0. VS世間
朱美が言うにはあの渡りのモルドンの生配信は、魔法少女関係者にそれなりに影響を与えたらしい。
四人分の魔法少女級の戦力を相手に互角以上に立ち回り、今も生存しているらしい超級のモルドン。
この世界に魔法少女とモルドンが誕生してから、魔法少女の力がモルドンを上回るという図式が覆ることは無かった。
しかしあの動画の配信によって、魔法少女とその仲間たちはこれまでの常識が覆った事を知ったのだ。
「"ふん、あれは魔法少女サイドの戦力がカスなだけだ! そうでなければ、あんな…"」
「"あの映像は作り物だ! あんなモルドンがこの世に居る筈が無い!!"」
「"ど、どうしよう…。 あの蜥蜴ちゃんが私の縄張りに来たら…。 うぅぅっ、怖い!!"」
「"とりあえず男は消えろ! マジマジに男は要らないんだよぉぉ!!"」
あの動画を話の種に自称魔法少女有識者様は、今でも不毛な議論を続けているらしい。
転載された動画のコメント欄や匿名掲示板で建てられたスレでは、渡りのモルドンについて有ること無いこと喚かれている。
朱美のアドバイスもあって深くは追っていないので詳細は知らないが、その議論の中にはNIOHのことも色々と話題に上がっているとの事だ。
その影響でNIOHチャンネルの活動は縮小しており、最近の投稿は少し前にウィッチとのコラボ動画を上げたくらいである。
「さーて、今日も夜はまたモルドン退治か…」
「□□□!!」
「おいおい、静かにしてろよ…」
復活したウィッチの占いによるサポート、加えてウィッチ自身が戦力として加わることで千春たちの対モルドン戦力は万全と言っていい。
ウィッチ予報によると今晩はモルドンが現れるのだが、あの渡りのようなイレギュラーが無ければ問題は起きないだろう。
愛車に乗ってバイト先に向かう途中、信号待ち中に何気なしに呟いた千春の独り言に背中のリュックから反応が返った。
どうやらリュックの中に収納されたシロが、律義に千春の言葉に反応してくれたようだ。
千春が元気いい相棒の様子に苦笑しながら、シロを撫でるかのようにリュックサックへ手をやる。
そんな風に相棒と戯れていた千春の背後の方から、突如何かが爆発したかのような音が届いた。
「爆発!? こんな昼間からモルドンか…、そんな訳ないよな。 行ってみるか…」
明らかな異常事態に千春は咄嗟にモルドンの存在を疑うが、太陽に照らされた今の時間帯にあの漆黒の異形が居る筈もない。
自分の考えを否定しながらも爆発音の理由が気になった千春は、そのままバイクをUターンさせて声の方角に向かった。
千春のバイクが辿り着いたのは、個人経営をしている小さなレストランだった。
店の外には業務用らしきカメラやライトを構えた人たち、そして彼らの背後で偉そうにしている中年男が居る。
どうやら此処にテレビ局か何かが取材に来ているようで、店の周囲には十人前後の携帯を構えた野次馬たちの姿も見えた。
その野次馬に紛れて白い調理服を着た店の従業員らしき姿もあり、不安そうな様子で自分の店の方を見ていた。
この説明だけなら爆発の説明が付かないだろうが、問題は現状のレストランの惨状である。
「警察、消防車を呼べ!」
「スクープだぞ! 絶対に撮り逃すなよ!!」
「ああ、俺の店が…」
店内で何か事故でもあったのか、ガラス越しに見える店内は地獄絵図だった。
どうやら厨房で事故か何かがあったようで、店の中には既に火の海となっているのだ。
恐らく先ほど聞こえてきた爆発音は、この店の惨状を作り出した原因による物らしい。
店の関係者たちは呆然した様子で立っており、それ以外のテレビ関係者や野次馬は一心不乱に火事の様子を撮影している。
「…ちょっと待って!? あんた、千鶴さんが居ないわよ!!」
「母さんが居ない!? 本当だ…、まさか逃げ遅れたのか…。 母さぁぁぁん!!」
「駄目ですよ、店長! 消防車が来るのを待ちましょうよ」
突然の事態に呆然としていた店主とその妻は、今更ながら足りない人間が居る事に気付いたらしい。
恐らく店主の母親らしい老婆が、既に火の海となっている店に取り残されていると言うのだ。
慌てて母親を助けようと店主が動き出すが、従業員らしき若い男がその無謀な行動を止める。
その若い男が言う通り素人が火事の中に突っ込んでも自殺行為であり、普通に考えれば消防車の到着を待つしかない。
しかし未だに消防車の到着を告げるサイレンの音は聞こえず、火の勢いはどんどんと増すばかりである。
「…その人は何処に居るんですか?」
「えっ…?」
「だから、その千鶴って婆さんは店の何処に居るんですか!!」
「に、二階に居る筈…」
仮に千春に何の力も無ければ、他の野次馬たちと同じように火事の見物に終始していただろう。
しかし幸か不幸か今の千春には、火事に逃げ遅れた老婆を助けられる力があったのだ。
