7-10. (第一部完)
千春の立てた作戦は、本当に単純な思い付きによるものだった。
かつてウィッチは渡りの食事の時間、クリスタルを口に居れた瞬間を突いて一矢報いた。
食事の時間は獣が一番隙を晒す瞬間などと言う話も聞き覚えがあり、わざとその状況を作り出せば勝機を得られるのでは無いか。
勿論リスクはある、食事の時間の状況を作り出すにはあの危険なモルドンを相手に急所であるクリスタルを無防備にする事を意味するのだ。
一歩間違えば渡りにクリスタルを献上するだけで終わる可能性もあり、ハイリスクハイリターンの奇策であった。
「よし、思いついた。 お前たちのクリスタルを餌にして、渡りの隙を突くって言うのはどうだ?
ウィッチもあいつの食事の時間に不意を突いたみたいだし、その時の同じ状況に持ち込めば…」
「□□、□□□□!?」
「○○〇、○○!!」
「こら、暴れるな。 悪かったよ、冗談だって、冗談…。
…まあ手札は多い方がいいし、一応この作戦の流れだけは決めておくぞ」
渡りとの戦闘前の打ち合わせで千春がこの作戦を口にした時、千春は即座にシロとリューの抗議を受けていた。
魔法少女が生み出した使い魔であるシロとリューにとって、クリスタルは命その物である。
そんな大事な物を囮に使うなどと認められる筈もなく、シロとリューの反応は当然と言っていい物だった。
しかしこの時の千春は何かの予感でもあったのか、念のためと無理を言ってシロとリューと共に作戦時の具体的な流れまで詰めていた。
それが今回の一発逆転の展開を導くとは、勝負の運とは分からない物である。
今回の作戦の肝と言える、捕食の寸前でクリスタルを守る手段は2パターン用意した。
一つは千春のバイクと一体化しているシロの、バイクからの合体解除。
あのモルドンがクリスタルが見える千春のバイクを口にしようとした瞬間、シロがバイクとの合体状態を解除してクリスタルごと退避する手段だ。
もう一つは今まさにリューがやったように、戦闘形態の解除。
クリスタルが喰われる寸前に、リューが戦闘用の巨大ドラゴン形態から日常用に手乗りドラゴン形態になって退避する手段だ。
どちらの場合もシビアなタイミングが要求されるため、事前の練習無しに一発せ成功した事は奇跡と言えよう。
「お前が食い意地が張ってくれて良かったよ。 目の前のクリスタルに夢中になって、周りに目が行って無かったようだな!!」
「ヲ…、ヲヲヲっ!?」
この無謀な作戦に問題点は幾らでも出せるだろうが、致命的なのは蜥蜴型モルドンの推定感知系の能力である。
視界の範囲外からの攻撃すら読み切った蜥蜴型モルドンが相手では、翼を広げて仁王立ちするリューの背後での千春の動も把握されていたかもしれない。
そうなれば自らのクリスタルを囮にしたリューの献身も無駄に終わり、千春たちはバッドエンドを迎えていただろう。
しかし蜥蜴型モルドンは余程クリスタルに執着していたのか、死んだふりをしていた千春たちの演技を信じて危険はもう無いと判断したのか。
理由は不明だが結果として千春の動きを蜥蜴型モルドンが察することは無く、こうして口内のクリスタルに剣を突き入れられていた。
「っ!? なんだ、クリスタルが固い! いや、この感触はまさか…、あの障壁か!!
リュー、シロ、こいつの動きを止めておけ。 こいつ、口の中のクリスタルの表面にあの障壁を…」
「ヲヲヲヲ!!」
これまで何度もモルドンのクリスタルを砕いてきた千春は、今まさに突き刺している剣からその感触を感じないことを訝しむ。
たしかにヴァジュラの放つ光の剣は蜥蜴型モルドンの口内に入っており、その剣は確かに蜥蜴型モルドンを傷つけている筈なのだ。
しかし肝心のクリスタルが一向に破壊される気配が無く、剣先が何かに阻まれている感触を覚えた千春は直感的にそれが何かを理解する。
これまで幾度も無く千春たちの攻撃を阻んできた障壁、それが口内のクリスタルを覆っているのだ。
前回ウィッチにやられた事の反省からか、渡りの蜥蜴型モルドンは口内のクリスタルを守るための保険まで用意していたらしい。
状況に気付いた千春は死んだふりをしているシロは戦闘形態に戻ったリューと共に、千春の剣から逃れようとする蜥蜴型モルドンを拘束するように命じた。
「□□□!!」
「○○〇!!」
「ヲヲヲヲッ!!」
「この、いい加減に…」
シロの翼とリューの腕に体を抑えつけられた蜥蜴型モルドンは暴れるが、流石に二匹掛りの拘束を簡単に解けないらしい。
しかし相変わらず口内のクリスタルはあの障壁に阻まれており、千春が幾ら力を込めてもびくともしない。
既に千春は力自慢のAHの型になっているが、そのフルパワーでもあの障壁を破ることが出来ないようだ。
「こいつ…、ならもう一つのクリスタルを破壊すれば…。 あぁ、駄目、こっちのクリスタルもあの障壁で…」
「まずはこっちのクリスタルだ! こっちを手伝え、二人の力を合わせれば…」
