7-6.
目の前で獲物を奪われた形の千春と愉快な仲間たちは、未だに橋の下の暗がりに潜んでいた。
魔法少女が誕生してから早10年、今では街の平和を守る地元の魔法少女が居ない方がおかしい時代である。
地元の街から遠征してきた千春たちが、地元の魔法少女とバッティングする可能性は想定していた。
しかし事前に渡りのモルドンの出現を予測してきた自分たちが、まさか先を越させるとは思いもしなかった。
「ちぃ、面倒なことになったな、よりにもよって地元魔法少女は探知系の能力持ちか…。
ちなみにお前たちは、モルドンの気配とか解ったりするのか?」
「□□…」
「〇〇〇!!」
千春にとって不運だったことは、この街の魔法少女がウィッチと同系統のモルドンを察知する能力を持っていた事だろう。
モルドン出現とほぼ同タイミングで現れた所を見る限り、戦隊ヒーロー風の魔法少女には千春たちと同様にその出現を予期していたことは間違いない。
そもそもモルドン退治を事実上義務付けられている魔法少女が、戦いを優位に進めるためにモルドンの出現を予期するような能力を持つ例は決して珍しくないのだ。
ちなみにモルドンの事を全く考えずに誕生した趣味全開のマスクドナイトNIOHには、当然のようにモルドンを探知するなどの便利能力は皆無である。
千春が流れでシロとリューにも聞いてみた所、反応の感じからしてリューの方はモルドンの出現を察知する能力があるらしい。
「此処はあの魔法少女の縄張りだ、下手に横やりを入れたら後で絶対こじれるからな…。
少し様子待つぞ、あの子が危なくなったら助けに入るか。 ヒーローの出待ち作戦だ」
「□□!!」
「○○!!」
魔法少女の常識から言って、今の千春たちの立場は縄張りを荒らしに来た余所者である。
明らかに魔法少女関係者と分かる翼の生えたバイクやドラゴンを連れて顔を出した物なら、いきなり攻撃されても文句は言えない立場なのだ。
まずはあの魔法少女にあれが普通のモルドンとはかけ離れた、何人もの魔法少女を喰った化け物であると理解して貰わなければ話が通じないだろう。
渡りのモルドンが噂通りの実力ならば、"マジカルレッド"を名乗る魔法少女はすぐにその異常に気付くに違いない。
そこで創作物のヒーローのように颯爽と現れて、なし崩しで共闘を持ちかけるしか無いと判断した千春たちは橋の下で機を伺っていた。
マジカルレッドを名乗る魔法少女、本名は伊達 花音と言う名前の女の子である。
双子の弟であると楽人と共に育った影響からか、花音はどちからと言えば男子の向けの趣味を好む少女だった。
女の子に大人気ならスィートシリーズにも目を向けず、弟と共にマスクドシリーズなどの男の向けの番組を見ながら成長していった。
そんな花音が魔法少女の力に目覚めたならば、明らかに特撮ヒーローを参考にした今の姿になるのは当然のことだろう。
街の平和を守るためにモルドンと戦う正義のヒーロー、それが花音の魔法少女としての有り方だった。
ただし流石に身も心も無欲なヒーローになった訳では無く、他の魔法少女たちと同じように自分のヒーローとしての活躍をマジマジに投稿する俗な面も持ち合わせていた。
「何、こいつ…、早い!?」
「…!!」
「ああ、なんだよ、あのモルドン。 何時もとは全然…」
今日もヒーローとして街の平和を脅かすモルドンを倒して、そのヒーロー振りを後ろに控えた弟に撮影して貰う。
マジカルレッドの思い描いていた未来予想図は、渡りのモルドンの圧倒的な力を前に脆くも崩れ去った。
赤いスーツに身を包んだヒーロー風の見た目の通り、マジカルレッドの自慢は軽やかな身体能力にある。
普段ならばその身体能力でモルドンを華麗に翻弄している筈が、残念ながら今日の相手は何時もと次元が違った。
二足歩行の蜥蜴と言うべきそいつは、逆にマジカルレッドを翻弄するほどの速さを見せてきたのだ
口を堅く閉ざしたそれはあのモルドン特有の奇妙な声を全く漏らすこと無く、小刻みに移動しながら鋭い爪を備えた腕を振るう。
