7-7.
魔法少女が生み出した能力であるリューやシロは、単純計算で魔法少女二人分の戦力と言えるだろう。
相手はクリスタル二個の蜥蜴型モルドン、クリスタルの数は互角である筈だが現実は計算通りには行かないらしい。
地を這う相手に対して空から攻撃出来ると言う地の利、二対一という数の利、それにも関わらず川沿い土手の怪獣合戦は蜥蜴型モルドンが優勢のようだった。
翼が無くても飛べるとばかりに、蜥蜴型モルドンはシロたちに向かって跳躍しながら花音から奪った剣や尻尾を振るってくる。
逆にシロたちはをそれから避けるために空中にエスケープするしか無く、何時の間にか攻守が逆転しているような状況だった。
ちなみに普段から花音の撮影係をしている弟の楽人は、職業病からか姉の心配をしながらもカメラで怪獣合戦の様子をちゃっかり撮っていた。
「ちぃ…、流石はレイドボスだな。 シロとリューの二匹掛かりでも劣勢かよ…。
時間が無いから簡潔に説明するぞ、あのレイドボス級のモルドンは通称"渡り"! これまで何人もの魔法少女のクリスタルを喰って、二つ目のクリスタルを手に入れた超強化モルドンだ」
「クリスタルが二個! そんなモルドンが…」
「本当よ…、私見たの。 あいつの口の中に、もう一つのクリスタルがあった…。 それにあいつは、私の剣を食べようとして…」
早くシロたちの援護に向かわなければならないが、マジカルレッドこと花音に今の状況を理解させなければならない。
予定通り地元魔法少女のピンチを救った千春は、その勢いのまま渡りのモルドンの説明をまくしたてる。
普通であれば見知らぬ男の言葉を簡単に信じる事は出来ないだろうが、状況が状況だけに花音たちはその話を呑み込むしかない。
実際に蜥蜴型モルドンの二つ目のクリスタルを目撃した花音は、一方的にやられた事もあってあれが普通のモルドンでは無い事は理解出来ていた。
「俺たちは言うなれば渡りのモルドン被害者の会でな。 あいつが此処に出てくるって情報を手に入れたんで、こうして戦力を揃えてやってきたんだ。 あんたたちの縄張りを荒らす形になったのは申し訳ないが、あのモルドンの力は尋常じゃない。
魔法少女二人分の戦力相手でも、普通に負けそうになるくらいだしな。 早く行かないと、あいつらがやられちまう」
「わ、私も戦う。 あのモルドンは魔法少女を何人も倒したんでしょう。 あんな奴を放ってはおけないわ。
それに私の剣を取り返さないといけないし…」
とりあえず千春の説明に納得してくれた花音は、こちらに手を貸してくれるとまで言ってくれた。
仮にもヒーローを名乗るだけあって、あの圧倒的なモルドンの力を前にしても未だに心が折れていないようだ。
少なくとも魔法少女同士の縄張り争いと言う不毛な展開を回避できたようで、目論見通りに進んでいることに千春は内心で一安心する。
地元の魔法少女との話は付いた、後はシロたちに合流してあの渡りのモルドンを倒すだけだ。
「その様子ならまだ戦えそうだな。 じゃあ手伝ってくれよ、いざレイドバトルって奴だ」
「手伝うって…、おじさんも戦う気なの? 無茶だよ、だってモルドンは魔法少女じゃ無いと…」
「だからお兄さんだって。 まあ見てろよ…、俺の格好いい変身をな!
いくぞ…、変身っ!!」
話は終わったとばかりに千春は、何の躊躇いも無く少し先で繰り広げられる怪獣合戦の方へと進む。
しかし魔法少女しか倒せないモルドンに向かって行く千春の姿は、何も知らない人間から見れば無謀としか言えない行動だ。
楽人は慌てて千春を止めようとするが、千春はその声を笑って受け流しながら右腕を前に出して二本の指を立てる。
すると千春の腰回りが一瞬光り、何時の間にかクリスタルが埋め込まれたベルトが巻かれているでは無いか。
魔法のステッキに見立てた二本の指は大きく弧を描いて一周して、お決まりの台詞と共に振り下ろされた。
千春の体全体が光に包まれて、そこには青い鎧を纏った騎士が立っているのだった。
「嘘っ、男の人が…・変身した?」
「NIOHだ! マジマジで見たことがある、世界初の男性変身者だよ!!」
「さて、此処からが本番だ…。
仮面の騎士、マスクドナイトNIOHが麗しい少女のためにこの命を懸けて戦おう…、なんてな」
マスクドナイトNIOHへと姿を変えた千春、その変身シーンを間近で目撃した花音と楽人の姉弟は口々に驚きの声を漏らす。
その反応に気を良くした千春は、元ネタであるマスクドナイトの劇中の台詞を口にしながら格好つけて見せるのだった。
マジカルレッドと蜥蜴型モルドンとの戦い、蜥蜴型モルドンとシロ・リューとの怪獣合戦、そして千春のマスクドナイトNIOHへの変身シーン。
それらは全て楽人の構えているスマホカメラに撮られている事に気付いていたが、千春はあえてその事実を無視していた。
今は強敵である蜥蜴型モルドンを打倒するのが先決であり、現在撮影されている映像の扱いについて話すのは後回しでいいと考えたのだろう。
話は変わるがマジマジでは公式アプリを使うことで、リアルタイムの映像をマジマジ上で配信できる所謂生配信を行うことが出来た。
そしてこの時の千春はマジカルレッドが運営するチャンネルの売りは、実況生配信にあったことなど知る由も無かったのだ。
「うわっ…。お兄さん、凄い格好付けている」
「はははははっ、受けるぅぅぅ! バカ春の奴、後でこのことを知ったら悶絶するんじゃないの!!」
「千春くんも災難だね。 まさか実況動画が配信されているとは思って無いだろうし…」
安全を重視して後方で待機している天羽たちは、本来であればシロと一体化しているバイクに設置されたカメラの映像で観戦する予定だった。
しかしマジカルレッドの姿から早々にマジマジのチャンネルに気付いた天羽は、こうして生配信の映像を見ることが出来ていた。
今まさに戦闘しているシロの映像は絶えず場面展開して分かりにくかったので、正直言ってこの配信映像の存在は天羽たちに取って幸運としか言えない。
先ほどシロたちが騒ぎを起こした店とは別のファミレスで、天羽たちはシロからの映像と生配信の映像を並べて視聴しながら待機していた。
「リュー…」
「NIOHさん…」
「大丈夫ですよ、千穂さん、ウィッチさん。 お兄さんならきっと何とかしてくれます。
何だかんだ言ってもお兄さんは、やる時はやってくれる凄いひとなんですから…」
「…可愛い女の子たちがあんたを応援してくれてるわよ。 死んでも勝つのよ、バカ春」
画面の先で戦うリューの姿を見つめる星川は、かつてあのモルドンにやられてリューを失った時の光景を思い出したのか不安げな表情を浮かべている。
同じく渡りの蜥蜴型モルドンに敗北したウィッチこと早坂も、同様の心境なのか表情が暗い様子だ。
そんな彼女たちの姿に何時までも千春をネタに笑っている訳にもいかず、天羽は千春なら大丈夫だと星川を元気付ける。
かつて天羽は千春にモルドンから助けて貰った、今度もきっと彼は早坂や星川のことを助けてくれるに違いない。
付き合いの長さもあってか天羽のように無条件で千春を信頼できない朱美もまた、不安を隠しながら千春の勝利を願った。
そんな彼女たちの期待に応えるように、画面の中のマスクドナイトNIOHは渡りのモルドンへと挑みかかった。




