。
「くっ…、今のは瞬間移動か? それに念動力を使用した石礫、器用だな…」
「なっ、硬すぎるだろう」
「悪いがこの鎧は伊達じゃ無いんでな…、まだまだ行くぞ!!」
有情のもう一つの能力、瞬間移動。
彼女はこのもう一つの超能力で千春から逃れて、後ろから奇襲を掛けたらしい。
恐らく念動力で放った石か何かをぶつけられたようだが、その攻撃は千春の自慢の鎧を貫けなかったようだ。
結果的に奇襲に失敗した有情は予想以上に頑丈な千春の鎧に対して、見るからに嫌そうな顔をする。
逆に千春は勝てない相手では無いと判断したのか、まだまだ意気盛んと行った様子であった。
それから千春と有情は駐車場の中での戦いは、まるで鬼ごっこでもしているかのようであった。
相手を捕まえようと迫る千春、それに対して瞬間移動でそれをすり抜けていく有情。
念動力では頑丈な千春の鎧に通用しないと判断したらしく、有情は半ば逃げに徹する姿勢だった。
時折は牽制程度で念動力を放つことはあるが、明らかにその勢いは最初に現れたときから窄んでいた。
「ああ、もう!? いい加減しつこいってーのっ!!」
「ちぃ、流石に此処まで逃げられると、勘がいいだけではすまないな。
超能力なら未来予知って所か? いや、この感じは別の…」
これまでの戦いを振り返って見る限り、有情の身体能力は殆ど強化されておらず常人と変わらないレベルだ。
それに対して千春は変身ヒーローらしく身体能力は非常に強化されており、その反応速度は本気を出せば人間とは比べ物にならないレベルになる。
そんな千春の動きに対して幾ら瞬間移動の能力があるとは言え、有情が此処まで逃げおおせているのは明らかに異常だ。
「このタイミングなら…」
「甘いよ!!」
「くっ…」
有情の瞬間移動出来る範囲は精々数メートルのようで、これまで同じようなやり取りを繰り返せば相手の移動先のパターンも分かってくる。
半ば運であるが有情の瞬間移動の出現先を予測した千春は、そこに腕を伸ばして今度こそ相手を捕まえようとした。
しかしまるで千春の動きを読んでいたかのように念動力による石礫が放たれており、その一撃で体を揺さぶられた千春は間一髪で相手を取り逃がしてしまう。
こちらを見透かしたような有情の動きには何か種がある、千春はそれを見出そうと改めて彼女の全身を観察し始める。
そして千春は相手の能力の種こそ分からなかったが、その代わりに有情のそれに気付いてしまったのだ。
「…っ!」
「…? えっ、嘘っ…、いやっ!?」
千春の様子を訝しんでいた有情が突然、慌てた様子で自身の下半身の方に視線を寄せる。
そこには有情の履いていたスカートが裂けて、彼女の太ももが丸出しになっている光景があった。
どうやら先ほどまでの追いかけっこで動き回っている間に、有情のスカートが自然と破れてしまったらしい。
有情は見るかに焦った様子でスカートに手を伸ばすが、幾ら超能力でも衣装までは治せないようだ。
「ああ、そういう能力なのか。 テレパシー、あんたは俺の思考を読んでたんだな」
「こ、の変態!!」
「仕方ないだろう、こんだけ暴れたら服も破れるって…」
今の一連のやり取りで千春は一言も発しておらず、仮面を付けた今の千春の視線を読むことも出来ない。
しかし千春が自身の破れたスカートに気付いた事実を、有情はどのように察したのだろうか。
千春はそれを可能とする超能力の存在を知っていた、相手の心の内を呼むテレパシー能力。
有情が千春の手からがこれまで逃れ続けていた理由は、テレパシーでその思考を読んでいたことにあるらしい。
「もう嫌、今日の所はこの位にしておいてやるわ!!」
「うわっ、砂ぼこりが!? こんなこともできるのか…、逃げたられたな」
自身の衣服の犠牲が余程応えたのか、有情は若干涙目になりながらこの場から立ち去ろうとする。
周囲の砂や埃を念動力で巻き上げて、千春の視界を一瞬覆った上で瞬間移動で駐車場から姿を消してしまう。
人為的に作りだされた砂ぼこりに気を取られてしまった千春は、まんまとターゲットである少女を逃してしまうのだった。




