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確かに警察官や大人の立場として、未成年である少女の助けは借りられないと主張する上村の意見は正しい。
しかし幾ら理想を語っても、現実問題として魔法少女に対抗できるのは魔法少女しか居ないのだ。
そのため平井は強固に反対するであろう上司の上村に黙って、今回の独断行動に出た。
万が一に上村に露見した場合を考えて、彼が問題視する未成年の少女というカテゴリーから外れている千春に白羽の矢が立たてたのである。
「この千春くんは魔法少女に対抗できる唯一の青年男性です! 彼の力を借りるならば、上村さんも納得するでしょう」
「…お前、一体どこでそんな力を?」
「あ、元は知り合いのの魔法少女の力です。 その子から魔法少女の力を譲渡して貰って…」
「そ、そいうのもあるのか…。 何でもありなんだな、魔法少女って奴は…」
店内では目立つのですぐに変身を解いた千春は、再び店内の席に座り注文したコーヒーを飲んでいた。
その正面では空席に無理やり上村を座らせた平井が、畳みかけるように千春の存在をアピールしている。
先ほどの変身が余程驚いたのか、上村は未だに呆然とした面持ちで千春に関する説明を聞いていた。
「はい、これが千春くんの戦闘映像です。 どうです、彼も立派な魔法少女の同等の戦力なんですよ!!」
「これは…、本当に彼は…」
「何か恥ずかしいな? 目の前で俺の動画が見られているのって…」
「しっ、黙ってなさい。 話がややこしくなるから…」
駄目押しばかりに平井は、事前に用意していたらしいNIOHチャンネルの動画を上村に紹介する。
そこには千春とモルドンとの戦いの記録が映し出されており、マスクドナイトNIOHとなった千春が見掛け倒しでは無いことを証明していた。
真剣な表情でマスクドナイトNIOHの動画を見る上村、その様子を間近で見せられている千春は若干照れのような感覚を覚えていた。
「分かった、彼があいつと同じような力を持っていることは認める。 だが、やはり民間人を巻き込む訳には…」
「しかし成人した男性です! 上村さんは未成年の少女の力を借りることを問題視してた筈ですよね、彼はそのどちらも満たしてませんよ。
いい加減、意地を張るのを辞めてください。 このままだと本当に死んでしますよ、上村さん!!」
「死ぬって、一体それは…」
「っ!? いや、別に…、それは言葉の綾であって…」
とりあえず平井と上村の口論を黙って聞いていた千春であるが、その中で聞こえてきた物騒な言葉に思わず反応してしまう。
上村は動揺したのか一瞬瞳を大きく見開き、それを誤魔化そうとする。
しかし上村の千春に対しての言い訳に先んじて、平井がとんでもない行動に出てしまった。
「上村さん、ちょっと失礼します!」
「うわっ、よせ…!? 痛っ!!」
「これです、これ!」」
いきなり平井が隣に座っていた上村に掴みかかり、皺が目立つスーツの上着を無理やり脱がせようとしたのだ。
勿論上村は抵抗しようとするが、何故か苦悶の表情を浮かべて途中からなすが儘にされてしまった。
やがてスーツの上着をはぎ取られて、その下のシャツも剥がされた上村は服の下に巻かれた包帯を晒されてしまう。
服の上からでは分からなかったが、この上村と言う男は体中に包帯を巻かれるほどの負傷をしているらしい。
「これはお話した魔法少女の子にやられた傷なんです。 上村さん、見た目だけでなく中身の昭和世代で、何度も彼女を説得に行って返り討ちにあってるんです。
体当たりでぶつかり合って解りあうなんて、今時の子供には通じません。 もう言葉で解決する段階は過ぎてるんですよ、上村さん」
「…」
今回の千春に依頼を持ちかけた平井の独断行動は、上司である上村を助けるための行動でもあったらしい。
話を聞く限りでは何人もの魔法少女を倒しているその少女は、自身を止めようとする警察官の男をも手に掛けたらしい。
明らかに体格で劣る平井に全く抵抗できなかった所を見ると、上村の傷は相当酷いのだろう。
