7-8.
リュー、魔法少女である星川 千穂が生み出した、自意思を持つドラゴンである。
普段はシロと同程度の小動物サイズは、戦闘ともなれば全長数メートルの立派なドラゴンへと姿を変えるのだ。
ドラゴンと言えばもっと巨大であると不満を持つかもしれないが、残念ながら魔法少女一人のリソースではこれが限界らしい。
しかし実際に戦闘形態となったリューは迫力はあり、実際にこれを見てリューを馬鹿出来る人間は居ないだろう。
魔法少女としての力の源であるクリスタルは胸元で光っており、かつてこれを蜥蜴型モルドンが喰ったときは悍ましい絵面だったに違いない。
「ヲヲ…」
「そこを動くなよ、モルドン!」
青き鎧のUNの型となっているNIOHは、銃モードにしたヴァジュラを蜥蜴型モルドンに向かって連射する。
対処しなければクリスタルに命中するであろう精密射撃を前に、蜥蜴型モルドンは避けるのに集中するしかない。
幾らUNの型の鋭敏となった感覚でも、あの蜥蜴型モルドンを相手に銃撃を命中されるのは難しいようでヴァジュラの雷は空を切る。
しかしそれは蜥蜴型モルドンが千春の相手に手一杯になっている事でもあり、先ほどまで劣勢だった二体の使い魔たちをフリーハンドを与える結果となった。
「…今だ、やれ!!」
「○○、○○!!」
「□□□っ!!」
千春が蜥蜴型モルドンを足止めしている間に、シロとリューの反撃の準備は整った。
リューが上空で静止して貯めを作り、次の瞬間に口から圧縮された炎の塊が放たれる。
隣で同じように静止したシロもまた、バイクに生えた機械の翼の一部を分離させて作り出した刃を飛ばした。
繰り出されるはドラゴンブレスと刃、千春の銃撃に晒されていた蜥蜴型モルドンにこれを潰すことは出来ない。
ドラゴンブレスが蜥蜴型モルドンに直撃して燃え上がり、駄目押しで刃の雨が降り注いだ。
「…やったよ、おじさん!!」
「いや、多分まだだ。 これくらいで勝てれば苦労は…。 てっ、だからおじさんじゃ無いっつーの!!」
並みのモルドンであればオーバーキルと言っていい攻撃に晒された姿に、マジカルレッドこと花音は既に勝負が着いたと考えたらしい。
事前情報が無ければ千春も同様の感想を抱いただろうが、かつてウィッチの火炎魔法を受けて耐えたと言う蜥蜴型モルドンがあれで終わったとは思えないのだ。
注意深く炎に焼かれる蜥蜴型モルドンを見ながら、千春はすぐさま動けるようにヴァジュラを両刃モードにして構える。
そして千春の当たって欲しくない予想は的中したようで、炎から飛び出してきた何かが凄まじい速さで千春に向かってきたのだ。
「おっと…、それはもう知っているぞ!!」
「ヲヲヲヲ…!?」
「てっ、こいつ…、マジで強いぞ!? ならこれなら…、嘘だろう。 AHの型でも推し勝てないのか…!!
「ヲヲヲ、ヲヲヲヲ!!」
「うわっ、危ない! くそっ、そういえば尻尾も危なかったんだよな!?」
蜥蜴型モルドンの反撃を予想していた千春は、かつてのウィッチの二の舞は回避したらしい。
UNの型の鋭敏な感覚を頼りに半ば反射的に構えたヴァジュラの刃は、間一髪でこちらに振り降ろされた花音の剣を防いでいた。
しかし鍔迫り合いの状態なった千春であるが、単純な腕力が大きく劣っているようでそのまま押し込まれそうになってしまう。
咄嗟に力自慢の赤いAHの型に姿を変えて凌ぐが、残念ながらそれでも押し返すまでにはいかず拮抗するので精一杯である。
加えて蜥蜴型モルドンには自慢の尻尾もあり、一回は辛うじて避けれたこの状況で何度もあの尻尾を回避するのは難しいだろう。
「○○!!」
「…私の剣を返せぇぇぇ!!」
「□、□□!!」
千春を救ったのは魔法少女四人分の戦力という、事前準備によって得られた数の利だった。
AHの型で作り出した拮抗は結果的に、背後・上空・横方向から同時攻撃を行う機会を生んだのだ。
翼を前に突き出して固めて槍のように構えたシロが、地面を駆けながら蜥蜴型モルドンの背後へと迫る。
蜥蜴型モルドンの上空へと飛んだリューが、貯めを作ってドラゴンブレスの追撃を掛けようとする。
自らの剣を取り戻すため、マジカルレッドが蜥蜴型モルドンの横から飛び掛かる。
「…□□!?」