「っ!? ダブルヒーローの共闘だね! よーし、頑張るぞ!!」
花音が蜥蜴型モルドンの体の方にあるもう一つのクリスタルを狙うが、そちらも同じように障壁が張られてびくともしない。
千春は蜥蜴型モルドンの体を必死に抑える二匹たちと同様に、二人掛かりで口内のクリスタルを破壊しようと花音に呼びかける。
その提案はヒーロー好きの花音には喜ばしい提案だったようで、嬉々としながら千春の横に立ってヴァジュラの柄を持つ
そして二人の合わせて、クリスタルを破壊するために剣を押し込み始めた。
「えぇぇぇぇぇぇい!!」
「まだだ! もっと、もっと、もっとだぁぁぁぁ!!」
「ヲヲッ!? ヲォォォォォォォォォ!?」
此処が勝負所だと千春は雄たけびを発しながら力を込めて、その気合に応えるようにベルトの赤いクリスタルが光を放つ。
千春と共にヴァジュラを持つために、腰の鞘に収納された花音の剣に嵌められたクリスタルも共鳴するように光っていた。
足りない、まだ足りないと千春は貪欲にクリスタルから力を求めて、クリスタルの赤い光はますます強まっていく。
やがてベルトから放たれる光がAHの型の赤色だけでなく、UNの型の青色の光まで見え始めたでは無いか。
まさに最後の力を振り絞った千春たちの一撃はその瞬間、あの蜥蜴型モルドンの障壁をも上回った。
守りを失ったクリスタルはそのままヴァジュラの剣に砕かれてしまい、蜥蜴型モルドンは断末魔のような声を上げるのだった。
あの渡りの蜥蜴型モルドンの戦いから一週間ほどの月日が流れた。
本当に綱渡りではあったが、千春たちは犠牲者ゼロで蜥蜴型モルドンの口内のクリスタル破壊に成功した。
その成果は地元魔法少女の花音の弟が撮影していた映像にもしっかり撮られており、千春たちの成果を疑うものは居ないだろう。
しかし残念ながら、千春たちはあの戦いに完全勝利したとは言えなかった。
「はぁ、まさかあそこで逃げられるとはな…」
「まだ気にしているんですか、お兄さん? 仕方ないですよ、お兄さんたちは満身創痍だったんですから…」
花音と共にクリスタルを破壊した一撃は、文字通り最後の力を振り絞った物だった。
それはクリスタルを破壊するまで蜥蜴型モルドンを抑えていた、シロやリューも同じだったのだろう。
事実、千春は戦いが終わってから数日間、限界まで酷使された肉体が悲鳴を上げてまともに体を動かせないような状況に陥っていた。
そのために千春たちはクリスタルを破壊された直後、一瞬の気の緩みに付けこんで拘束から脱出した蜥蜴型モルドンを逃がしてしまったのだ。
土手脇に流れている川にダイブして逃げた蜥蜴型モルドンを追跡できる余裕は、当時の千春たちには残っていなかった。
結局、あの戦いはギリギリ判定勝ちと言い張れる程度の、痛み分けに近い締まらない結果に終わっていた。
「いい加減気持ちを入れ替えて、気合を入れて下さい! 今日はいよいよ、あの魔法少女の復活を我がチャンネルで独占するんですから!!」
「そうだな…、先輩の前で後輩の俺たちが頑張らないとな!!」
「そ、そんなに頑張らなくても大丈夫です」
千春たちは蜥蜴型モルドンを倒すまではいかなかったが、少なくとも口内のクリスタルを破壊することは出来た。
そして魔法少女から奪ったクリスタルの塊であるそれを破壊できたということは、蜥蜴型モルドンの被害者たちの復活を意味する。
フードで顔を覆う御伽噺の魔女のようなローブ、これまた魔女が持つような先端にクリスタルが光る木製の杖。
ウィッチ、千春たちの活躍によって復活を果たした、彼らの街の先輩魔法少女の姿がそこにあった。
「あの…、事前に話した通り顔出しは…」
「大丈夫ですよ、ちゃんと編集して投稿しますから。 前みたいに生配信はしませんよ」
「お、占い通りにモルドンが来た来た! 行きますよ、先輩!!」
「は、はい! 出来の悪い先輩ですが、よろしくお願いいたします」
復活したウィッチ、早坂 友香と共に行うモルドン退治を行う動画。
「先輩に挨拶してみた」と言うタイトルで投稿されたそれは、先の渡りの一件もあってマジマジで非常に注目されることになる。
渡りのモルドンを相手に一矢報いたという功績の後押しもあり、復活したウィッチの存在は一気に世に広まっていく。
それは渡りのモルドンを相手に派手に立ち回った、千春ことマスクドナイトNIOHにも言えることである。
これが呼び水となってマスクドナイトNIOHは、遠くない未来に新たなるステージに上ることになるのだ。
しかしそんな先の事など知る由も無い千春は、今は呑気にモルドン退治に励むのだった。
章の最終話ということもあり、今回の話は少し長引きました。
とりあえず次回から新しい章ということで、マスクドナイトNIOHこと千春たちのお話は新展開を迎えます。
ちょっと準備があるので次回更新は少し先になりそうで、遅くとも7月から再開できるように頑張魔ります。
では。




