5-1.
魔女狩りとの戦闘の余波により、喫茶店メモリーは一時的に休業状態となっていた。
壊れた扉の代わりにブルーシートが張られており、店内の隅には破壊された机・椅子などが積み上げられている。
まともな店長であればこの惨状を見れば、魔女狩りが現れる原因を作った千春たちを責めただろう。
しかし優しい寺下店長は何時も通り穏やかな笑みで、気にしないでいいと千春に言ってくれたのだ。
千春は内心でこの人に一生着いて行こうと心に誓いながら、店内の片付け作業を手伝っていた。
「あの女ぁぁぁっ! 人を置いてぼりにしてー! 助けるなら、最後までしっかり助けなさいよ!!」
「何回目だよ、その台詞。 助けて貰ったんだから、いいだろう?」
「助け方って物があるでしょう! せめて私の荷物くらい、持って行かせなさいよ。 電話が有るところまで辿り着くだけでも、大変だったのよ」
店内で無事だった椅子に腰掛けている女性、朱美は怒り心頭の様子で仕事中の千春に絡んでいた。
魔女狩りの拠点がキングモルドンに襲撃を受けた時、慧と共に脱出していた朱美はこうして無事に千春たちの元へ帰還出来た。
朱美の話によると彼女を逃がした慧は何時の間にか姿を消しており、朱美は一人取り残されたらしい。
着の身着のままで脱出した朱美はその後、遠くに見える明かりを頼りに人里離れた廃工場から街まで徒歩で辿り着く。
そして24時間営業のコンビニから警察に通報して、警察経由で千春の元に連絡が行ったのだ。
「きっと先輩は内側から魔女狩りを探るために、あえて魔女狩りに参加していたんですよ! まるで映画に出てくるスパイ見たい、カッコいい!!」
「スパイねー、話を聞く限りそんな感じだけど…。 相手の心が読めるテレパシーとか、スパイに打って付けの能力だよなー」
昨晩一緒に魔女狩りの襲撃に巻き込まれた朋絵は、店の奥で作業している友香の家に泊めて貰ったらしい。
その翌日に朱美が慧に救われた話を耳にして、ご機嫌な様子で友香と共に店へ現れたのだ。
かつて救われた慧という魔法少女の先輩に対して、朋絵は過剰なまでの敬愛の念を抱いている。
そんな尊敬する先輩が魔女狩りなどと言う良からぬ組織に加入した事実は、朋絵の心を大きく揺さぶっていた。
しかし昨晩の慧と朱美との脱出劇は、揺らいでいた先輩への思いを補強するに余りある出来事だったようだ。
「少なくとも魔女狩りの連中との仲間意識は無さそうよね、あっさり見捨ててたし…。 あの"抑止装置"の存在を知っていた事といい、何か目的があって魔女狩りに参加していた事は確かよね」
「魔女狩りの連中は全滅だったんだろう? ゲームマスター様の切り札、魔法少女という存在を維持するための抑止装置ね…」
「やっぱり先輩は凄い人です!!」
朱美の一報を受けて警察が廃工場に到着した時には、現場は死屍累々の状態であったらしい。
流石に死人は居なかったらしいが、あの廃工場に居た魔女狩りメンバー十数人は全て意識を失った状態で倒れていたそうだ。
今は近くの病院に運び込まれており、意識が回復したら事情聴取を行うという話である。
誘拐の被害者である朱美は面通しのために何人かの顔写真を確認させられたが、そこにはあのセカンドやシックスらしき姿もあった。
魔女狩りたちは朱美の前ではフードで顔を隠していたので、本人とは断定し難いが背格好や年齢を考慮すれば彼女たちである可能性が高い。
そしてこの惨状を引き起こしたのは、慧が言っていた"抑止装置"とやらで間違い無いだろう。
「ゲームマスター様は、そんなに魔女狩りを危険視してたのか。 そんな強い手駒が居るなら、渡りや偽渡りもそいつで倒してくれればいいのに…」
「魔女狩りの連中、早く目覚めてくれないかしら…。 その抑止装置とやらの情報を聞ければいいんだけど…」