「痛っ!? 何これ…、壁なの?」
「はぁっ!? それが今までタフさの種かよ!! 付き合ってられるかぁぁ!!」
「ヲヲ!?」
相手が一方向からしか来ないなら尻尾で迎撃出来ただろうが、三方向からの同時攻撃に耐えられる筈が無い。
しかし千春たちの予想を覆して、蜥蜴型モルドンは無傷でこの連携を切り抜けてしまう。
背後の上空と横方向、それぞれに迫っていた攻撃は突如作り出された若干黒みがかった半透明の障壁に防がれたのだ。
どうやらこのモルドンはとんでもない身体能力に加えて、自分の身を守る盾までも持っていたらしい。
あんまりの反則ぶりに怒りを覚えながらも、他に気を取られて圧力が減った隙を逃さずに千春は蜥蜴型モルドンの手元を蹴り飛ばした。
蹴りの衝撃で手元を緩めた千春は、そのまま剣を振るって花音の剣を蜥蜴型モルドンの手から弾き飛ばす。
「早く拾え! これでもうお前には武器は…、くぅ!?」
「ヲヲヲヲッ!!」
上手いこと相手の武器を奪えた千春は、その勢いのままヴァジュラを振りかぶる。
しかし無手となったとは言え、蜥蜴型モルドンにはその圧倒的な身体能力があるのだ。
対して力を優先して不器用なAHの型を取っている今の千春では、万全の剣裁きを行えない。
力任せに振られた剣は面白いように避けられてしまい、逆に相手の爪が千春の鎧に傷を付けてしまう。
リューやシロが千春を助けるために蜥蜴型モルドンに迫るが、戦いは明らかにモルドン側が有利に進んでいた。
"渡り"、多数の魔法少女のクリスタルを喰って成長した異常な蜥蜴型モルドン。
その存在に対して千春は戦いが始まる前から、決して当たって欲しくない嫌な懸念を持っていたのだ。
相手は魔法少女のクリスタルを喰らうことで二つ目のクリスタルを備えており、それによって魔法少女基準でも規格外の身体能力を手に入れていた。
しかしよくよく考えてみれば魔法少女のクリスタルは、彼女たちが望む能力を形にしてくれる与えてくれる存在なのだ。
それを喰らって力を付けたモルドンが、そのクリスタルに紐づいている彼女たちの能力を手に入れていないのは違和感があった。
もしかしたらあの規格外のモルドンは、これまで喰らった魔法少女の能力まで使えるのでは無いか。
「くっそぉぉぉ、嫌な予感ほど当たるもんだなー、おい!!」
「ヲヲヲヲッ!!」
あのシロたちの攻撃を防いだ障壁は、恐らくこの蜥蜴型モルドンの被害にあった魔法少女の能力だろう。
それならばこの圧倒的な身体能力も、モルドン自身の物ではなく能力で強化された物かもしれない。
今まで気付いてなかっただけで、このモルドンはこれらの能力を駆使して千春たちと戦っていたのである。
残念ながらUNの型の非力さでは、あの蜥蜴型モルドンの強化された力に対抗できない。
下手に使い慣れない剣を使うなら無手で戦った方がましだと、ヴァジュラを収めた千春は蜥蜴型モルドンへと殴り掛かる。
「なっ、ぐわぁっ!?」
「ヲヲ!!」
「畜生、種が割れたら隠す必要はないって訳か…。 お前、性格悪いな…」
千春の拳に対して蜥蜴型モルドンは逃げる素振りは見せない、何故ながら逃げる必要が無いからだ。
AHの型の最大パワーで振られた拳は直前で、あの半透明の障壁によって防がれてしまったのである。
障壁の存在に一瞬思考が止まった千春は、返しとして振られた爪によって胸元を削られてしまう。
その衝撃に耐えながら僅かに後退した千春は、この蜥蜴型モルドンは意図的にこの障壁の能力を隠していた事を察する。
実際に千春たちもこれを目の当たりにしなければ、相手が魔法少女の能力を奪ったとは確信を持てなかっただろう。
このモルドンは戦いを有利に運ぶために自らの手札をあえて隠していたのだ、ただ暴れ回るだけの一般のモルドンとは隔絶する頭の良さだろう。
「○○!!」
「□□!!」
「はぁぁっ!!」
傷ついた千春を助けるため、シロとリューと剣を取り戻したマジカルレッドが一斉に襲い掛かる。
しかし幾ら数の利があろうとも、あの身体能力に加えて障壁まで駆使されたら返り討ちに遭うのは目に見えている。
このままでは勝てない、そう確認した千春は仲間たちが奮闘する僅かな間を使って起死回生の策を考えていた。




