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こちらの存在に気付いた野次馬たちの写真撮影から逃れながら千春たちは、スタッフの案内を受けて撮影現場の中に足を踏み入れた。
その中には魔法少女研究会の浅田もちゃっかり同行しており、千春たちはそのまま現場責任者の元まで案内されていく。
本日の撮影は郊外の自然豊かな公園内で行われる事になっており、公園の一角に撮影スタッフたちが集まっていた。
彼らは険しい表情で何か話をしており、その中心には長髪を後ろで束ねた中年男性の姿が見える。
今回のビデオ映画の監督を務める責任者の千葉は、若干渋い顔をしながら千春たちを出迎えた。
「ああ、君があのNIOHくんか…。 早速、派手にやってくれたね…」
「は、初めまして、監督! こ、今回は誠に申し訳ないと…」
「ああ、気にしなくていいよ、君のせいじゃ無い事は分かっているから… 全く何処から情報が漏れたのか…。
撮影現場に野次馬が紛れ込むことは偶にあるけど、この規模はあんまり覚えが無いな。 流石はマスクドナイトNIOHのネームバリューだね」
「き、恐縮です」
千葉監督は何度かマスクドシリーズの作品に関わっており、千春のスタッフロールなどで名前を何度か見かけた事がある。
苦笑いを浮かべながら気にするなと言ってくれる千葉に対して、千春は深々と頭を下げながら謝罪していた。
千春にとって最悪の展開は、あの野次馬たちが原因で撮影が中止になることである。
自分が原因となって愛するマスクドシリーズの撮影が滞るなどは言語道断であり、そうなれば死んで詫びを入れるしか無いだろう。
「そ、それで撮影の方は…」
「スケジュールがあるからね、中止と言う訳にはいかないよ。 まあ撮影中に五月蠅くされなければ、何とでもなるから…」
「安心してください、もし撮影を邪魔する阿呆が居たら俺が実力で排除します! 千葉監督は安心して撮影を続けてください!!」
「わ、私もお手伝いしますから、千春さん!!」
「佐奈さん、落ち着いて…」
どうやら撮影中止と言う最悪な展開にはならないようだが、万が一のことがあり得るかもしれない。
その場合は自分が責任を取って対処するのだと、厄介なマスクドオタクと化した千春がやる気を漲らせる。
千春の熱意にあてられたのか佐奈もそれに同調してしまい、一人冷静な真美子が暴走しかけている恋する少女を落ち着かせていた。
千春ことマスクドナイトNIOHがゲスト出演を果たした特撮映画、"劇場版マスクドメビウスwithマスクドレジェンド 幻想の世界の魔法少女たち!!"。
劇中の巨大ハイテク企業であるメビウスコーポレーションが開発した、"MagicAR"によって引き起こされた幻想世界からの侵略。
本来交わることのない幻想の世界が現実の世界と交差し、悪の魔法少女ブラックベリーが手勢と共に現実世界へ襲い掛かったのだ。
最終的にマスクドメビウスを筆頭としたマスクドヒーローたちの活躍と、正義の魔法少女レッドベリーとの共闘によって悪の芽は潰えた。
幻想の世界との繋がりは全て断たれて、幻想世界の産物は全て消え去り平和が戻ってきた筈たが…。
「もう夏休みも終わったし、秋だよね…。 これでパパとまた会えるんだ! お願い、杖さん! この世界にパパを蘇られせて!!」
小学生に入ったばかりくらいの若い少女が、黒いクリスタルが埋め込まれた杖を大事そうに抱えている。
一般家庭の子供部屋と言う六畳くらいの狭い部屋には少女以外に誰も居らず、彼女は真剣な表情でその杖を目の前に掲げた。
本当はすぐにでも杖の力を使いたかったが、杖の力は秋にならないと使えないと事前に言い包められていた。
そのため少女は一日千秋の思いで季節が変わることを願い、そして待ちに待ったこの瞬間がやって来たのだ。
幻想世界から現れた悪い魔法少女""ブラックベリー"からその杖を手渡された少女は、彼女から教わった通りに願いを込める。
父親と再び会いたいと言う少女の純粋な思いに呼応するように、クリスタルは光を放ち始めたでは無いか。