まさに目にも止まらぬ早さで迫り来る攻撃に、マジカルレッドこと花音は手に持った剣で防御するだけで手一杯になっていた。
今まで見たことの無い姉の窮地に、後ろでカメラを構えていた弟の顔が青ざめる。
「この、調子に乗…、なっ!? きゃぁぁぁっ!!」
「お姉ちゃん!!」
このままでは圧倒されると悟ったマジカルレッドこと花音は、意を決して自分から攻勢に出ようとする。
しかし勝算の無い無謀な行動は、このモルドンに取ってはみすみすと好機を与えただけだったようだ。
自分から前を出た途端に花音は、正面にモルドンがいる状況であろうことか横方向からの攻撃を受けたのだ。
その衝撃と痛みに耐えながら花音は、先ほどに自分に襲い掛かった物の正体を知る。
蜥蜴型モルドンの尻尾から生えた長い尾、それを器用に動かして横から奇襲を掛けたらしい。
今まであえて腕しか使っていなかったのは、尻尾の存在を相手の意識から外すための策だったのか。
「そんな…。 あっ…。 きゃっ!?」
「…」
「わ、私の剣に何を…、嘘っ? 口の中に…、クリスタル?」
尻尾の一撃によって地面へと倒された花音に目もくれず、蜥蜴型モルドンは彼女が手放した剣の方へと近づく。
マジカルレッドこと花音の持つ剣、柄の部分にクリスタルが嵌められたそれは彼女の武器でありヒーローの姿へと変える変身アイテムである。
前回の反省からか再び尻尾を一振りして花音を吹き飛ばし、クリスタルが嵌められた剣との距離を開けたモルドンはそれを拾い上げた。
大事な変身アイテムを奪われた花音は、二度の攻撃の痛みに耐えながら憎きモルドンの姿を見やる。
そこで花音の目に飛び込んできたのは、その大きな口を開いて口内のクリスタルを晒したモルドンの姿だった。
手に持った剣を口の中に入れようとしているモルドンに対して、地面に転がる花音が出来る事は何も無かった。
花音とモルドンとの距離があり過ぎる、例え火事場の馬鹿力を出せたとしてもあの食事を邪魔することは出来ないだろう。
這いつくばりながら愛剣が喰われる様子を見るしかない花音は、痛みと悔しさから涙を浮かべていた。
ヒーローであるはずの自分がこんな無様を晒すなんて、自分はヒーローになったのでは無いのか。
この現実世界にはテレビの中のようなヒーローはいないのかと嘆く花音、しかしそんな彼女の前に彼らがヒーローの如く現れたのだ。
「…○○○○!!」
「…□□□!!」
「ヲヲっ!?」
何処からともなく現れた二体の何かは、空から蜥蜴型モルドンに急襲を掛けてきたのだ。
一体は翼を生やした白いバイク、もう一体はこれまた翼を生やした西洋風のドラゴンの姿だ。
二体の使い魔、シロとリューは蜥蜴型モルドンの食事を妨害するために果敢にも攻め掛かった。
シロはその鋼の体で体当たりを仕掛けて、戦闘用の姿へと変貌したリューは口からドラゴンブレスを放つ。
人型の蜥蜴と言うべきモルドンと戦う空飛ぶバイクとドラゴン、この光景だけ見たら怪獣物作品のワンシーンを見ているかのようである。
「翼の生えたバイクに…、ドラゴン? 」
「俺の強いお友達だよ。 ほら、大丈夫か、手を貸すぞ!?」
「えっ…。 ありがとう…、ございます?」
「…大丈夫、お姉ちゃん!! 誰、この人? 大人の…、おじさん?」
「お兄さんだ!!」
シロとリューが相手を引き付けている内に、何時もの撮影用マスクで顔を隠した千春は地面に倒れていた花音を助け起こす。
突然の展開に目を白黒させている花音と彼女を支える千春の元に、遅まきながら弟の楽人が近づいてきた。
あの蜥蜴型モルドンと怪獣合戦をしているシロとリューの関係者らしい千春に対して、双子の姉弟は若干怪しんでいる様子だ。
楽人のカメラで撮られている状況で素顔を出したくないとマスクを付けたが、流石に素顔を隠した人間が突然現れたら警戒するのは当然だろう。
しかし怪しまれるのは置いておいても、流石におじさん呼ばわりは許せないのか千春は即座にお兄さんであると訂正を要求した。




