1-1. VSサイキック系魔法少女
最初の魔法少女であるスウィート・ストロベリーが世に出た時は、世間はとんでもなく大騒ぎした。
まさに魔法と言うべき人外の能力を持つ存在が現れたのだから、世界の注目を集めない筈はないのだ。
すぐにマスコミたちは魔法少女の元に押し寄せてきて、その取材に応じた少女は意図も容易く魔法の力を使って見せる。
チャチなトリックとは次元が違うその力に世の科学者や有識者たちは、渋々と敗北を認めて魔法の存在を認めるしかなかった。
そして個人情報など無意味だと言わんばかりに、スウィート・ストロベリーとなった少女の姿と名前はあっという間に広まる事となる。
「…けれどもモルドンの登場によって、スィート・ストロベリーの評価は地に落ちた。
魔法少女に取って都合が良すぎるモルドンと、当の魔法少女の関係を疑わない筈はないもの。
実際にモルドンの被害を受けた人たちは、スウィート・ストロベリーが全ての元凶だって大騒ぎしたわ。 あんたも覚えているでしょう、ニュースや新聞でのスウィート・ストロベリーの叩きは酷かったわよね?」
「いや…、小学生の頃だし正直あんまり覚えてないな…。 確か学校でモルドンの話とかをした覚えは有るんだけど…」
「はぁ、バカ春に聞いた私が馬鹿だったわ」
最初はただ持て囃される存在であった少女であったが、その栄光はモルドンの登場と共に呆気なく終わりを迎えることになる。
魔法と言う異能を持った魔法少女と、その力でしかた倒すことが出来ないモルドン。
まさに魔法少女物のアニメのような設定を現実に持ちだされたら、何らかの作為を疑うに決まっているのだ。
世間はモルドンが生まれた原因は魔法少女であろうと一方的に決めつけ、その代表とも言うべきスウィート・ストロベリーにヘイトは集中した。
何時の間にかスウィート・ストロベリーをテレビで見る事は無くなり、朱美が言うには彼女は家族と共に夜逃げ同然で何処かへと消えたと言う。
「あんたの考えなしの行動はあんただけでなく、周りにも迷惑を掛ける最悪の行為だったのよ!
時代が時代だったら、あんたの妹って事で彩雲ちゃんにも被害が出ていたもしれないわ!!」
「…悪かったよ」
幾ら魔法少女を叩こうともモルドンが現れる現実は変わらず、人々は魔法少女に頼るしか道が無い。
その事実を渋々と理解した世間は魔法少女と共存する道を選び、今では魔法少女向けの動画チャンネルまで作られるほどに浸透している。
しかし魔法少女が市民権を得るまでの過程には、スウィート・ストロベリーと言う犠牲者を生み出したことを忘れる訳にはいかない。
ジャーナリスト志望であり世間の怖さを熟知している朱美としては、先日の千春の無謀な行動は決して許せない行為だったのだろう。
「不幸中の幸いだったのは、正体を明かした理由は人命救助のためだって事ね。 ヒーローオタクのあんたがこれまで意識してヒーローしてきた事もあって、マスクドナイトNIOHの評判はそれほど悪くない」
「ああ…」
「いい、あんたはかつてのスウィート・ストロベリーのように、現実の世界に現れた本物のヒーローになったのよ! その事実を肝に銘じておきなさい!