そして次の瞬間に少女の目の前の空間が歪み、そこから中年の男が現れたでは無いか。
「やったぁっ!! パパが戻ってきた、パパ! パパ!!」
「…おお、娘よ! ありがとう、お父さんを蘇らせてくれて…」
幻想世界の住人からプレゼントされた一本の杖、その力で少女が死に別れた父親を蘇らせたらしい。
死の世界から蘇った父親は娘を愛おし気に抱きしめて、感動的な親子の再開シーンを演出する。
しかし涙を浮かべて喜ぶ娘は、彼女に見えないように邪悪な笑みを浮かべる父親の様子に気付く事無かった。
そして父親の目が怪しく光り、それに呼応して彼女が手に入れた杖が怪しく光るところで場面転換となる。
マスクドナイトNIOHが再び登場することになった、マスクドシリーズの新作ビデオ映画。
今回のビデオ映画は今年のGW前後に公開された、劇場版マスクドメビウスの続編というべき位置付けのお話となっている。
幻想世界からの侵略である悪の魔法少女"ブラックベリー"、彼女が密かに残した魔法の杖が今回のキーアイテムであった。
ブラックベリーから貰った杖で死んだ父親を生き返らせる少女、しかしその復活したそれは本物の父親では無かったのだ。
その正体はブラックベリーが作り出した使い魔であり、少女の父親の姿を借りた使い魔は主人から命じられた使命を果たそうと試みる。
「そして偽父親はマスクドメビウスたちが自分を倒しに来た悪者だと騙して、少女にまた杖の力を使わせるんです。 そして過去に死亡したマスクドシリーズが少女の手駒として蘇り、マスクドメビウスたちに襲い掛かる…」
「千春さんは幻想世界から送られたカウンターで、主人公を助けるポジションですか…」
事前に千春経由でビデオ映画のあらすじを聞いていた佐奈は、真美子に対して簡単に解説していた。
千春は撮影の準備などで席を外しており、佐奈と真美子は邪魔にならないように撮影現場の隅に控えているらしい。
浅田はこの場に集まった野次馬たちの方に興味があるようで、千春たちと別れて野次馬たちの中に戻っていた。
遠くの方では撮影現場に現れた野次馬たちの姿があり、それぞれカメラなどを構えながら撮影風景を眺めている。
スタッフたちが口酸っぱく注意をしたこともあり、彼らが撮影現場に乱入したりすることは今の所はなさそうだ。
「やっぱり劇中で壮絶な最後を迎えたキャラクターは、根強い人気があるんですよ。 今回は敵側のキャラクターだけでなく、マスクドシリーズの主人公たちも敵として現れるんです!
特にあのマスクドウルフが敵になるなんて、本当に凄いことなんですよ!!」
「へえ、そうなんですか…。 あ、千春さんが出てきました。 本人役とあって、普段とあんまり変わり無いですね…」
千春と同類の特撮ファンであり、マスクドシリーズも履修済みの佐奈は、過去のマスクドシリーズとのクロスオーバー展開に興奮しているらしい。
オタク特有の早口で熱く語り始める佐奈に対して、真美子の反応は極めて薄いものであった。
シロの世話役として撮影に着いて来たらしいが、肝心のシロは彼女たちの足元でガロロとじゃれ付いている。
そうこう話をしている内に撮影が始まるようで、千春を含む俳優たちがカメラの前に出て来きたようだ。
「あ、千春さんが出てきた! 写真、写真を撮らないと…」
「ほら、シロちゃん! 千春さんが出てきましたよー」
「○○!」
佐奈たちの視線の先には若干緊張した面持ちの千春が居て、千葉監督から何やら指示を受けていた。
千春から撮影風景をカメラに収めて欲しいと依頼されている佐奈は、慌てて渡されたカメラを構えて写真を撮り始める。
撮影現場のカメラ撮影については事前にスタッフの許可を得ており、本番のカメラが回って無ければ自由に撮影していいことになっていた。
ただしカメラに収めた写真は後でチェックが入り、許可が出たもの以外は削除する約束となっている。
その横で真美子はシロの体を持ち上げて、これから撮影に挑む千春の雄姿を見せてあげていた。
前にも書きましたが、作中の撮影風景は雰囲気で適当に書いています。
実際の映画撮影と異なる点が多々あるかもしれませんが、そういう物だとしてご了承ください…。
では。