そして架空のヒーローたちのような複雑な設定や背景の無い千春には、自分の力を隠すために老婆を見捨てる必要は無かった。
「二階、なら外から行けば…。 シロっ!!」
「○○〇!!」
「…いくぞ、変身っ!!」
すぐさまリュックサックからシロを取り出して、愛車と合体させながら千春自身も変身を行う。
東洋風の鎧を纏った戦士、マスクドナイトNIOHの姿となった千春は翼の生えた愛車に跨った。
行き先は勿論火の手の上がるレストランの二階、目的は逃げ遅れた老婆の救出である。
当然のように突如変身を遂げた千春たちは、現場に居る者たちの注目を集める事になった。
「なっ!?」
「おい、あれを撮れ!!」
「何だよあれ、魔法少女か!?」
周囲のテレビ関係者が野次馬たちを無視して、千春は取り残された老婆の救出に向かう。
車体から生えた翼で空に飛んだ白いバイクは、背後からのシャッター音を受けながら二階窓へバイクごと突っ込んで行く。
そしてガラスを散乱させながら店内に入った千春たちは、1分と経たずに老婆を後ろに乗せながら戻ってきた。
たかが火事程度でマスクドナイトが怯む筈もなく、今の千春であればこの程度の救出劇は朝飯まえであった。
「よし、これでもう大丈夫です」
「ああ、母さん!! ありがとう、君は命の恩人だ!! き、君は一体…」
「通りすがりのマスクドナイトですよ…、なんてな。 …あ、では俺はこれで失礼します」
火事に取り残された恐怖か、空飛ぶバイクに乗った衝撃か、一言も声を発しない老婆をバイクから降ろす。
呆然とした表情をしているが確かに生きている母親の体を受け取った店主は、頭を下げて千春に感謝の言葉を述べる。
そして千春はこちらを容赦なく撮影してくるテレビマンや野次馬の相手をすることなく、そのまま再び空へと消えるのだった。
千春がマスクドナイトNIOHの力を使って、火事から逃げ遅れた老婆を救う。
その結果だけ見れば何も問題ないが、その結果を得るための過程が大問題であった。
あろうことか千春は、テレビ局や野次馬たちのカメラの前で堂々と変身したことにあった。
百歩譲って何時もの撮影用にマスクでも付けていれば良かったのだが、あの一分一秒を争う修羅場でそんな余計なことをしている暇は無かった。
完全に素顔を晒した状態で千春はマスクドナイトNIOHとなり、その変身シーンはその後の救出劇とセットであっという間に世間に広まってしまう。
「すいません、NIOHさん! 何かコメントを…」
「魔法少女の力を手に入れた経緯を、番組で語って貰えますか!!」
臨時休業の札を掲げる喫茶店メモリーの周囲は、カメラを構えたテレビマンたちで包囲されていた。
まるでテレビのヒーローのように変身を果たして、颯爽と老婆を救った千春の存在は余程世間の関心を引いたのだろう。
それが少女であれば魔法少女に慣れた世間はそれほど騒がなかったろうが、見ての通り千春は若い男性である。
マジマジでも一時期話題になったように男性の変身者は史上初の存在であり、この国はとにかく初物に弱いものだ。
「…どうすんのよ、これ?」
「お兄さん…」
「はははは、これじゃあ商売にならないよ、千春くん」
「…すいませんでしたぁぁぁ!!」
あのレストランが千春の地元であったこともあり、千春の素性はすぐに世間に知られてしまったようだ。
今話題のマスクドナイトNIOHこと千春の声を聞くため、報道陣たちが千春のバイト先まで押しかけてきていた。
完全に自分の行動が招いた自業自得の状況に、千春は白い眼を向けてくる彼らに土下座をする選択肢しか無かった。
世界初の男性変身者としてマスクドナイトNIHOこと千春は、マジマジを中心とした魔法少女業界でそれなりに有名人である。
しかしそれは世界全体から見れば極めて狭いコミュニティの話でしか無く、魔法少女に興味を持たない大半の人間に取っては無名の存在だった。
あの救出劇の一件はその前提を過去形として、マスクドナイトNIOHの存在を世間一般レベルにまで広めてしまった。
「嘘っ、男性の魔法少女!? 魔法少女の力を受け継いだ青年…、これよ! この子なら…」
マスクドナイトNIOHの存在は一般ニュースでも扱われるようになり、そこで初めて彼女はその存在を知る事になった。
魔法少女はそのすべてが未成年であり、例えどんな力を持とうとも彼女や彼女の先輩に取っては庇護の対象でしかない。
そこに例外が存在した、魔法少女の力を持つ青年男性という彼女が切に望んでいた人物が居るのだ。
見るからに喜びの表情を浮かべながら、彼女は慌てた様子で携帯を操作しながらマスクドナイトNIOHの情報を集め始める。
この女、平井 裕子の登場によって、マスクドナイトNIOHこと千春は次のステージを進むことになるのだった。
本日より第二部開始です。
第二部はタイトル通り、魔法少女との対決をメインテーマとして進めていきます。
では。