暫く香ちゃんと会うのも止めた方がいいわね。 あんたと付き合いの長い私は兎も角、本来なら何の接点も無い彼女と会っている所を見られたらまずいわ」
「……」
かつて千春は自身の考案した変身ポーズを真似る子供たちの存在から、自分が否応なしにヒーローとして見られる存在になった事を実感した。
しかしそれはあくまでNIOHチャンネル内の、極々狭いコミュニティの中での話であった筈なのだ。
それが今では千春ことマスクドナイトNIOHの存在は世間に広まり、平凡なヒーローオタクでしか無かった自身がリアルヒーローとして世間に認知されている。
自身の立ち位置の突然の変化に付いていけてないのか、未だに千春は夢現のような心境であった。
「よし、分かったならそろそろ仕事の話に移るわ。 この後はニュース番組の取材よ、私が事前に準備した模範回答には目を通したわよね? あんたが下手に喋ったらボロが出るに決まっているから、余計なことは絶対に口にしないでよ。
ああ、雑誌の取材もあったわね。 多分、変身ポーズの写真撮影もあるから、暇な時に練習でもしておきなさい。 それと…」
「おい…、朱美。 お前、もしかして楽しんで無いか?」
「…そ、そんな訳ないじゃない!?」
ジャーナリスト志望であり、その手の業界について精通している朱美は何時の間にか千春のマネージャーと言うべきポジションに収まっていた。
千春自身としても自分が押しかけてくるマスコミを捌けるとは思っていないので、窓口として仕事の選別をしてくれる朱美の存在は非常に助かっている。
しかし何処かイキイキした様子を朱美を見ていると、どうも自分がおもちゃにされている気分が拭えない。
そんな千春の疑惑の目から逃れるように、朱美は若干慌てたような様子で仕事の話を再開するのだった。
千春がマスクドナイトNIOHとなった切っ掛けは、彼の妹である彩雲であることは間違いない。
しかしその存在を世間に広めた切っ掛けを作ったのは、マスクドナイトNIOHチャンネルの主である天羽 香であろう。
中学生の若者らしく世間の注目を集めたかった天羽は、偶然助けられた男性変身者である千春を半ば巻き込んでマジマジへと殴り込みをかけた。
結果的に天羽の賭けは成功して、彼女はマスクドナイトNIOHチャンネルの主として有名になることが出来たのだ。
「うふふふ、お兄さんの正体バレはいい起爆剤になったわね。 私のチャンネルの動画で、マジマジのランキングを埋め尽くしているなんて夢みたいだわ。
ああ、世界中の人間が私の動画を見ているなんて、夢みたいだわ…」
マスクドナイトNIOHの存在を知った世間の人々が集まるのは、当然ながらその活躍の一部始終を投稿している天羽のチャンネルである。
例の救出劇の様子が報道されていらい、マスクドナイトNIOHチャンネルに上げている動画の視聴回数は鰻登りだった。
それはマスクドナイトNIOHの活躍を紹介するチャンネル主である天羽もまた、その視聴回数分だけ見られているという事になる。
世間の注目を集めると言う自信の夢が成就したと言っていい状況に、天羽は一人悦に入っている様子だ。
「撮り貯めしていた動画はまだ幾つかあるし、暫くはお兄さん抜きでも継続して投稿出来るわね。 お兄さんの方が落ち着いたら、また一緒に動画でも作りましょう。
けれども朱美さんに言われたように、あんまりお兄さんに近づくと私の正体までバレそうだしな…。 撮影方法も考えた方がいいわね…」
SNSと共に生きる現代っ子である天羽は、幼い頃から受けた情報教育の成果もあって身バレの恐ろしさを十分に理解している。
幾ら目立ちたいと言っても今の千春のように、プライバシーを犠牲にしてまで注目を集めたいとは思えない。
そのため今後もNIOHチャンネルを続けるにおいて、正体バレをしている千春とどのように動画撮影を進めていくか考える必要があるだろう。
今後のチャンネルの有り方について悩みながら、天羽はチャンネルの連絡先として公開しているメールサーバを開いていた。
「うわっ、凄いメールが来ている。 見た所殆どはファンメールっぽいけど、ウイルスメールの可能性もあるからな…。
あれ、このメール。 他のファンメールとちょっと違う?」
それはただの偶然だったかのか、それとも必然だったのか。
数百・数千にも及ぶメールに埋もれていた一通のメール、何気なくそれを開いた天羽はその内容に衝撃を受ける。
平井 裕子から送られたこのメールは、そのまま千春の元へと転送されるのだった。
マスクドナイトNIOHことに千春に対して、ある魔法少女を捕まえて欲しいと依頼するそのメールを…。