朱美は病院に運び込まれた魔女狩りが意識を取り戻せば、ゲームマスターの放った抑止装置を得られるのではと期待する。
しかしゲームマスターが放った最後の切り札、キングモルドンの手が掛かった彼女たちからは何の情報も得られないだろう。
キングモルドンは魔法少女を上回る戦闘能力に加えて、相手の記憶や感情を奪る特異な能力を備えていた。
相手の記憶を奪うというキングモルドンの手によって、魔女狩りたちは昨晩の出来事を全て失っているからだ。
そしてキングモルドンに関する記憶だけでなく、恐らく彼女たちを魔女狩りと誘った魔法少女に対する復讐心なども奪われているに違いない。
恐らく病院で目覚めた彼女たちは、何が何だか分からない浦島状態になる筈だ。
「慧ちゃんは何処に行ったのかしらね? 何食わぬ顔で、魔女狩りの残党の元に戻ったのかしら?」
「その拠点に居た連中が全滅しているなら、慧の裏切りも知らない筈だからな。 本当、ドラマか映画みたいな展開だな…」
「敏腕スパイ慧先輩の活躍はまだまだ終わらないんですね! くぅぅぅぅぅ!!」
廃工場から朱美を逃がしてそのまま姿を消した慧は、朋絵の話によると未だに故郷の街へと戻っていないらしい。
魔法少女への復讐以外の目的で魔女狩りに接触していたらしい慧は、これからどのような動きを見せるのだろうか。
少なくとも朋絵にとっては今の慧の状況は非常に満足できるものであり、すっかり元の先輩ガチ勢へと戻っている様子であった。
魔法少女という異物が現実世界に紛れ込んだことで、日常から弾き飛ばされた被害者は数多い。
そんな魔法少女に対して恨みを持つ連中が集まり、魔女狩りと言う組織は誕生した。
魔法少女と言う異端に対抗するため、あえて同じ異端の力に手を伸ばした実働メンバー。
そして実働メンバーを様々な面から支援するサポートメンバーが居り、その中には経済的に裕福な人間も居た。
此処はあの廃工場からそう遠くない位置に置かれた、心あるサポートメンバーが用意したセーフハウスの一つである。
「はぁはぁ、此処まで来れば…」
「どうしたの、フォース! あなたはセカンドたちと一緒に居たんじゃ…」
「フィフス…」
とある高級マンションの一室に辿り着いた死神の少女、フォースは変身を解いた途端に崩れるように膝を突いてしまう。
そんなフォースの来訪に気付いた車椅子の少女フィフスは、不思議そうに友人を出迎える。
死神に変身するフォースの能力は、魔法少女であるフィフスから与えられた物であった。
フォース自身は魔法少女では無く、戦えないフィフスの代理人としてその力を振るっているに過ぎない。
これによってフォースはセカンドの魔法少女殺しの影響を受けず、その死神の力を振るう事が出来ていた。
そしてセカンドと同系統の能力を警戒して、基本的にフォースはフィフスと別行動を取ってリスク管理しているのだ。
「ば、化け物が現れたの! セカンドもサードもシックスもそいつに…」
「フォース!? 落ち着いて、何があったか教えて…」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
見る限りではフォースに怪我などは無さそうであるが、余程恐ろしい目にあったのか顔を青褪めながら体を震わせていた。
フィフスの言葉にまともな反応を見せず、フォースは狂ったように謝罪の言葉を繰り返す。
そして暫くして落ち着きを取り戻したフォースから、あの廃工場で起きた惨劇の様子が語られるのであった。
世間は夏休み真っ盛りなので、今週は連日更新にチャレンジしてみます。
出来れば今年一杯くらいで完結まで行きたいので、テキパキと話を進めていきたいですね。
では。