そんな体になっても尚、他の魔法少女の力を借りようとしなかった根性を褒めるべきなのか呆れるべきなのか。
「上村さん…、ですよね。 俺にもその少女を止めるのを手伝わせてください、お願いします!!」
「…分かった」
実際に魔法少女の被害に遭った上村の痛々しい姿を見て、千春も覚悟を決めたようだ。
平井と上村に対して頭を下げながら、彼らを悩ませる魔法少女の捕縛する手助けを願い出る。
それに対して上村は平井に脱がされたスーツを着直しながら暫く無言を貫いていたが、やがて静かに了承の言葉を口にした。
恐らく上村自身も内心で、今のままではあの可哀そうな少女を止められない事を理解していたのだろう。
上村が折れたことにより、ようやく此処に警察官とマスクドナイトNIOHの協力関係が成立したのだ。
個人情報と言うこともあり、千春はこの瞬間までその魔法少女の詳細な素性を教えて貰っていなかった。
この街で犯罪を冒し、それを咎めた他の魔法少女を返り討ちにしたという情報は聞いたが、その少女の顔も名前を知らないのだ。
上村がようやく折れたことで本題の対魔法少女の話になった千春たちは、初めてその少女の素顔を知ることが出来た。
有情 慧、中学三年生の女学生。
机の上に置かれた彼女の写真はどうやら学校行事の時に撮れた物のようで、セーラ服の少女がクラスメイトと共に笑顔を見せていた。
「中学三年生か…、結構年が行っているな…。 大人っぽい見た目だし、高校生くらいにも見えるぞ」
「魔法少女も毎年、年齢制限が緩くなっているみたいだからね…。 一昔前ならあんたに力をくれたあの子も、魔法少女にはなれる年齢じゃ無かったもの」
「魔法少女になれる年齢、それは最初の魔法少女スィート・ストロベリーの年齢以下になるように調整されているって説だろう?
本当、出来過ぎた話だよな…」
今から10年以上前の魔法少女黎明期の時代において、魔法少女になる者は小学校低学年の少女だけであった。
それが今では天羽やこの有情のような中学生だけに留まらず、下手をすれば高校生すら魔法少女となることがあるらしい。
暇人が毎年出てくる魔法少女の年齢比率を調べたこと、その年齢制限は徐々に高くなっていると言う結果をデータを示した。
魔法少女の対象年齢はあのスィート・ストロベリーとリンクしていると言うのが、今や関係者の間での常識となっている。
「確かスィート・ストロベリーだった子は、もう高校生くらいの歳だよな? 後何年かしたら、二十歳超えの魔法少女が生まれちまうな。
ははは、そうしたら朱美も魔法少女になれるかもしれないぞ」
「はぁ…、なれる訳ないでしょう。 スィート・ストロベリーは私の年下なんだから、私が彼女の年齢以下になることはあり得ないのよ。 お分かり、このバカ春!!」
「あっ…。 ん、冗談だよ、冗談。 そんなことは分かって…、えっ?」
当たり前の話であるがスィート・ストロベリーである少女が年齢を重ねれば、同時に朱美の方も年齢を重ねることになる。
つまり自分が現在の環境下で魔法少女に目覚める可能性はゼロであると、朱美は疲れたような表情をしながら説明した。
それを受けた千春は冗談であると強がりを見せるが、動揺しているところを見る限りでは先ほどの言葉は本気で有った可能性が高い。
こちらを追及する朱美から逃げるように顔を逸らして、窓の外に視線を寄せた千春はその光景に困惑の声をあげてしまう。
「…すいません、とりあえずその子がどういう力を持っているか教えてくれませんか? できれば今すぐに!」
「えっ…、どうしたんです? そんなに慌てて…」
「いや、さっき窓の外で目が合って…!? ああ、みんな、伏せろ!!」
千春が慌てた様子で朱美たちに警告するのと、店のガラスが粉々に砕け散るのはほぼ同時だった。
咄嗟に千春の警告に従って伏せた朱美と警察官たちは、間一髪でガラスの直撃を防ぐことに成功する。
ガラスが床に落ち切ったところで恐る恐る顔を上げた彼らは、壊れた窓の外に立つ一人の女学生の姿を目にする。
有情 慧、先ほどの写真とは別人と思うほどに険しい表情をした少女がそこに居たのだ。




